「悪い。DIOを倒すのはみんなに任せるよ。俺はリタイアだ」
「リタイア? 何を言ってるんですか兄さん……」
「頼む。DIOはみんなが力を合わせればきっと倒せるから」

たとえ俺がいなくてもDIOが滅ぶ運命は変わらない。

俺は全力ですべきことをやらなくては。

「遠野君……?」

選択肢は3つあった。

アキラちゃんを探し、吉良より先にみんなにマンガを見せ、吉良が存在する事をみんなに認識させるか。

吉良を探して一時間以内に殺すか。

吉良を具現化した人間を一時間以内に探すか。

どれも可能性はとんでもなく低そうだったけれど、やるしかない。

やらなければみんな死んでしまうのだ。

「頼む……」
 

俺はみんなに向かい深々と頭を下げた。
 
 




「徐々に奇妙な冒険」
その58
「アナザーワン・バイツァ・ダスト その2」






「何を言ってるんですか志貴。みんなで力を合わせなければいけないというのに」

当然俺の発言はシオンの非難を受けた。

「わかってるよ……でも、駄目なんだ」

理由も話せないこの状況でみんなが納得してくれるとは思えない。

「臆病風にでも吹かれたんですか? 情けないですね」
「……そう思ってくれていい」

そう思われても仕方の無い事だと思う。

けれど。けれど――

「……志貴がそこまで言うんだったらしょうがないんじゃない?」
「ア、アルクェイドさん?」

そう言ってくれたのはアルクェイドだった。

「むしろわたし一人いればタタリなんて楽勝でしょ?」
「タタリを侮ってはいけませんよ真祖。何を具現化してくるかわからないのですから」
「それはわかるけど。貴方は真祖の協力があっても勝てないと思っているの?」
「それは……その」

じっとすがるような目で俺を見るシオン。

「俺は……」
「なるほど。確かに兄さんがいても足手まといになりそうですからね」
「秋葉さま?」
「こんな情けない兄さんは置いて行きましょう」
「……」

いつもだったらこういう気の使い方をわからない俺でも今はわかる。

秋葉は俺が自由に動けない事を悟ってそんな事を言ってくれてるんだと。

「そうですねー。志貴さんなんか飾りですし」

琥珀さんも秋葉に合わせるようにそんな事を言った。

「飾りってそんな……」

それにはさすがに苦笑してしまったけれど。

「じゃ、さっさと行きましょうよ。善は急げって言うでしょ」
「……わかりました。志貴、あなたがこんないくじなしだとは思いませんでしたよ」

アルクェイドとシオンは立ち上がり部屋を出て行った。

「遠野君。無理しなくていいんですよ。戦いはわたしたちに任せてくれればいいんですから」
「そうですそうです。たまには休んでいてくださいな」

優しい言葉をかけてくれるシエル先輩と琥珀さん。

「……ありがとう」

布団に隠れて見えない俺の両拳は爪が食いこむほど強く握り締められていた。
 
 
 
 
 

「あと45分あるかないか……か」

戦っている間の時間の概念は正直よくわかっていない。

一時間でここまで戻ったという事は、DIOに時を止めている間の出来事はカウントされていないんだろう。

DIO戦自体は10分あったかどうかわからないくらいだ。

わかるのはとにかく急がなくてはいけないということだけ。

だが、何からしたらいいんだろうか。

「この先に起こる事は全て分かってる……けど」

未来を変えるためのヒントなんてあっただろうか。

「とにかく部屋にいても始まらない」

もしかしたらアキラちゃんは遠野家の近くに来ていたのかもしれないし、周囲を探してみよう。

部屋を出て階段を降りていく。

かつん。

「?」

どこか遠くで音が聞こえた気がした。

「……」

しばらくその場で様子を伺うが、音は聞こえてこなかった。

「気のせいか……」

神経過敏になってるのかもしれない。

「……」

玄関を出て庭へ。

ホル・ホースの姿は既に消えていた。

「もうすぐシュラインに突入する頃かな……」

時間さえくれば敵スタンド使いは勝手に倒れていく。

「……そうか、みんなに残っていて貰ってもよかったんだ」

今更ながらそんな事を思う。

いや、そんな事をしたら余計に不審がられただろうな。

女帝の例もあったし、俺が敵スタンドにとり憑かれてるのでは……と疑われた時点でまたみんなはバイツァ・ダストの餌食になってしまう。

「……バイツァ・ダストで死ぬ事が決まっている人間が死んだらどうなるんだ……?」

さらに時間を逆行して行くんだろうか。

それとも。

「……あの」
「うわあっ!」

後ろから声をかけられ慌てて飛びのいた。

「驚かせてしまいましたか……申し訳ございません」
「ひ、ひひひ……翡翠?」

そこに立っていたのは翡翠だった。

「な、なんで?」
「なんで……と言われましても」

翡翠はDIOのスタンドの影響で動けなくなっているはずなのに。

「……新手のスタンド使いかっ?」
「志貴さま、マンガの読みすぎではないでしょうか」
「……」

その冷静なツッコミは翡翠そのものだ。

「本当に翡翠なのか?」
「疑うのでしたら何か質問をしても構いませんが」
「俺の好物は?」
「梅です」
「……オーケー間違いない本物だ」

その微妙に捏造された情報をはっきりと言いきれるのは翡翠本人以外にはあり得ない。

「信じていただけましたか」
「ああ。でもどうして立って歩けるんだ? あんなにうなされてたのに」
「はい……ですがすぐに体調がよくなりまして」
「そ、そうなんだ」

そんなにあっさりと回復していたなんて。

「タタリは一体何の意図があってそんな事をしたんだ……?」

さっぱりわからない。

「一応大事を取って大人しくしていました。みなさんに迷惑をかけるわけにはいきませんでしたから」
「うん……琥珀さんは特に心配していたからね」

出発前にこの事を知っていたらもっと気が楽だったろうに。

「そうでしたか……姉さんには申し訳ない事をしました」
「いや、帰ってくれば会えるんだしさ」

言い終えた瞬間俺は気が付いてしまった。

そうだ。バイツァ・ダストを防ぐ事が出来なければ翡翠と琥珀さんが会う事はもうないんだ……と。

「くそっ……」

苛立ちが募る。

俺はただ時間を無駄に浪費しているだけなんじゃないか。

「し、志貴さま?」
「あ……うん。ごめん」

この苛立ちを翡翠にぶつけるのは無意味なことだ。

こんな時こそ落ち着かなくては。

「一人で退屈じゃなかった?」

あえて普通の会話をしてみる。

「いえ、マンガを読んでいましたから」
「マンガ?」
「はい。志貴さまが乾さまから借りて来られたマンガです」
「……ああ、なるほど」

それはつまりジョジョなんだけど。

「読んでいて分かったんですが、最初に読んだのが全然違う話だったんですよね」
「そうなの?」
「ええ。みなさんが読まれていたのでわたしは誰も読んでなさそうな後ろの方の巻数を取ったんです」
「後ろの方の……?」
「はい。あの、吉良という殺人鬼と戦う話で……」
「……!」

俺は思わず身構えた。

「あ、あの? どうなさいました?」
「い、いや……」

背中は汗だくだった。

バイツァ・ダストは……発動していない。

吉良吉影を最初から知っている人間はバイツァ・ダスト発動の対象外ということなのだろうか。

「ちなみに……その巻、最後まで読んだ?」
「い、いえ。読んでいません。みなさんが読み終わったようなので最初から読み直したので……」
「そう……か。あのさ翡翠。ちょっと変な事聞くけど」
「はい。なんでしょうか」
「三部の敵でアレッシーっていたよね? あいつ怖いと思う?」
「怖いです。あのスタンドが他の影を伝って伸びてきたらなんて想像してしまいました」
「……」

これではっきりした。

タタリが意識を具現化していたのは、翡翠の意識だったんだ。

戦闘慣れしていない翡翠がジョジョを読んで思うのは恐怖の感情だった。

それに気付いたタタリは翡翠がマンガを読むのを邪魔されないようにスタンドを取りつけみんなを遠ざけた……と。

「……そういうことだったのか」

だがそれを知ってどうなるわけでもなかった。

翡翠がスタンドにうなされている間も敵スタンドは襲い続けてきたのだ。

つまり翡翠に気を失ってもらっても無駄ということである。

「あ、あの、志貴さま?」
「なんでもない……」
 

時間は刻一刻と迫り続けていた。
 

TO BE CONTINUED……



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