優しい科学、サブタイトルは「わかりやすい磁力のしくみ」
「……ずいぶんご都合主義な本に思えるんだけど」
「それくらいなきゃやってられませんよっ!」
きっとこの本が手に入った事は運命なんです。
わたしたちに恥をかかせたマライアさんをその手で倒せというっ。
「わかったわ……なら探しましょう。マライアを」
「はいっ」
わたしたちは昇ってきた階段を引き返していきました。
「徐々に奇妙な冒険」
その34
「バステト女神 その5」
「フフフフフフフ」
「……あ、あれは……」
なんと引き返したすぐそこのベンチにマライアさんの姿が。
「お帰りなさい。どうせ外には逃げられないと思っていたわ。無傷なのは意外だったけれど」
「ふん。途中で気が付いたのよ。外は危険だって」
気づいたのはわたしなのに秋葉さまはさも自分の手柄のような口ぶりでした。
「そう。しかし、わたしに近づくということで磁力が増すことも忘れてはいない? フフフフフフ」
マライアさんの言葉通り、わたしたちは立っているだけで周囲の鉄の看板に引き寄せられてしまっているようです。
「琥珀。こいつの相手はわたしがするわ。貴方は磁力の弱点を調べなさい」
「は、はいっ」
とはいったものの、本当に磁力に弱点はあるんでしょうか。
時の止められた世界ですら磁力は存在しているんですからね。
「わかっていないのはあなたのほうよ。私の能力は視界全てが略奪範囲。私の目の届く範囲にいるということはすなわち貴方の敗北を……」
ボンっ。
「なっ!」
突如マライアさんの胸が爆発したように大きくなりました。
「何想像してんのさ! あたしの胸がでっかくなったんじゃあないわよ……まああんたの胸よりは元々でっかいけどねえ」
「な、なんですってえっ!」
「あ、秋葉さまっ。落ち着いてくださいっ。あれは……」
「これはあたしのポケットの中の中身よ。ポケットの中の武器さ! フフフフフフ」
「秋葉さまっ! ふせてえっ!」
ドヒャアアアアアッ!
秋葉さまとわたしに向けてネジやら何やらが襲い掛かってきます。
「伏せる必要なんかないわ……鉄のスピードを檻髪で略奪すればッ!」
パチッ、パチッ、パチッ。
飛んできたネジは秋葉さまの檻髪で勢いを失い、地面に落下していきました。
それでもじりじりとわたしたちのほうへ進んではきますが、これはもう大した脅威ではありません。
「ほう。味な真似をする……しかし、それも無駄な事……」
ビシイッ!
「えっ……」
秋葉さまの背中にジュースの缶が激突していました。
「おまえの視界に入らなかったネジがそこのゴミ箱を倒した……中身はフフフ……スチール缶さ」
「わわ、わわわわわっ!」
わたしと秋葉さまに向けて転がった空き缶が空を飛び上がって向かってきます。
「こ、このっ……」
「ほらほら、後ろを向いていていいの? まだ武器はたくさんあるのに。ウフフフフフ」
チャキンとナイフを光らせるマライアさん。
「あ、秋葉さまっ! ナイフがっ!」
「わ、わかってるわよっ!」
「フフフ……どこまで堪えきれるかな……どんどん磁力は強くなる……おまえたちの内臓を押しつぶすまでな」
マライアさんの言葉通り、通行人の持つ携帯電話やらカバンやら何やらがむやみやたらと飛び交ってきます。
「こ、このっ……」
秋葉さまは片っ端からそれを落としていくものの、追いつくような数ではありません。
「うう……」
秋葉さまはかろうじて檻髪でガード出来ていますが、秋葉さまがやられてしまったらわたしにはもう勝ち目はありません。
今のうちになんとかしないとっ。
「え、ええと……」
優しい科学、わかりやすい磁力のしくみっ。
『その1、磁力は鉄をくっつける』
そんな基本的なことはいいんですっ!
S極もN極もわかってますから、磁力を無効化する方法をっ!
かこんっ!
「あうっ……」
わたしの側頭部にノートパソコンがぶつかってきました。
衝撃で本を落としてしまいます。
「ふふふ、どうやらここまでのようね……」
「あっ……」
見ると秋葉さまは全身鉄のものに包まれ、完全に身動きが出来なくなっているようでした。
「そ、そうか……わたしが後ろにいたからっ」
マライアさんの攻撃を秋葉さまの倍の力で引き寄せてしまっていたわけです。
「フフフ……我が『バステト女神』の威力はもうおまえの赤主・檻髪のパワーを……圧倒的にうわまわっているッ!」
「くっ……」
赤主檻髪?
「ウッ」
紅赤主ですって?
「クックッックックックックッ……クックフヒヒヒ」
「……?」
「フッフッフ、ホハハハフフフフヘハハハハフホホアハハハ」
「こ、琥珀……どうしたの?」
「フハハッ、クックックヒヒヒヒヒケケケケケノォホホノォホ」
「な……何だっ? 何を笑っているッ?」
「ヘラヘラヘラヘラアヘアヘアヘ」
「こ、琥珀っ! 気をしっかり持ってっ! 大丈夫なのっ?」
「ワハハハハヒヒヒウククギャハハハハ」
「こ……こんな苦しい時こそ冷静に対処すれば必ず勝機は掴めるはずよっ!」
「ウク……ハハハハハ。勘違いしないで下さい秋葉さま。わたしはすごく下らない事に気づいてしまったんです。磁力なんかで悩む必要なかったんですね」
ガキィッとわたしの背中に空き缶が取り付いてきます。
「こ、この状況で何を……おまえのどこに勝機があるのッ!」
「ふふふふふ。秋葉さま。はい。このページをご覧下さいませ」
わたしは秋葉さまに向けて優しい科学の本を投げました。
「……」
そのページをじっと見つめる秋葉さま。
「これ……本当なの?」
「試してみればわかることです」
「そうね……」
秋葉さまの髪の毛が揺れます。
がシャン。ガシャンガシャンバラバラバラ。
「なッ……」
秋葉さまの体から鉄が離れていきました。
「ば……ばかなッ! 何だッ? 何をしたッ!」
「……なるほど。本当のようね」
秋葉さまはこきこきと首を動かすと、ゆっくりマライアさんへ近づいて行きました。
「よ、寄るなッ! このッ!」
マライアさんがナイフを投げつけます。
しかしそれは空しく秋葉さまの横を通り過ぎて行きました。
「……ってうわあっ!」
そのナイフはわたしのほうに飛んできたので慌てて避けます。
「あ、秋葉さまっ。わたしの磁力は解けてないんですから早くなんとかしてくださいっ!」
「わかってるわよ。さて……魂さえ残さないわよ…!」
「ヒィッ……」
秋葉さまの檻髪がマライアさんを掴みました。
これでジ、エンドです。
「それにしても、磁力にあんな弱点があったなんてね」
「はい。びっくりですね。でも、あれですよ。身近にあるCDRとかいうものもそれを利用して書き込まれてるらしいですから」
「ふーん……」
優しい科学『わかりやすい磁力のしくみ』
その12。
磁石は温度が上がると磁力が低下します。
種類によって温度は様々ですが、300度以上でほとんどの磁石は力を失ってしまうのです。
「まさか秋葉さまの檻髪が300度以上の高熱まで出せるとは思ってませんでしたが」
秋葉さまの能力、赤主・檻髪は略奪だけの力ではないのです。
熱を利用してモノを燃やす、熱することも可能だったりで。
まさに人間エアコン。
じゃなくて。
要するにマライアさんのスタンドに触ってしまったわたしたちは、バステト女神に「とり憑かれた」わけです。
だから、正確には磁力を発しているのはわたしたちの体ではなくとり憑いたバステト女神。
ただ、それがどこにいるかはわかりませんから、秋葉さまの周辺を大雑把に300度以上に熱してもらったわけです。
わたしたちの体に鉄が集まってくる以上、スタンドも間近にあるはずですから。
そうすれば磁力の元バステト女神、磁石は力を出せなくなるはず。
そして秋葉さま本人は檻髪で自分で発した熱を自分で奪いダメージは0、というわけです。
「ふん。私を誰だと思っているの? 遠野の当主、遠野秋葉よ」
それにしても秋葉さまにはやっぱりこういうタカビーな調子が似合いますねえ。
「どんな能力でも弱点はあるってことですね。今回は勉強になりました」
まあ、わたしの機転のおかげで助かったわけですが。
「秋葉さま。遠野家へ引き返しましょう。わたしたちがバステト女神に襲われたって事はおそらく」
「……ヤツがいるはずね……」
ジョジョの第三部の中でもトップクラスの卑怯者。
その男の名はアレッシー。
嵐と暴力の神セト神の暗示のスタンド。
口癖は「えらいネェ〜」
「卑怯さでは琥珀のほうが上だけど……人のいい兄さんなら騙されかねないわ」
「む。今の言葉は聞き捨てなりませんよ?」
「捨てなさい。ほら、行くわよっ!」
「ああっ。待ってくださいよ〜!」
わたしたちは遠野家へ向かって駆け出すのでした。
TO BE CONTINUED……