一応念のために聞いてみました。
人違いだったら困りますからね。
「ぼくは……しき。とおのしき」
「……」
それを聞いたからにはとりあえずやる事は決まっています。
「いやぁ〜! 遠野君っ! 遠野君かわいい〜っ!」
わたしは有無を言わさず思いっきり遠野君を抱きしめてしまうのでした。
「徐々に奇妙な冒険」
その36
「セト神のアレッシー その2」
「代行者っ! なんて羨ましい……じゃない、そんな事をしている場合じゃないでしょう!」
「……む」
シオンがむくれた顔をしてわたしの傍に近寄ってきます。
「だって、可愛いものは可愛いんですから仕方ないでしょう」
再びむぎゅーっと遠野君を抱きしめます。
「お、おねえちゃぁん……くるしいよぅ」
あーもうっ、たまりませんねっ!
「ぐへへへへ……」
「だ、代行者、あなたそういう趣味があったんですかっ?」
「ふん。なんとでも言いなさい。この遠野君の可愛さを目の前にしたらあらゆる理屈は吹き飛んでしまいますよっ」
「ま、まあそれは確かに……ゴホンッ! 違います! わかってるんですか? 志貴は敵の攻撃を受けてショタ化しているんですよっ?」
「なんかもうわたしこのままでも幸せなんですが」
「代行者っ!」
「冗談ですよ。まったくもう……」
これはこれでそそる遠野君ですが、やはり大きいからこその魅力もあるわけで。
いや、何が大きいのかとかは言いませんよ?
「何か不埒なことを考えてませんか……」
「そんな事はありません」
これは純粋な愛情、ラヴな思考なんですから。
「とにもかくにも……セト神のアレッシーを倒せば遠野君も元に戻るでしょう?」
「ええ。既にアレッシーは遠野の屋敷に入り込んでいるでしょうね」
「……」
じっと周囲の気配を探ってみます。
「殺気がしますね……しかもあからさまな」
「ですね……そこっ!」
シオンがエーテライトを柱の影に向けて放ちました。
「ヒイィッ!」
するとそこから男が姿を現します。
「出てきましたね……セト神のアレッシー」
わたしは遠野君を後ろに隠し、一歩アレッシーに向けて歩み寄りました。
「う……うーむ、え、えーと。小銭を落として……えーと……どこかなぁ〜」
「下らない演技は止めなさい。既に貴方の正体はばれているんです」
シオンがわたしの横を通り過ぎて行きます。
「迂闊に近づかないで下さいシオン。影にやられますよ」
「このわたしにそんなミスはあり得ません」
遠距離からエーテライトを伸ばし、アレッシーに照準を定めるシオン。
「食らいなさいっ! エーテライト……」
「ウヘヘヘヘ……残念。既に射程範囲内なんだなあ……これが」
「っ?」
わたしは嫌な予感がしてその場を退きました。
「なっ……」
そしてシオンのすぐ足元にセト神の姿が。
「シオンっ! 危ないっ!」
「……えっ……」
シオンはセト神に気づき跳躍したものの、既に影に触れてしまった後でした。
「うあ……あああ……」
わたしの目の前でシオンがみるみるうちに幼くなっていきます。
「そんな……」
アレッシーのスタンド、セト神はアレッシーの足から伸びていく影だったはず。
なのにどうしていきなりシオンの足元に?
「大きい声じゃあ言えねーがな……オレは弱いものをイジめるとスカッとする性格なんだ……」
「……それはもう知ってます」
「えらいねぇ〜。しかしさぁ〜。そんなオレがお前たちの前に普通に姿を現している……これがどういうことだか……わっかるかねェ〜」
「……」
確かに、原作では大人がいる時は決して姿を現そうとしない男でした。
「わからないかなァ〜」
「……」
また一歩アレッシーが近づいてきます。
「……はっ!」
わたしは黒鍵を一本投げてその場を退きました。
「おおっと!」
懐から出した斧で黒鍵は防がれてしまいます。
「チッ……あと少しだったんだがなぁ……勘がいいねぇ〜」
「……?」
その言葉を聞いた瞬間、アレッシーのしたことがわかりました。
「わかりました……影を伝って……攻撃させたんですね……」
アレッシーから遥か離れた柱の影、わたしのさっきまで居た場所に、セト神の目が写っていました。
「えらいねぇ〜。その通り。影を間に挟めばいくらでも射程距離を伸ばせるってわけさぁ〜。最も……これはオリジナル解釈らしいけどねぇ〜」
「……」
タタリは誰かの思うイメージを具現化しています。
そのイメージの主が「アレッシーは影を挟んで射程距離を伸ばせる」と思っていれば、それはそのまま具現化したアレッシーに再現されてしまうのです。
「部屋の中にはいくらでも影がある……つまりきさまらを倒すことくらい……」
「はぁ。ずいぶんマヌケですねえ。あなた」
わたしはなんだかバカバカしくてため息をついてしまいました。
「な、なんだ? 何がおかしい?」
「……影なんかすぐ消せちゃうじゃないですか」
すぐ傍にある廊下の電気のスイッチを切ります。
パチン。
「な、なにィーッ!」
あたりは漆黒の闇に包まれてしまいました。
「これで影を通じて射程を伸ばすことは出来ない……と」
黒鍵を数本取り出し構えます。
「そして闇の中でモノを見ることくらい、代行者であるこのわたしには造作もないことです……っ!」
暗闇の中、慌てふためくアレッシーの姿がわたしには鮮明に見えました。
「終わりですっ!」
黒鍵をアレッシーに向けて放ちます。
「えらいねぇ〜。基本に忠実だ。実にえらいねぇ〜」
「……え」
わたしの足元に、セト神の手がありました。
「だがしかし……部屋の電気を消せば影が全部消えるというのは甘い考えだったなぁ〜」
「そういえば……今日は月が出ていましたっけね」
アレッシーのすぐ傍の窓のカーテンが開けられていて、僅かな光が入り込んでいます。
わたしは一歩退きました。
「もう遅い……おまえはセト神に触れた……子供になっちまうんだよぉ〜! ヒヒヒヒヒ」
「はぁ。……まあ倒せるならなんでもよかったんですけどね。出来ればこっちのほうは避けたかったんです」
喋りながらもわたしの体が若返っていくのがわかります。
「何を言っているんだ? 子供は大人に勝てっこねえんだよッ! さあ、オレにいたぶられて死……」
「子供時代のわたしは……凶悪ですよ?」
「あん?」
「……」
「ま……まさかっ……貴様……貴様はッ!」
「死ね」
「……代行者っ。代行者っ」
「うーん……」
気が付くと目の前に大人に戻ったシオンがいました。
「気が付きましたか」
「あー。どんな状況になってます?」
「よくわかりません。気づいたらアレッシーは消えていました」
「……そうですか。きっとわたしが殺したんだと思います」
「?」
「まあ、色々あるんですよ。気にしないで下さい」
まさかタタリもこのわたしがかつてミハイル・ロア・バルダムヨォンであったなんて思いもしなかったでしょうしね。
「他に特に傷ついたものもなさそうですし……」
すぐ傍に倒れていた遠野君も無傷のようでした。
今更ですけど元に戻るまえに写真か何か撮っておけばよかったですね。
「……あれ?」
遠野君の傍を見ると、血で描かれたような文字がありました。
『姫君を宜しく頼む』
「なるほど……」
「どうかしましたか?」
「いえいえ。何でもありませんよ。そろそろアルクェイドが起きるのではないですかね」
「そうですね……真祖が回復したらいよいよ決戦です」
「ええ。アルクェイドをタタリのものになんてさせてたまるものですか」
「代行者?」
「あはは、独り言です」
わたしは一応彼に感謝してアルクィエドを見舞いにいくのでした。
TO BE CONTINUED……