俺を必死で支える女性の姿。
「あああっ……せ、先輩っ?」
「そうです! シエルですよっ?」
「……シエル……先輩……」
涙が出そうになった。
シエル先輩がまだ……生きている。
だがそれは同時にある事を意味していた。
「先輩……ごめん……今……どんな状況……だっけ」
「アレッシーに子供にされてたんですよ。まあもう倒しちゃいましたけど」
「……アレッシー……そんなに戻ったのか」
一時間。
一時間というほんの僅かな時間。
だがこれから先の一時間は俺の人生の中で最も長い一時間であろう。
「徐々に奇妙な冒険」
その57
「アナザーワン・バイツァ・ダスト その1」
「ごめん先輩。ちょっと一人にしてくれないかな」
「え、あ、はい」
シエル先輩は戸惑った顔をしながらも部屋から出ていってくれた。
「……確かめなくちゃ……」
俺は七夜の短刀を取り出し、そのまま自分の首を掻っ切ろうとした。
が。
「……やっぱり……夢じゃ……ないか……」
俺の腕は見えない何かに止められていた。
いや、正体は既にわかっている。
「キラークイーン・パイツァ・ダスト……」
それが俺にとり憑いたスタンドの正体である。
「わかっていることを……まとめよう」
俺は紙を取り出した。
ひとつ。俺はキラークイーン・バイツァ・ダストにとり憑かれている。
ひとつ。キラークイーン・バイツァ・ダストの中では一度起こった「運命」は必ず起こる。
ひとつ。運命の中で一度破壊されているものは必ず破壊される。
ひとつ。俺は死のうとしても死ぬ事が出来ない。
ひとつ。一時間後には自動的にアルクェイドも秋葉もシエル先輩も琥珀さんもシオンもアキラちゃんも「運命」によって殺される。
ひとつ。俺が吉良の事を話した場合、そこで第三の爆弾は発動してしまう。
ひとつ。俺が話さなくても誰かが吉良の事を探ってきた時点で第三の爆弾は発動する。
ひとつ。アキラちゃんは俺より前にパイツァ・ダストにとり憑かれて何度かこの世界をループしている。
「……アキラちゃん」
アキラちゃんは言っていた。
『違うんです……このマンガは……わたしが描いたものだったんです……』
『一度起こった運命は変える事が出来ないんですっ! あいつが解除しない限りっ!』
おそらくあのマンガは何度かのループでアキラちゃんがちょっとづつ描いていったものなんだろう。
バイツァ・ダストの中では何度でも同じ運命が起きる。
つまり一度描かれたマンガは何度でも自動的に浮かび上がるのだ。
「トト神のマンガじゃなかったんだ……」
あれはアキラちゃんの考えたメッセージ。
バイツァ・ダストに取り付かれた人間……つまりアキラちゃんが吉良の事を書き、それをその場で誰かに見せたらバイツァ・ダストは作動してしまう。
だが、自動的に浮かび上がるマンガを見て吉良の事を知っても「アキラちゃんが誰かに教えた」事にはならないのだ。
吉良の言葉。
『そう。彼女のマンガを読んだよ。これのせいでわたしは追い詰められたんだが……おかげでいい情報も得る事も出来た。君が私の事を知っていたということをね』
おそらく何度目かの運命では吉良をもう少しで倒せるところまで行っていたのだろう。
だが失敗し、再びバイツァ・ダストが発動してしまった。
そして次の運命でその吉良を追い詰めたマンガを吉良が先に読んでしまった。
マンガを読んだ吉良はアキラちゃんに取り付けたバイツァ・ダストを解除し俺に取りつけた……
「くそっ……」
自らの不甲斐なさに腹が立つ。
「アキラちゃんは……俺の知らないところでずっと戦ってたんだ……」
たった一人で、どんなに辛かったことだろう。
「次は……俺の番だ」
このままでは一時間後にみんな死んでしまう。
「吉良を殺すかバイツァ・ダストを解除させない限り……」
俺は何をするべきだろうか。
「……考えるんだ」
俺が何かしなくちゃ運命は変わらない。
「あの、志貴。宜しいですか……?」
「……シオン」
扉の外から遠慮しがちなシオンの声が聞こえた。
「どうぞ」
「すいません」
ゆっくりと部屋に入ってくるシオンとシエル先輩。
「まさかセト神のスタンドが影を伝って伸びてくるなんて思いませんでした。予想外です」
「あ、うん。あれには不意を突かれたな」
俺は出来るだけ自然に話を合わせた。
つもりだった。
「……ちょっと待ってくれ」
自分の言葉である疑問が浮かびあがった。
セト神のスタンドが影を伝って伸びてくるなんて予想外だった。
そう、予想外だったのだ。
「シオン。教えてくれ。確かタタリは人の不安を具現化しているんだよな?」
「今更何をわかりきった事を言ってるんですか? それは最初に言ったはずでしょう」
「……ならおかしいんだよ。誰もセト神のスタンドが影を伝うて考えてなかったんなら……それが現実に起こるはずがない」
「あ」
そう、タタリはあくまで誰かの考えていることを具現化しているにすぎないのだ。
「そうか……だからだったんだ……」
DIOがシオンの血を吸うなんて考えていなかったのにDIOはシオンの血を吸った。
吉良吉影の事なんてまったく考えていなかったのに吉良吉影は現れた。
だだだだだっ。
ばたんっ!
「兄さんっ! ご無事ですかっ?」
「……秋葉」
「しっきさーん。まだ生きていらっしゃいますか〜?」
「琥珀さんも」
息を切らせた秋葉と琥珀さんが部屋に転がり込んできた。
そういえばこの頃二人は偵察に向かっていてマライアに襲われてたんだっけ。
「ええ。まったくもって元気そのものですよ」
シエル先輩が答える。
「……時間が……ない」
こんな同じやり取りを眺めている暇はないのだ。
せっかく何か掴めそうだったのに。
「どうしたんですか? 遠野君」
「……」
タタリは誰かの考えを具現化している。
つまり、この世界のどこかにジョジョの奇妙な冒険の世界の事を考えた人間がいるのだ。
「琥珀さん。秋葉。DIOが血を吸ってパワーアップするのは誰だと思う?」
「え? それはジョセフでしょう?」
「当然じゃないですか」
「……だよな」
琥珀さんも秋葉もDIOがシオンの血を吸ってパワーアップするだなんて考えるわけがない。
つまりタタリは俺たちでは無い誰かからジョジョの情報を得ているのだ。
「その人を見つける事が出来たら……もしかしたら」
そうだ。
その「誰か」が吉良吉影の事をイメージし、タタリが具現化したというなら。
そのイメージの元を断てば。
気を失ってもらうなりなんなりすれば、具現化された吉良は消えるんじゃないだろうか。
そうすればバイツァ・ダストも消える。
「悪い。DIOを倒すのはみんなに任せるよ。俺はリタイアだ」
「リタイア? 何を言ってるんですか兄さん……」
「頼む。DIOはみんなが力を合わせればきっと倒せるから」
たとえ俺がいなくてもDIOが滅ぶ運命は変わらない。
俺は全力ですべきことをやらなくては。
「遠野君……?」
選択肢は3つあった。
アキラちゃんを探し、吉良より先にみんなにマンガを見せ、吉良が存在する事をみんなに認識させるか。
吉良を探して一時間以内に殺すか。
吉良を具現化した人間を一時間以内に探すか。
どれも可能性はとんでもなく低そうだったけれど、やるしかない。
やらなければみんな死んでしまうのだ。
「頼む……」
俺はみんなに向かい深々と頭を下げた。
TO BE CONTINUED……