ええ、浮いているのは間違いないんですけれど。
「高度、低くありません?」
せいぜい地上から50センチちょいくらいが妥当ってレベルでした。
「う、嘘は言ってないですよわたし」
「……いや、それは認めますけど」
言うなればあれです。
超高級宝石をプレゼントと書いてあるのに貰えたのは100円のガラス玉だったみたいな。
「うわぁー! こんな魔法少女イヤですー! 辞めます! 今すぐ辞めさせてくださいー!」
満月の夜にわたしの悲痛な叫びが響くのでした。
「君も今日から魔法少女!」
その5
「いえ、それは無理です」
ななこさんはきっぱりと言い切りました。
「な、なんでですかっ?」
「あなたはもうネロなんとかの真実を知ってしまいましたから。こんな情けない事実を外部に洩らされては困ります」
「ばらしませんよっ」
話したらわたしが変な目で見られてしまうじゃないですかっ。
「まあどうしても辞めるというならちょいと頭の中をいじくらせて頂きますが」
「いや、それむしろ悪人の行為じゃないですかっ?」
「わたしだってやりたくはないですよ。ですが琥珀さんが魔法少女を辞めるだなんて言い出すから……うふふふふ」
まるっきり悪役の笑い方をするななこさん。
「きょ、脅迫ですよそれっ?」
「そんなことはありませんよー。大人しく魔法少女を続けていただけるなら何も問題ないんですから」
「……」
ああ、普段わたしにいぢめられてる人はこんな苦労を味わってたんですね……
「ふ、ふふふふ」
「え?」
「わかりました。魔法少女、続けましょう」
「あ、あれ? ほんとにいいんですか?」
「ええ、もちろんですよ」
このわたしが手玉に取られたままで終わってたまるものですかっ。
魔法少女をちゃんとやっている振りをしてななこさんをギャフンと言わせてみせますっ。
反省? 何の事ですか?
目には目を、歯には歯を。
いやむしろ三倍返しですよっ!
「ふふ、うふふふふふふ……」
「な、なんですかその笑いは」
「いえ、なんでもありませんって」
さあどんな逆襲をしてさしあげましょうかー?
「ささ、早くネロなんとかさんを探しましょう」
攻撃するフリをしてこっそり背後から……とか有効そうです。
「わ、わかりました、はい」
「……飛ばないで下さい。こんなほうきじゃ追いかけられません」
「あ、す、すいません」
このわたしはちっとも飛べないというのにななこさんは優雅に飛んでるんですからね。
「まったくもう、魔法少女を差し置いて精霊が飛ぶとは何事ですかっ!」
「え、いや、精霊は飛ぶのが相場ってもんですよー」
「口答えは許しませんよ! わたしは魔法少女、あなたは精霊、わたしのほうがエライでしょうっ!」
「そ、そんな無茶苦茶ですっ」
ああ、わたしたちってとっても相性抜群ですねっ。
ほんとこの先仲良くやっていけそうですっ。
「これで三体目……と」
「意外と順調ですねえ」
「……ホントですね」
皮肉なことにわたしとななこさんのコンビはやたらと順調に敵を撃破していました。
わたしがななこさんを狙って放った一撃が都合よく現れたネロなんとかにヒットしたりなんだりで。
邪魔さえなければ三回は仕留めるチャンスがあったというのに……実に惜しいです。
「っていうか遠野家に来た一匹とバケツで倒した熊がいましたから……もう後残り一匹なんじゃ?」
「単純計算ではそうなりますね」
「そいつを倒せばこの名前ばかりの撲殺少女ともお別れ……」
「ぼ、撲殺ってそんな……」
「事実じゃないですか」
もう自分でも何をやってるんだかさっぱりです。
少なくとも魔法少女だと信じてくれる人はいないでしょう。
よくて不審者?
「……はぁ……」
もう考えると悲しくなるだけなのでさっさと終わらせちゃいましょう。
これはある種の悪夢だったということで。
「そこまでよっ! 悪の魔法少女!」
「……はい?」
どこからともなく謎の声が聞こえてきました。
「悪の魔法少女ってどなたのことでしょう?」
「とぼけないでっ! あなたはこの街を滅ぼそうと魔王が送り込んできた手先なんでしょうっ?」
「はぁ……」
どうやら声の主はわたしのことを悪の魔法少女だと思っているようです。
「なるほどわたしは悪の魔法少女にされてしまっていたんですね……」
そう考えると攻撃方法が道具で殴るだけだったりマトモな装備は黒いフードだけだったりしたことも頷けちゃうんですが。
辞めると言った時の脅迫まがいの行動も悪の手先ならでは。
「ち、違いますよっ。性格はアレですがちゃんとした正義の味方ですっ」
「……ななこさん、何気に酷い事言ってません?」
まあ実際問題こんなマヌケな悪の手先いないでしょうけど。
「あ、いや、えーとそのぅ」
「言い訳は聞きたくありませんっ! 遠野の館を破壊した貴方たちは間違い無く悪ですっ!」
「破壊したのはこの第七聖典のななこさんなんでどうぞご自由に」
わたしはさわやかにななこさんを紹介してあげました。
「そそそそそそんなっ?」
ふっふっふ、これはいい復讐のタイミングです。
声の主は誰だかわかりませんが、ななこさんをとっちめて頂きましょう。
「神の名の元に貴方たちを断罪します!」
足音と共に声が近づいてきます。
「貴方たち……ってわたしもですかっ? わたしは巻き込まれた被害者で関係ないですよっ?」
「お黙りなさい! このシルベルアギーハが……」
「あ」
「……あ」
そのお方の姿にはとても見覚えがありました。
いえ、正確にはその着ているフリフリの衣装は見た事ないんですけれど、その中身が。
「……あきは……さま?」
「ここここここ……琥珀?」
硬直する二人。
「あ、あれ? もしかして……お知りあいなんですか?」
均衡を破ったのはななこさんでした。
「な、何をやっているの琥珀! こんな悪人に手を貸して!」
「やりたくてやってるわけじゃないんですよっ! 無理やりなんです! 秋葉さまこそなんなんですかその格好はっ!」
それを皮切りに怒鳴りあうわたしたち。
「こ、これは魔法少女のコスチュームよっ。遠野家を破壊したヤツを倒すためにって魔法の国からやってきた喋るカラスがくれたのっ!」
「……喋るカラス? それってもしかして……」
わたしたちが探していた残り一体のネロなんとかなんじゃ。
「アギーハよ。その琥珀という女は悪い精霊にたぶらかされているのだ。お前の力で救ってやるといい」
「い、今の声は……」
周囲にやたらと渋い声が響きました。
「ネロです! どこかでわたしたちを見ているんですよっ!」
「え……」
「そ、そうよ……琥珀。あなたは騙されているの。私があなたを救ってあげるわっ!」
「ちょ、ちょっと秋葉さま?」
「今の私はシルベルアギーハよっ!」
バシュ!
「わ……たっ?」
わたしのいた場所に赤い光線が放たれました。
「ふん……上手くかわしたわね」
その光線はどうやら秋葉さまの持っている杖から放たれたようです。
「なんか……向こうのほうがホントの魔法少女って感じがするんですか?」
「ネ、ネロは魔物だから何でもアリなんですよっ。正義の味方はいつも待遇が悪いものなんですっ」
「……妙に説得力があるような無いような理屈ですねえ」
どちらが真実なのかもはやわからなくなってきましたけれど。
「とりあえずその杖はわたしが頂かせてもらいますよっ……!」
正義だろうが悪だろうが魔法少女はわたし一人で十分なんですっ!
続く