ある日秋葉と話していた俺は、ふとした事から思いついてしまった。
「ありがとう秋葉っ! おまえのおかげだっ」
「えっ? あ、え、ええ、ど、どういたしまして?」
手を握って感謝すると、秋葉は顔を赤くして戸惑っていた。
秋葉にはきっとわかっていないだろう。
俺も確信を抱いたわけではない。
ただ、そういう可能性があるかもしれないという事だ。
「その……何を感謝してるんですか?」
「わかったんだよ、秋葉のおかげで。あの琥珀さんの攻略法が!」
「琥珀さんを攻略しよう」
「……攻略法って……ゲームか何かじゃないんですから」
「いや、まあそれはそうなんだけど」
ちょっと言い方が悪かったかもしれない。
「いつも琥珀さんにいいようにやられてるだろ。でも、それをされない方法があるかもしれないって事だよ」
「そんな都合のいい方法があるんですか?」
「ああ」
これはうまいぐあいに人間心理をついた作戦である。
秋葉がいなければ俺は気付く事がなかっただろう。
だからこそ感謝したのだ。
「……私の何で気付いたんです?」
「えっ?」
それは、まあその、なんていうか。
「あ、秋葉の溢れる気品かなっ?」
適当に誤魔化してみる。
「え? や、やはりそうですか?」
「もちろんっ!」
「……って騙されるわけないでしょう!」
「あ、あはは、やっぱり?」
秋葉だったら誤魔化せるかなと思ったのに。
「えーと、先に結論から言うとだな」
俺は思いついた事を説明する事にした。
人に説明をするという行為は自分の考えをまとめる時にも役に立つ。
「琥珀さんがイタズラをするのは何でだと思う?」
「……どこが結論なんですか」
「あせるなって。どう思う?」
「面白いからだとか本人は言っていた気がしますが」
「そう。俺や秋葉が驚いたり、怒ったりするから面白いんだ」
「……何かされても反応するなという事ですか?」
「それが出来ればいいけどさ」
意識してたってそれは簡単に出来るような事じゃない。
むしろそれを気付かれて茶々を入れられるのがオチだ。
「で、しまいには琥珀さんのイタズラが嫌になると」
「それをわかっていてやるからタチが悪いんですよ」
「そう、ポイントはそこだ」
「?」
首を傾げる秋葉。
「発想の転換だよ。イタズラを嫌がるからそれが面白いんだ。だから……」
「……なるほど。いっそもっとイタズラをしろとリクエストするくらいの気概でいろという事ですか」
「そうだ」
そうするとひねくれ者の琥珀さんとしては、面白くないわけだ。
「勉強にしてもなんにしても、やれって言われとやりたくなくなる。逆にやるなって言われるとやりたくなる」
「……イタズラをしろと言われた琥珀は逆にイタズラをしなくなる……」
「完璧だろう?」
「ですねっ」
なんて素晴らしい理論。
「しかしそれをどうして私の発言から?」
「……」
つまり、秋葉が本音とはまるで違うことばっかり言う事に気付いたからである。
はいがいいえ、ノーがイエス。
好きだろうと尋ねれば好きではありません、嫌いだろうと尋ねれば嫌いではありません。
「な、なんとなくだよ」
秋葉に面と向かってそんな事は言えないので適当に誤魔化しておいた。
「……引っかかりますね」
「まあいいじゃないか。とにかくこれをやってみよう」
そうすればきっとバラ色の未来が待っているはずだ。
「ええ、お願いします兄さん」
にこりと笑う秋葉。
「……俺がやるの?」
「だって兄さんが考えついた事でしょう」
「そ、それはそうだけど」
いざ実践するとなるとなあ。
「頑張ってくださいね」
「……ハイ」
髪の毛を赤く染めた不良お嬢さまを前に、俺は頷くことしか出来ないのであった。
「こはくさーん」
部屋のドアをノックする。
「はいはい、なんでございましょう?」
演技かかった口調でドアを開ける琥珀さん。
「頼みがあるんだ」
「頼みですか?」
「ああ」
俺は琥珀さんの目を見つめながら言った。
「琥珀さん、俺にたくさん悪戯をして欲しいんだ」
「はい?」
「なんでもいいんだよ。遠慮しないで、さあ」
「……と言われましても」
琥珀さんは困った顔をしていた。
ふっふっふ、作戦通りだ。
イタズラというのは警戒してない人間にやるから効果があるものであって、そうでないものは効果が半減してしまう。
琥珀さんはやるならば最大限の効果を期待して動くタイプである。
「一体どうしたんですか? 志貴さん」
「いや、心境の変化ってやつかな」
そう言ってにこやかに笑ってみせる。
「む……」
警戒するような顔をしている琥珀さん。
いいぞいいぞ。
「特に無いならいいや。じゃあ」
「ああっ! ちょっと待ってくださいっ?」
立ち去ろうとすると引きとめられる。
「なに?」
「えと、だから、その……」
琥珀さんは計画を練っての会話ならばとことんに強い。
だが突発的事態にはそうでもない。
むしろ俺がこういう事をすると思っていないのか、攻められると弱いくらいである。
「なに?」
「……」
なんだか今にも泣き出してしまいそうな表情をしている琥珀さん。
「う……」
だんだん悪い事をしている気分になってきてしまった。
「い、いや、ないならいいんだよ、そんな無理に考えなくても」
「あはっ、駄目ですねー。普段は鬱陶しいくらいにイタズラしてるのにいざリクエストされると答えられないだなんて」
自虐的に笑う琥珀さん。
「いや、だから」
「……あ、でもでも」
「?」
その表情がふいに怪しく輝いた。
「そういう時の奥の手があるんでした」
「……はっ」
まさか今の会話は時間稼ぎかっ?
「な、なにがあるの?」
考える時間を与えてしまってはいけなかったのだ。
何かのアイディアさえあれば、琥珀さんは無敵になってしまうのだから。
「はいっ。難しい話は一切なしです。男なら拳と拳で語りあうというやつですね」
「意味がわからないんだけど」
そう言うと琥珀さんは頬を赤くして笑った。
「いやですよもう、言わせるんですか? 志貴さんのえっち」
などと、胸元をはだけてアピールしてくる。
「……」
そして指差した先には琥珀さんの布団。
「語るなら体同士で……どうです?」
「うん」
頷いてしまった。
いや、だってそんな。
据え膳食わぬはなんとやらっていうか。
琥珀さんからそんな事を言われた日には、断る理由なんてないのである。
「ではでは久々に熱い語らいをー」
俺は操られるようにして琥珀さんの部屋に入っていくのであった。
「……遅い」
「何をしてるんでしょう、まったく」
「きっと兄さんの事だから、攻略するつもりで逆に攻略されたとか、そんなところでしょうね」
「……」
「……ああもう何なのよこの苛立ちはっ!」
完