この二人の連携にわたしたちは勝てることが出来るんでしょうか。
ものすごい精神的重圧がわたしに圧し掛かってくるのでした。
「徐々に奇妙な冒険」
その44
「亜空の瘴気と館の執事 その2」
「シエルさん」
「……何ですか?」
琥珀さんがわたしに近づいてきます。
「ヴァニラ、ヤツの動きに気をつけろ」
「わたしに命令するな……!」
ヴァニラ・アイスの体をクリームが纏い、クリームは姿を消していきました。
「シエルさん」
「……わかってます」
わたしたちは策が失敗した時の行動も既に打ち合わせしてありました。
どこかの誰かさんと違って抜かりなどありません。
「ていっ!」
隠し持っていた煙幕を投げ。
「逃げますっ!」
「だーっしゅ!」
「逃げるんじゃないわ、戦略的撤退よっ!」
わたしたちは全力で逃げ出しました。
「秋葉さま、檻髪を」
「わかっているわ……」
秋葉さんの檻髪、赤いイメージが周囲を覆っていきます。
「これでクリームが接近して来ても軌道はわかるわね」
「ええ」
クリームが現れればそこの檻髪が削られるはず。
「まずテレンスをなんとかしましょう。戦闘力自体は大した事ありませんからすぐに倒せるはず」
「ですね。それにはテレンスさんがわたしたちの作戦を見抜いた理由から考えなければ」
「それは心を読めるからではないのですか?」
「いえ。アトゥムの読心はYESかNO、もしくはIDOの簡単なものだったはずです」
「……そういえば」
だとするとどうして策がばれたんでしょう。
「簡単なことよ。琥珀。あなたの心を読んだ。何か策を考えているか? YES」
「……」
「そして私の偽者が死んだときの貴方の演技が胡散臭かった。遠野秋葉は生きているか? YES」
「そんなぁ。わたし真面目に演技しましたよ?」
琥珀さんの言うとおり、そんなに胡散臭い演技では無かったと思うのですが。
「もしくはアトゥムの読心がパワーアップしているかですね。こっちは考えたくないですけど」
「……やってられないわね」
秋葉さんが数歩前に歩きました。
ゴォン!
「……」
そして秋葉さんの今さっきまで居た位置に巨大な穴が。
「壁ごと貫通すれば檻髪なんてお構いなし……ですね」
琥珀さんは乾いた笑いを浮かべていました。
「ふっふっふ……心を読めばおおよその位置は掴める……右……左……前……後ろ……そんな簡単な質問でいいんですよ」
クリームがふわふわと浮かんでいて、そこからアトゥムが顔を覗かせていました。
「……」
テレンスがゆうゆうと心を読める理由がわかった気がしました。
つまりあいつはクリームの中という、絶対に攻撃を受けない空間の中にいるんです。
プレッシャーも何もあったもんじゃありません。
ただ心を読む事にだけ集中し、それをヴァニラ・アイスに教えればいい。
「この二人の連携……倒せます……かね」
秋葉さんがぽつりと呟きました。
「……」
「だ、駄目です! 敗北を認めたら魂を奪われます!」
慌ててわたしは叫びました。
「まだ作戦はあるはず。考えましょう」
「は、はい……」
とはいったものの、本当にどうすればいいんでしょう。
「……ここはひとつ勝負師としてのプライドをついてみようと思います」
「琥珀さん?」
琥珀さんの顔は何かを決意した表情でした。
「わたしがテレンスさんを何とか倒してみます」
「……出来るんですか?」
「そのような事は不可能だ」
「!」
琥珀さんの真後ろに立つヴァニラ・アイス。
その手刀が琥珀さんの首に当てられています。
「この腕を動かせば貴様は死ぬ……」
「あらら。これは大ピンチですね」
だというのに琥珀さんは余裕の表情でした。
「テレンスさん! いらっしゃるんでしょう?」
「……」
ヴァニラの首の横からアトゥムが姿を現しました。
「何ですか?」
「ひとつ勝負をしませんか?」
「勝負だと?」
「ええ。わたしはこれから策を考えます。その策にしたがってシエルさん、秋葉さまに動いてもらいます。いくらでもわたしの心を読んで構いません。それであなたたちを倒すことが出来ればわたしたちの勝ち」
「ほほう。では君の策が敗れたらどうなさるのです?」
「負けたら魂を奪うなり暗黒空間にバラ撒くなりしちゃって構いませんから」
「面白いことを言いますね。だが、今の時点で君はもう殺される運命だというのがわからないのかね?」
くっくっくと不適に笑うアトゥム。
しかし琥珀さんは動じません。
「はぁ。それはそうですけど。あなた、そんなわかりきった勝負に勝って嬉しいんですか?」
「何?」
「なんでもかんでもばら撒くクリームと読心の出来るアトゥム。最強のコンビでどう考えたら負けるっていうんです?」
「……」
「兄と違ってイカサマはしないと言っていた貴方が……こんな反則まがいのことをして勝って嬉しいですか?」
「何が言いたい」
「だからまあ、五分でとは言いませんけれど。アトゥム……テレンスさんが暗黒空間の中に隠れるのは無しってことにして頂けません?」
「ふん……下らん。テレンス。俺はこの女を殺すぞ」
「いや、待て。そうだな。その女の言葉に乗ってやってもいいだろう」
「テレンス、貴様」
「勘違いするな。誰かがわたしを狙ってきたところで、おまえがそいつを暗黒空間にバラ撒いてしませばいい」
「……」
確かにテレンスが心を読める以上、誰かがテレンスを狙う、と考えた瞬間ヴァニラにその人を攻撃させるでしょう。
「シエルさん。テレンスとアトゥムを良く見ておいてくださいよ。そうすれば勝機が見えてきます」
「……は、はい」
テレンスとアトゥムが不気味な動きでクリームの口から出てきました。
「ただし、わたしは距離を置かせてもらうよ。この接近された状態では不利だからね」
「ご自由に」
「……」
ヴァニラ・アイスが琥珀さんの命を握っている以上、わたしたちは手出しが出来ません。
「まどろっこしいわね……」
「しかし琥珀さんが今殺されないだけマシですよ」
わたしはテレンスが歩いていく様をじっと見ていました。
「……?」
ふと感じる違和感。
なんでしょう、この違和感は。
「この辺でいいかな。ヴァニラ。女を開放してやれ」
「下らん……」
ヴァニラは顔をしかめながらも琥珀さんを解放し、暗黒空間に消えて行きました。
「さて、ルールを確認しようか。おまえが策を考え、残りの連中に教える。おまえの心をいくら読んでも構わない。ただしわたしが暗黒空間の中に隠れる事は禁じる。その状態で勝てるかどうか、だったな」
「ええ。その通りです。もちろん魂を賭けますよ」
「グッド」
「……?」
またも違和感が。
なんなんでしょうか、この違和感は。
「では策を考えたまえ。時間は三分で構わないかね?」
「ええ。それだけあれば十分ですよ」
「まあ、いくら考えたところで君たちは暗黒空間にバラ撒かれるのがオチだがね……」
「……あ」
その言葉で違和感の正体がわかりました。
「うーん……どうしたら」
琥珀さんはひたすら考えるような仕草をしています。
「シエル先輩。どうしましょうか……」
深刻な表情をしている秋葉さん。
「大丈夫です。わかりました。勝つ方法が」
わたしは秋葉さんにしか聞こえないような声で囁きました。
「え?」
「確かに受け取りましたよ……メッセージ!」
TO BE CONTINUED……