わたしは秋葉さんにしか聞こえないような声で囁きました。
「え?」
「確かに受け取りましたよ……メッセージ!」
「徐々に奇妙な冒険」
その45
「亜空の瘴気と館の執事 その3」
「どういうことなんです?」
「キーワードは第一部です」
「第一部……?」
「とにかく、秋葉さんは琥珀さんの策に従って動いてください。忠実に」
「……」
顔をしかめている秋葉さん。
おそらくわたしの言っている意図が掴めないのでしょう。
けれどそれでいいのです。
それならばテレンスにもわたしの言葉は通じていないということなのですから。
「お願いします」
「……わかりました」
「ふむ。だいたいこんなところですかね」
琥珀さんがぴっと人差し指を立てています。
「策を話します。まず秋葉さまは出来る限りヴァニラさんを幻惑してください」
「具体的にはどうすればいいの?」
「檻髪で秋葉さまの偽者をつくりまくるとかですね。わたしはどれが秋葉さま本人かわからないので、心を読まれても問題ありませんから」
わたしたちは小声で話していますが、心を読まれている以上半分は無意味。
秋葉さんが何かする、という情報だけでもわかっていれば警戒出来てしまいますからね。
「わたしはどうすれば?」
「ヴァニラが姿を現した瞬間に攻撃してください。チャンスは少ないでしょうけれどシエルさんならばきっと出来ます」
「……それは暗黒空間に飲まれる覚悟をしておけということですか?」
「そういうことになりますね」
きっぱりと残酷な事を言う琥珀さん。
しかし策士というのはそうでなくてはいけません。
「しかも出来れば一撃で倒したいところです。倒せなかったらヴァニラさんは姿を消して円の軌跡上に攻撃してくるでしょうから」
「……暗黒空間に入りっぱなしで攻撃を仕掛けてくるわけですね……」
「ええ。そこで問題です。どうやってシエルさんはヴァニラさんを倒しますか?」
「……」
「3択―ひとつだけ選びなさい。答え1、美人のシエルは突如反撃のアイデアがひらめく。答え2、仲間がきて助けてくれる。そして……」
「答え3、倒せない。現実は非常である」
わたしは自分でそう答えました。
最悪の場合、3になってしまうわけですが。
「10分前にシュラインに入った兄さんたちがあと数秒の間にアメリカンコミックのようにジャジャーンと登場するのもあり得ませんしね」
「答えは?しかないみたいですねえ……」
正直わたしも完全に勝算があるわけではないんですけれど。
これをやらなきゃ駄目っぽいですし。
「さあ。そろそろ時間だ。ゲームを始めようじゃないか」
遠くでテレンスが叫びました。
「……とにかく、お願いします、シエルさん、秋葉さま」
「まあ、なんとかやってみるわ……」
秋葉さんが指を弾くと檻髪によるダミーが次々と作られていきました。
「琥珀さん。確認しておきます。第一部……ブラフォード戦ですね?」
わたしが尋ねると琥珀さんは嬉しそうな顔をしていました。
「了解です」
やはりあれはそういう意味だったんですね。
ならば後は……覚悟を決めるだけです。
「さあ、出てきなさいヴァニラ・アイス!」
秋葉さんが叫ぶとクリームの頭だけが姿を現しました。
「テレンス……心を読んだのだろう。まずはこの下らん残像を作った女を殺す」
「フッ。それくらい造作も無いことだよ。残像の心は読めない。だが本物の心は読める。よって本物の遠野秋葉は……その右端にいるやつだ」
「なっ!」
「遠野秋葉を使うということは琥珀の心から読んでいたからな! その時点で遠野秋葉の心を読んでいたのだよ! やれ! ヴァニラ!」
「言われるまでもない。暗黒空間にバラ撒いてやる……」
ヴァニラ・アイスが暗黒空間に姿を消そうと空に飛びました。
「ブラフォード戦……」
なにジョジョ? ダニーがおもちゃの鉄砲をくわえて話さない?
ジョジョ、それは無理やり引き離そうとするからだよ。
逆に考えるんだ。「あげちゃってもいいさ」と考えるんだ。
「しかしヴァニラ・アイス。あなたの主もとんだド低脳ですね」
「!」
空中でヴァニラの動きが止まります。
「さっさと本人が降りてきてわたしたちを倒しちゃえばいいのに。臆病ものってやつですか? ハハン」
これでヴァニラはわたしに標的を変えるはず。
「お、おい。なにをしているヴァニラ。早く遠野秋葉を……」
「きさまッ! タタリ様を侮辱するのかッ!」
「様? 呼ぶならこう呼ぶべきですね。この臆病タタリが、と」
「貴様ぁーッ!」
クリームから顔だけを出した状態でヴァニラ・アイスがわたしに向かってきます。
「さて……」
わたしは上に着ている法衣を脱ぎ捨てました。
「セブンッ!」
そして第七聖典の召還。
「行きますよ……!」
逆上してわたしに突進してくるこの一瞬が勝負。
「ブチ殺してやるこのド畜生がァ――――ッ!」
クリームの口が大きく開きました。
「食らいなさいッ!」
第七聖典をその口に向けて突き刺します。
しかしその切っ先はクリームには当たることなくみるみる暗黒空間に吸い込まれていきます。
「だ、駄目ですシエル先輩! 武器が奪われてしまいます!」
「……」
わたしは構うことなく第七聖典を押して行きます。
そして第七聖典は全て暗黒空間に飲み込まれてしまいました。
「次は貴様も暗黒空間に……ッ!」
「バラ撒いてやる、ですか」
わたしは後ろをふり向きながら言いました。
「……何を言っているッ! 後ろを向いているからとてこのヴァニラ容赦はしない!」
「いえ、あなた言いますよね。暗黒空間にバラ撒く、と。おかしいと思いませんか? 暗黒空間に飲み込まれる事がバラ撒かれるなら……あなた本体も無事であるはずがないんですよ」
「死ねッ!」
「死ぬのは貴方ですよ。気づかなかったんですか? わたしはわざと第七聖典を飲み込ませたんです。貴方は吸血鬼。第七聖典の攻撃を受ければ即死は免れませんから」
「ガッ……!」
クリームの口から鮮血が飛び出してきました。
「な、なんだとっ!」
それに慌てているのはテレンス。
「暗黒空間はむしろ削り取るという表現が正しいのに。何故バラ撒くという表現を使ったか? 簡単ですよ。暗黒空間に飲み込んでヴァニラ・アイスさんが自らバラ撒けばいい」
琥珀さんがくすくすと笑いながら喋りだしました。
「暗黒空間に飲み込まれるイコール死、ならば……テレンスさん。あなたがクリームの口から出てきたのはおかしいですからね?」
そう、琥珀さんの言っていた「テレンスとアトゥムを良く見ておいてください」という言葉。
あれはクリームの口から出てきているのに何故テレンスは無傷なのか? という意味だったんです。
異次元の狭間というものは、間にモノが挟まってしまうと世界の矛盾からそれを切断してしまいます。
しかし完全に飲み込まれてしまえば話は別。
それは「別次元に移動した」と認識されるのです。
「ヴァニラさんが許可したもののみ進入できるって可能性もあったにはあったんですがね。次元操作は高度領域ですから」
といってもその可能性が100%無いわけではないんですけれども。
「強いて言うなら賭けに勝った、でしょうか」
「うぐああああ! キサマなんぞにィィィィ!」
滅びながらもなおもわたしに向かってくるヴァニラ・アイス。
「……セブン。戻ってきなさい。そのままではヴァニラと心中しちゃいますよ」
セブンはわたしと意思が繋がっています。
飲み込まれても意思が通じたからわたしは勝利を確信したわけで。
そのセブンが自分の本体を引っ張りながら語りかけてきました。
酷いですよ、もしわたしがバラ撒かれちゃったらどうするつもりだったんですか、と。
「だってあなた、既に死んでるでしょう」
本体の角にしたってあくまでヨリシロに過ぎませんし、別のものでも代用は効くんです。
(あ、そっか……じゃなくてっ! 心の問題ですようっ!)
はいはい。後でニンジン買ってあげますから。
「…………」
ヴァニラ・アイスは原作同様粉となって滅んでいきました。
「た、倒した……んですか?」
置いてきぼりにされていた秋葉さんが目をぱちくりしています。
「ええ。倒しました。テレンスは琥珀さんと秋葉さんの心を読むのに手一杯で、わたしの心を読んでる暇まで無かったみたいですねえ」
心を読む能力は確かに手ごわいですけれど、複数の心までは読めなかったようです。
「さて、残るはそのテレンスさんですが〜」
にこにこと笑う琥珀さん。
「どうしましょうかねえ?」
わたしたちが目線を向けるとテレンスは汗だくの顔でこちらを見ていました。
「ゆ……許してくれ! そっちのルールだって飲んだだろっ? ゆるして、ねっねっねっ?」
「許すか許さないか、それぞれの心を読んでみればいいじゃないですか」
まあ答えは当然決まってるんですけれども。
「質問です。第七聖典と黒鍵。どっちで倒すか当ててみてください」
「ひ……ひと思いに第七聖典でやってくれ」
NO! NO ! NO!
「こ……黒鍵?」
NO! NO! NO!
「り……りょうほーですかあああ〜?」
NO! NO! NO!
「え……」
「ほら、秋葉さんに質問してないでしょう?」
「ま、まさ、まさ、まさかっ!」
「ええ。私はただ見てるだけって必要もないでしょうし……」
「もしかしてオラオラですかーッ!?」
「YES! YES! YES! "OH MY GOD"」
琥珀さんが苦笑していました。
「んじゃ、一緒に」
「やっちゃいますか」
オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラっと。
ヴァニラ・アイス 死亡
テレンス・T・ダービー 再起不能(リタイア)
TO BE CONTINUED……