「……ありがとう。助かります。ではさっそく行きましょう志貴」
「え? ど、どこに?」
「鈍いですね。タタリは真祖の体を狙っていると言ったでしょう」
「あ、そっか……」

つまり次にタタリが出現する可能性が高いのはアルクェイドの近くなのだ。

「そういうことです。行きますよ、真祖の家に」
「いや、そっち逆だから」
「わ、わかってますっ! ちょっとしたジョークですよっ!」
 

シオンは顔を真っ赤にして怒鳴るのであった。
 
 






「徐々に奇妙な冒険」
その7
灰の塔







たったったったったっ。

シオンと二人夜の街を駆けていく。

「後で琥珀さんに連絡しておかなきゃな……」

そういえばまだ晩飯も食べてなかったのだ。

空っぽの腹を少し押さえる。

「志貴。今はそんなことを言っている場合ではありません。早く真祖を確保しなくては」
「そ、そうだな、うん」

早くしなきゃアルクェイドが危ないのだ。

「にしても……」

路地裏からずっと走ってきているのが、誰ともすれ違うことがなかった。

「なんでこんなに人がいないのかな」
「タタリの起こす不幸を恐れているからですよ。怪物や化け物の噂もタタリの仕業です」
「……そうか」

以前も殺人鬼の噂で人が街を歩かなくなったことがあった。

「確認するけど、タタリは人の不安とか強いイメージを具現化するんだよね」
「ええ。そうです」
「じゃあ……」

こんなイメージはどうだろうか。

優しくておしとやかで胸が大きい秋葉。

策略をせずに優しく温和な琥珀さん。

事あるごとにアルクェイドと衝突しないシエル先輩。

乳、尻、ふともも。

「……なにやらろくでもないことを考えていませんか、志貴」
「はっ。い、いや、なんでもないよ」

つい横島大先生の名言を思い出してしまった。

「っていうかエーテライトは外したのに、よくわかるね」
「志貴は顔に出やすいんですよ。わたしでなくともすぐにわかったでしょう」
「う……」

そういえば琥珀さんにも同じようなことを言われたっけ。

「志貴、あなたはもう少し精神の修行を……」
「わ、わかったわかった。ほら、もうすぐアルクェイドのマンションに着くからさ」

話を適当にごまかし、俺は走るスピードを上げた。

この角を曲がればアルクェイドのマンションである。

「ひゃっ」
「わ、わっ」

曲がったところで出てきたおじいさんにぶつかりそうになってしまった。

慌てて足を止める。

「ちょっ。志貴っ」

シオンは止まることが出来なかったのか、俺の背中に激突してきた。

うおお、柔らかい物体が胸に。

「志貴っ!」
「だあ、ご、ごめん」

慌てて横へ移動する。

くそう、シオンのやつやっぱりエーテライトをつけたまんまなんじゃないか?

「危ないのう」
「あ、す、すいません」

おじいさんに頭を下げる。

そういえば今夜人に会ったのは初めてである。

「まったく最近の若いもんは……」

ぶつぶつ言いながら歩いていくおじいさん。

「……大丈夫かな。タタリに襲われたりしないかな」

俺はシオンに尋ねた。

「おそらくは。タタリがターゲットにするのは力のあるものです」
「ああ、なるほど……」

だから小説とかでも若い女性とかを吸血鬼は狙うのか。

「とにかく、真祖を確認しましょう」
「おう」

階段を昇りアルクェイドの部屋の前へ。

「おーい、アルクェイド」

インターホンを鳴らして名前を呼ぶ。

だが返事はない。

「……いないんでしょうか」
「どうだろうな。……えーと」

ノブを回してみると鍵はかかっているようだった。

「どこかに行ってるみたいだな……」
「こんなときに……」
「まあ、あいつは好き勝手に生きてるからな」

よく考えたらあいつは放っておいても全然大丈夫なような気がしてきた。

「困りましたね……どうしましょうか」
「うーん」

ブゥゥゥゥン……

「なんだぁ?」

いやにでかい虫の羽音が聞こえてきた。

「どこかに虫でもいるんですかね」
「いや、そりゃ虫くらいいるだろうけど、この羽音は……」

いくらなんでもでかすぎる気がする。

「そんなことはどうでもいいんです。それよりも」
「あっ。いたっ! かぶと……いや、クワガタ虫だな」

夜の街の街頭の傍にクワガタが飛んでいる。

「どこにそんなものが……」

シオンが振り返った瞬間クワガタ虫は消えてしまった。

「あ、あれ?」

どこに行ったんだろう。
 

ブゥゥゥゥン……
 

羽音はさらに近くで聞こえる気がする。

「はっ!」

そこで俺は気がついた。

この展開はもしかしたら。

「シオンっ! 君の頭の横にいるぞっ!」
「なっ……」

シオンが横を見ると、人間の顔くらい大きなクワガタ虫がグチュルグチュルと気持ち悪い音を立てていた。

「な、なんですかこれはっ!」

さすがのシオンもたじろいでいる。

「もしかしたら、それもタタリの具現化した……」
「……」

タタリという言葉を聞いた途端シオンの表情が変わった。

「それならば敵ですね。……抹消します」

言うや否やエーテライトを引っ張り出してクワガタ向けて振り回す。
 

フッ!
 

「か……かわした? 信じられない……あの距離で」

だがクワガタはシオンのエーテライトを避け、ぶんぶんと飛んでいた。

「間違いない……そのクワガタはスタンドだ」
「ス、スタンド?」
「シオンっ。攻撃してくるっ!」
「な……くうっ!」

シオンの横をクワガタの長い触手が通過していた。

肩から血が飛び散る。

「志貴、これは……」
「タロットでの『塔のカード』、破壊と災害……そして旅の中止の暗示を持つスタンド……『灰の塔(タワーオブグレイ)』っ!」
「また漫画のですかっ?」
「ああ……大量殺戮を繰り広げるやつだ。タタリが好みそうなやつだよ」
「志貴、エーテライトを繋げますよっ」
「構わない」

ひゅんとシオンが俺に何かを取り付ける。

「クク……たとえここから一センチメートルの距離より10丁の銃から弾丸を撃ったとして……弾丸は俺のスタンドに触れることはできん! もっとも弾丸でスタンドは殺せぬがな」

原作どおりの口上をのべるタワーオブグレイ。

「ならば試してみますか……」

シオンは腰元から黒い銃身を取り出した。

「食らいなさいっ! ブラックパレル・レプリカ!」

バキィンバキィンッ!

弾丸がタワーオブグレイに向けて放たれる。

「KAEEEEE!」
「ま、まずい……やはりあのスピードにかわされたっ!」

タワーオブグレイはあれでもスタープラチナよりも早い速度を誇るのだ。

ドガッ!

「し、シオンっ!」

シオンの唇あたりに塔針が突き刺さる。

「くっ……」

シオンの手からエーテライトが落ちた。

「ファハハハハハハ! おまえなあ、数打ちゃ当たるという発想だろーがちっとも当たらんぞ!」

ぶんぶんと飛び回るタワーオブグレイ。

「スピードが違うんだよ! スピードが! ビンゴにゃあのろすぎるゥゥゥゥゥ!」
「こ、このっ!」

俺は石を拾ってタワーオブグレイに投げつけた。

「ヒャハハハハ!」

だが当然のごとくそれはかわされる。

「そして錬金術師! 次の攻撃で貴様の舌にこの『塔針』を突き刺してひきちぎる」
「ブラックパレル……レプリカっ!」
「わからぬか、ハハハハハハハ――――ッ!」

俺にはもうほとんど見えないようなスピードでタワーオブグレイは飛んでいく。

「おれに舌をひきちぎられると狂い悶えるンだぞッ! 苦しみでなァッ!」

シオンめがけ塔針を伸ばすタワーオブグレイ。

「……なに? 引き千切られると狂い悶える?」

だがシオンは笑っていた。

「わたしのエーテライトは……」

ズワッ!

地面に落ちていたエーテライトが空めがけ伸びる。

ドスドスドスッ!

エーテライトがタワーオブグレイの体に突き刺さった。

「わたしのエーテライトは引き千切ると狂い悶えるんですよ、喜びでね」

そしてタワーオブグレイはバラバラに解体された。

「……原作とまるで同じ行動を取るなんて……倒してくれと言わんばかりですね、まったく」
「だな」

倒し方さえ知っていればどんなやつでも恐れる必要はないのだ。

「ギャアアアアアアッ!」

そして下から叫び声が聞こえた。

「な、なんだ?」

慌てて下を見る。

するとさっきすれちがったおじいさんが血まみれになって倒れていた。

「そうか、あれがタワーオブグレイの本体だったのか……」
「スタンドの本体まで再現するとは……しかし、志貴、あんな雑魚を恐ろしいと感じたんですか?」
「いや……わからない。最近読んだから印象は強かったけど」

果たして俺はあれを恐怖と感じただろうか。

「……とにかく、真祖を探さなくてはいけません。この様子ではタタリが次に具現化するのも時間の問題でしょう」
「だな。……とりあえず家に連絡させてくれないか? もしかしたら家にアルクェイドが来ているのかもしれない」
「それは構いませんが。どうやって?」
「これさ」
 

俺はポケットからアルクェイドの部屋の合鍵を取り出すのであった。
 

続く



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