実は秘密の魔女っ子ノートに名前候補がたくさん書かれているんです。
そしてその中のマイベスト魔女っ子ネームが……
「ほうき少女……ほうき少女まじかるアンバーでお願いしますっ!」
「君も今日から魔法少女!」
その3
「ほうき少女まじかるアンバーですか。ずいぶんあっさり決まりましたね」
「え、あ、いや、なんか突然思いついたんですっ」
しくじりました。もうちょっと考え込むフリしてからのほうがよかったです。
これじゃわたしがいかにも魔法少女に憧れてた感じじゃないですかっ。
「姉さん! 何を下らないことを言っているんですか! 志貴さまの介抱が先ではないのですかっ?」
「あう」
珍しく翡翠ちゃんが怒っていた。
爆発してアフロになった人はまず死なないってのが世界の常識だから(?)放置しても問題ないと思うんですけれども。
翡翠ちゃんは真面目ですからねえ。
「大丈夫ですよ。志貴さんの怪我も魔法少女なら治せますから」
わたしは胸を張って答えました。
「……それは微妙かも」
ところがななこさんの答えは意外なもの。
「ええっ! 回復魔法とかないんですかっ?」
「いや、回復魔法はあることはあるんですけどアレは長年の修行の末に身につけられるものであって……」
「そ、そうなんですか」
「世の中そんなに甘いものじゃないんですよ」
魔法少女の世界もどうやらそんな簡単なものではないようですねえ。
「今回は残りのネロなんとかを倒せばいいだけなんで、攻撃系統専門の魔法使いになってもらいます」
「まあそれは構いませんけど……」
サポート系よりはやはり戦ってナンボですよね。
必殺魔法の呪文を唱えて敵を一撃!
ああ、なんて素敵なシチュエーションでしょう。
「志貴さんの怪我はわたしが治しておきますよ」
「お、お願いしますっ」
精霊さんは何でも出来て羨ましいですねえ。
この精霊さんを自由に扱っているマスターさんとやらがとても羨ましいです。
「で、ななこさん? 変身用の道具とかないんですか?」
名前は決定したけど他のものが何にもありません。
志貴さんなんぞより魔法少女コスチュームのほうが大事ですよ。
「あー。ええとちょっと待ってくださいね」
ななこさんはどこから引っ張り出してきたのかカバンの中をごそごそやり始めました。
「……とりあえずこれで」
「フードですね」
取り出されたのは真っ黒いフード。
「はい。これを被ると……」
「魔法少女に変身ですかっ?」
なんだか若干ダーク系の雰囲気ですけどそれはそれでアリだと思いますよっ。
魔法少女は明るくサワヤカなものだという常識を覆した新たな手法ですね。
呪文もなんか暗い感じで。
アブドルダブラルオムニスノムニス……みたいな。
「これを被ると正体がバレにくくなります。若干防御力もアップ」
「……はい?」
「武器はええと……適当にご自分で使いやすい物を用意してください。それに強化魔法かけて強力にしますんで」
「え、ちょっと待ってくださいよっ。変身はっ? それってただフード被るだけですよねっ?」
「ええ。変身は長い修行の末にようやく出来る技でして」
「そ、そこまで魔法少女への道って厳しいものなんですかっ?」
「厳しいものなんですよ」
「そんな……」
わたしは愕然としました。
魔法少女になれると知った瞬間はあんなこともできるこんなことも出来ると喜びましたけど。
実際に出来る事はどうやらほんの僅かのことのようです。
「ち、ちなみに今魔法少女になって出来ることって何があるんです?」
「はい。魔法の武器でネロなんとかを撲殺できます」
ななこさんは実にサワヤカに答えてくれました。
「……それ、実は魔法少女でもなんでもなくないですか?」
その強化した武器さえ持ってれば通りすがりのサラリーマンでも出来る仕事なんじゃないでしょうか?
「そそそそそ、そんな事はないですよ。ええ、立派な魔法少女です。魔法で強化した武器を使ってるんですから」
「……」
わたしはあるヒーローを思い出しました。
そのヒーローは「右腕だけ」改造されているヒーローで。
それ以外は完全に生身。
他はヘルメットとスーツを装着することでヒーロっぽく見せているという。
「わたしにアレになれと仰っているんですね……?」
彼は元悪の組織の人間。
なるほど元々悪行を働いていたわたしと境遇はよく似ております。
そしてただ「魔法の武器を持っているだけ」のわたし。
彼と何の違いがありましょうか。
大切なのは心。
そう、正義を愛する心なんですっ!
「いや、何の事かよくわからないんですが」
「わかりました。やってやろうじゃないですか。彼も立派にヒーローとして散っていた英雄です。わたしも見習わなくてはいけません」
「え、いや、だから何の話ですか?」
「プルトン爆弾だってこの琥珀がなんとかしてみせますよっ!」
「だから何の話なんですかーっ?」
「そんな事はいいから早く志貴さまを助けてくださいっ!」
「……あ」
ななこさんもわたしの勢いにつられて志貴さんの事をすっかり忘れていたようです。
「えー、じゃあ応急処置を……じゅげむじゅげむ」
志貴さんに手をかざしてなんだかいかにも適当な呪文を唱えているななこさん。
「えいっ」
ぼんっ!
「……あ」
「……え」
「……な」
なんていうか間接があらぬ方向に?
「し、志貴さま……はぅ」
ばたん。
翡翠ちゃんは気を失ってしまいました。
「どっどど、どうするんですかこれっ?」
「あ、あれ? お、おかしいですね。確かマスターはこれで治してたんですが……」
「もしかしてあなたドジっ娘属性精霊ですかっ? 話的には盛り上がりそうですけどパートナーとしては最悪ですよっ?」
「ど、ドジじゃないですよっ? そりゃミスしてマスターにしかられることは多いですがっ」
いや、自分から白状してどうするんですかあなたっ。
「ええと……こうやってこうやって……えいっ!」
ぽんっ。
「……なんか花が咲いてるんですけど」
「せ、成功ですっ。この花が咲いたら志貴さんは死……ごほげほっ」
「いまなんか死とか聞こえたんですけどっ?」
「気のせいですよっ。助かりますから絶対にっ」
「……」
なんだかだんだんわたしはこのななこさんがむしろ遠野家を滅ぼしにきた悪魔のように見えて来ました。
この人に秋葉さまの部屋も破壊されてるんですもんね。
「とりあえずさっさと遠野家を離れましょうっ!」
このままここにななこさんを置いておいたら余計に被害が増えてしまいそうです。
「わ、わかりました。あなたは何か適当な武器を持ってついてきてくださいっ」
「了解です」
わたしは愛用のほうきを持ってななこさんの後をついて……
「いや、空飛ばれてもわたし追えませんしっ!」
いつの時も夢がその通りに叶うとはいかないようです。
ですがなんとしてでも夢を実現させてみせますともっ!
わたしはこの程度じゃ絶対くじけないんですからねっ!
続く