ななこさんの言葉を聞いてわたしは振り返りました。
「そんな……どう……して?」
そこに立っていたのは。
「ごめん。遅くなって」
そこに立っていたのは、ボロボロの姿になった志貴さんだったのです。
「君も今日から魔法少女!」
その16
「バ……バカなっ! 貴様、何故生きている!」
さっきまでわたしと戦っていたほうの黒い志貴さんが叫びます。
「ん、ああ、いやね。俺はどうも死神に嫌われてるらしくてさ」
一方不適に笑う起き上がった志貴さん。
「おまえみたいのがいたら商売上がったりだ、帰れってとこなんだろうよ」
そう言ってぱんぱんと体の汚れを払います。
「……」
なんでしょう、志貴さんだというのにこのかっこよさは。
ぼろぼろで今にも倒れそうだというのに。
「おのれ……おのれっ!」
「……悪いけどさ、俺みたいのはこの世に何人も要らないんだ」
わたしの横を通り過ぎて行く志貴さん。
「琥珀さん、すぐ終わらせるから」
「え……」
そう言って見せるその笑みは。
「し、志貴さん……なんですね」
それこそ本当の志貴さんでなければ出来ない笑顔でした。
「俺が死んだと思ってその体を真似したんだろうけどさ」
「ぐ……くっ!」
力任せに短刀を振り回す黒い志貴さん。
「駄目だなそんなんじゃ。当たってやるわけにもいかない」
ボロボロの志貴さんはそれをあっさりかわし、黒志貴さんの腹めがけて蹴りを放ちました。
グオンッ!
蹴り飛ばした部分が黒い混沌へと変わっていきます。
「あ、ああっ! あれはネロの混沌ですよっ!」
「……ってことは」
わたしが戦っていた志貴さんは偽者だったということですか。
「……」
ぎろりとななこさんを睨み付けるわたし。
あんなに恥ずかしい思いをして告白をしたというのに。
無駄だって事じゃないんですかね?
「あ、う、いや、ええと、その。正体がわかったからには遠慮はいりませんよっ。やっちゃってくださいっ!」
「……言われなくてもそうしますっ!」
よくもこのわたしをたばかってくれましたねっ!
「食らいなさい! マジカル☆ターイムショック!」
ぶおんっ!
ほうきの全力スイング。
「せやああっ!」
ゲシ、バキイッ!
吹っ飛んだところに志貴さんの連続蹴りがヒットします。
「グオオオオオッ!」
「いける、いけるぞっ!」
「はいっ!」
わたしたちが力を合わせればネロ・カオスの一匹や二匹っ!
「お……のれ、オノレ……! モハヤ生カシテハオカン……!」
もはや黒志貴さんは志貴さんの姿をしていませんでした。
みるみるうちに化け物のような姿へと変わっていきます。
「こいつは……」
「……コロスコロスコロス……!」
「あ、あわわ」
それは、遠野家と同じくらいの大きさへと肥大していました。
「で、でも大きくなったからといって力は変わらないはずっ!」
むしろさっきの分裂のようにパワーダウンするのがオチですっ。
「い、いえっ! 今のネロカオスはリミッターを解除してます! 力を失ってまで得た理性を捨てるつもりなんですっ!」
「え、ええええっ!」
つまりやけっぱちってやつですかそれはっ?
「最悪だな……七夜の短刀もないし……」
「え」
そういえば志貴さんはいつも持ち歩いているはずの短刀を使ってませんでしたね。
「多分あいつが俺の短刀を奪ったんだよ。あれがないと正直勝てる気しないな」
急に弱気になってしまう志貴さん。
「だ、駄目ですよっ。さっきまでの気迫はどこに行ったんですかっ?」
「冗談だよ。しかしどうしたもんかな……」
「シネエエエエエエ!」
ドゴーン!
「ごほげほっ……ああもうなんて近所迷惑な方なんでしょう」
これで付近住民が集まってきたら大変な事になってしまうじゃないですかっ。
「マスターが強力な結界を張ってくださってるので、音で反応するようなことはないと思います」
「あ、そうなんですか」
「ええ、ただこれが街中へ移動してしまうと隠しようがなくなってしまいますね」
「……ですね」
つまりここで決着をつけねばならないということです。
「琥珀さん、さっきから誰と話してるの?」
「はい?」
「なんか俺に話しかけてる様子じゃないようだし」
「ああ……」
どうやら志貴さんにはななこさんの姿が見えていないようです。
「実はわたし、魔法少女に抜擢されまして」
「……こ、琥珀さんが?」
「む、なんですかその顔は。わたしが魔法少女じゃおかしいですか?」
「い、いや、うん、おかしくないよ、全然。ただ突拍子も無い話だからびっくりして」
どうせ志貴さんってばわたしに魔法少女なんて似合わないとか思ってるんですよ。
「ゴオオオオオッ!」
ドギャーンッ!
「……うあっ、詳しい話ははしょりますが、このほうきならあいつにまともなダメージを与えられますっ」
「ほうきか……ほうきじゃいくらなんでも死の線は切れないしな……」
「殴るとしてもせいぜい足くらいですしねえ」
正直困ってしまいます。
「そこで愛の力ですよっ!」
ななこさんがまた力説をしはじめました。
「……さっきわたしに無駄な恥ずかしい告白させておいてまだ言いやがりますか?」
「う、だ、だってさっきのはわたしにも本物かどうかわからなかったし……とにかく、そのほうきには奇跡の必殺技が備えてあるんですっ」
「えっ? マジですかっ?」
魔法少女と言えばやはり必殺技。
わたし独自でマジカル☆なんとかという技を開発してはきましたが、それは結局打撃に名前を付けただけですし。
やはりビームとか星とかそういうものを飛ばして見たいものです。魔法少女としては。
「はい。その名もズバリ! ラブラブバーニングファイアー」
「……誰ですかその名前付けたの」
センスの片鱗も見受けられないんですが。
「愛の伝道師と言われ、数々の伝説を作った……」
「あー、詳しい話はいいです。とにかく使い方を」
「えとですね、まず二人で手と手を取り合って」
「志貴さん、なんか必殺技があるみたいですっ。二人で手と手を取り合いましょうっ」
「ん? え、ああ」
左手と左手を繋ぎあうわたしたち。
「残った手でほうきを構えます」
「う、うん」
言われた通りほうきを構え。
「セリフいきますよ」
「わ、わかった」
それからセリフの詠唱です。
『二人のこの手が真っ赤に燃える! 幸せ掴めと! 轟き叫ぶっ!』
なんか魔法少女とは違ったようなセリフですが熱血路線ということなんでしょう。
「俺はお前が好きだっ! おまえが欲しいっ!……です」
「お、俺はお前が好きだっ! おまえが欲しいっ!」
「……う」
セリフだというのに一瞬どきりとしてしまいました。
まあとにかく次のわたしのセリフです。
「わ、わたしも好きです、志貴さんっ!」
志貴さんというのはまあアレンジなんですけど。
どうせ志貴さんの事ですから気付きやしないでしょう。
「うん、さっき聞いたからね」
ところがそう言って照れくさそうに笑う志貴さん。
「え……ちょっと?」
それは一体どういうことですか?
「二人の気持ちがひとつになった時発動する究極魔法! それがラブラブバーニングファイヤー!」
「あっ」
ななこさんが叫ぶとほうきの先端にぱちぱちと白い光が集まりだしました。
「ほら、琥珀さん」
「え、あ、はい……」
真相は気になるところですがとにかく今はネロを倒さないと。
『ラブラブバーニングファイヤー!』
文字通り、燃える炎がネロを襲い。
「ギャアアアアアアアアッ!」
ネロ・カオスは今度こそ完全に消滅したのでした。
続く