このままここにななこさんを置いておいたら余計に被害が増えてしまいそうです。
「わ、わかりました。あなたは何か適当な武器を持ってついてきてくださいっ」
「了解です」
わたしは愛用のほうきを持ってななこさんの後をついて……
「いや、空飛ばれてもわたし追えませんしっ!」
いつの時も夢がその通りに叶うとはいかないようです。
ですがなんとしてでも夢を実現させてみせますともっ!
わたしはこの程度じゃ絶対くじけないんですからねっ!
「君も今日から魔法少女!」
その4
「ま、待ってくださいよ〜」
わたしは空を飛んで行くななこさんを必死で追いかけていきました。
「あ、あれ? ごめんなさいー」
何百メートルか走ったところでようやくわたしが空を飛んでない事に気付くななこさん。
「はぁ……はぁ。魔法少女なのに空も飛べないなんて……酷いですよ」
「空を飛ぶのはかなりの高等魔術でして……」
「うう、本気でへこむからそんな話しないでくださいよ……」
「まあそのほうきにわたしが魔法かければいいだけなんですが」
「そういう事は早く言ってくださいっ!」
本気で走ってたわたしがバカみたいじゃないですかっ。
「ご、ごめんなさい。ついうっかりです。悪意はまったく無いんですよ?」
「……」
ああ、悪意のない行動がこんなにもタチが悪いものだなんて。
わたしの腹黒ぶりも霞むくらいですよっ。
「でも、あれですね? ななこさんがこのほうきに魔法かければ空を飛べるんですね?」
「はい。それはもちろんです」
「よかった……」
やっと魔法ものっぽくなってきましたよ。
「では早速お願いしますっ。空を飛ばせて下さいっ」
「はーい。お任せくださいな〜。ついでに強化魔法もかけちゃうんでっ」
ななこさんはわたしからほうきを受け取るとなにやら怪しげな呪文を唱えはじめました。
「……見ツケタ」
「はい?」
何か今聞き覚えの無い声が。
「おまえハ邪魔ダ……死ンデモラウ」
「え、ちょっと……」
見るとななこさんの背後に真っ黒い熊が立っていました。
「な、ななこさん後ろっ?」
「ほんだらだったーへんだらだったー」
「……聞こえてないっ?」
ななこさんは呪文の詠唱に夢中で熊の存在に気付いていないようです。
「死ネ……!」
「こ、こんのおっ!」
ここでななこさんに倒れられてしまったら次はひ弱く可憐なわたしが狙われてしまいます。
先手必勝、わたしは傍にあったポリバケツを持って熊に殴りかかりました。
熊にこんなもので殴りかかったって無駄でしょうがやらないよりはマシなはずっ!
ボコッ!
「グアアアアアッ!」
「へ……?」
ポリバケツの一撃を受けて絶叫する熊。
「あ、あれ?」
このバケツ、別に強化魔法とかかかってませんよね?
なのに一体どうして。
「えっ? わ、わっ? こんなところにネロなんとかがっ!」
そしてななこさんは気付くの遅すぎだと思います。
「オ、オノレエエエエ!」
ボコッ。
「グアアアアア!」
「……何故こんなバケツでダメージが」
「す、すごいです琥珀さん。そのままやっちゃってくださいっ!」
「えー……あ、はい」
ぼこすかぼこすか。
「……」
熊は真っ黒いチリとなって消えていきました。
「や、やりましたよっ。ネロなんとかの一匹を倒しましたねっ」
「弱っ! 滅茶苦茶弱いですよっ? っていうか強化武器すら使ってないんですがっ?」
なんの変哲もないポリバケツで倒せちゃいましたもん。
「あー……いやそれはそのなんていうか……」
ロコツに目線を逸らせるななこさん。
「もしかしてネロなんとかってみんなこんな雑魚なんですか?」
「……実はそうなんです」
「帰って寝ます」
「あーっ! ちょっと待ってくださいってばっ! 最後まで話を聞いてくださいよっ」
「聞く必要ありませんよっ! こんな雑魚だったらわたしの力借りる必要ないでしょうっ? マスターとかいう人だけで十分対処出来ますって!」
むしろこんな奴ら相手にノイローゼになったっていうのがありえないんですけどっ。
「ところがそうじゃないんです。弱いというのがかえっていけないんですよ」
「……はぁ」
「そりゃ最初は楽勝だと思いました。でも、アレなんですよ。ゴキブリっているでしょう?」
「いますねえ」
「あれと同じなんです。弱いんですけど繁殖力がとんでもなくて。倒しても倒してもキリがない」
「そういえばそんな事言ってたような……」
アレは駆除するの大変ですもんねえ。
「駆除してはいるんですがどうしても一匹か二匹は残ってしまって……」
「次の夜にはまた増えてると」
「はい。いっそほったらかしにしておいたらまた666の無茶苦茶強いネロ=カオスさんに戻ってくれるんじゃないかなーって思うんですけど」
「それはそれで困るんじゃ」
「……ええ。だから毎晩倒さなきゃいけないんです」
「なるほど……」
いわゆるいたちごっこというやつですね。
ノイローゼになってしまうのもちょっとわかったような。
「でも倒す人が増えればその確率は減るわけでして」
「ぶっちゃけ倒す担当は誰でもよかったんじゃ?」
「いえ、それは違います。やっぱり見た目は凶暴だから一般の方じゃちょっとアレでしょう」
「うーん」
まあ確かに熊ってだけで驚いちゃいますよね。
「琥珀さんは熊を見ても勇敢に立ち向かったじゃないですか。大切なのはそこなんですよ」
「なるほど。魔法少女に必要な物……愛ですね」
「いえ、何事にも動じない図太い根性です」
「実家に帰らせて頂きます」
「わ、じょ、冗談ですよっ。琥珀さんは立派な魔女っ子の精神を持ってますっ」
「……はぁ。そこまで聞いてさようならと言えるほどわたし悪どくないんですよね」
「じゃ、じゃあ手伝っていただけるんですねっ」
「ええ。さっさと空飛べるようにさえして頂ければ」
武器が適当だろうと魔法が使えなかろうと空が飛べれば魔法少女って感じがしますもんね。
「あ、それは既に終わってます。このほうきにまたがれば飛べちゃいますよー」
「マジですかっ? じゃあ早速……」
「操縦方法は上上下下左右左右BAですから」
「……自爆しませんよね?」
「多分」
「……」
不安に襲われつつもほうきをまたぐわたし。
ふわ……
「わ、わ」
ほうきはわたしを乗せて浮き上がりました。
夢ではありません。今しっかりとわたしを乗せて浮き上がっているのです。
「……浮いてますね……」
「ええ。ばっちり浮いてますよ」
「……ですが」
ええ、浮いているのは間違いないんですけれど。
「高度、低くありません?」
せいぜい地上から50センチちょいくらいが妥当ってレベルでした。
「う、嘘は言ってないですよわたし」
「……いや、それは認めますけど」
言うなればあれです。
超高級宝石をプレゼントと書いてあるのに貰えたのは100円のガラス玉だったみたいな。
「うわぁー! こんな魔法少女イヤですー! 辞めます! 今すぐ辞めさせてくださいー!」
満月の夜にわたしの悲痛な叫びが響くのでした。
続く