そんな中、シキはボールを蹴ったのだ。
無人のゴールへ。
「なんだよ。試合は中断してなかっただろう?」
「けど……っ!」
講義へ向かおうと立ち上がる俺。
「……」
ところが、俺を阻止する人物がいた。
「羽居……ちゃん?」
キャプテン琥珀
〜スーパーストライカー〜
その33
「駄目だよ。怒るのはわかるけど……ここで殴りかかったら、あの人と同じになっちゃう」
「……っ」
俺は慌てて握り締めた拳を解いた。
そうだ、ここでシキを殴ったってメカヒスイは喜ばないだろう。
「まだ、同点だから試合は終わらないよ」
「ああ……」
現在の点数はお互いに六点。
あと残り少ない時間では、どちらも点を取るのは不可能だろう。
「借りを返すのは延長戦で」
「……そう……だな」
ここで俺が問題を起こしたら、みんなの頑張りを無駄にしてしまう。
「……見てろよ、シキ」
ボールがコートを往復し、あっという間に時間が過ぎた。
そしてホイッスル。
休憩を挟んだ後、前後半15分の延長戦となる。
「みんなお疲れさま。この後も頑張ってね」
「……」
「ど、どうしたの志貴くん。怖い顔して」
「あ、すいません」
つい朱鷺恵さんまで睨みつけてしまった。
「実はちょっと腹の立つ選手がいまして……」
俺はシキの非道なプレイを説明した。
「それは許せないわね」
顔をしかめる朱鷺恵さん。
「でも、どうしてそんな戦い方をするのかしら」
「さあ……」
現実世界でもあいつは結構悪どい事をやっていた。
けれどそれは、自分の置かれていた酷い扱いに対する復讐だったのだ。
今もそれと同じような感情で動いているんだろうか。
「……うちのチームのネロのおっさんやワラキアは大人しいのに……」
ほんとにおまえら元悪人かってくらいにサッカーを堪能している。
この違いは何なんだろう。
「奴の戦い方は感心せんな。力の使い方がまるでなっていない」
「華麗さも微塵も感じられない。醜い戦い方だ……」
元悪人軍団はシキのプレイを非難していた。
「あの駄犬……このわたしをよくも……」
その二人の後ろの壁に向かってぶつぶつ何かを言っているワルクェイド。
「……」
こいつがうちのチームで一番問題を起こしそうな気がする。
「あのシキとかいう男……首に縄をつけて三べん回ってワンと鳴かせてやるわ!」
「……」
すっかり凡世界に染まってしまったアルクェイド同様に発想が低レベルだった。
これならまあ、心配いらないか。
「先生。ちゃんと治るんでしょうね?」
「まさか機械を見る事になるとはのぅ……」
横たわるメカヒスイを見て、皺のある顔にさらに皺をよせている時南先生。
「まあ、このワシに不可能はないわ! 治してやろう!」
「……ほんとに大丈夫かよ」
「大丈夫よ。お父さんなら」
「……」
まあ、他に任せられる人間もいないしなあ。
「なんにせよ、こやつの出場はこれ以上は無理じゃ。他の選手を用意する事だな」
「うーん……」
つまり俺か羽居ちゃんが出なくてはいけないのだ。
「わたしが出るよ〜」
「……羽居?」
羽居ちゃんが相変わらずの笑顔で秋葉の傍に立っていた。
「あなた、ろくな活躍してないじゃないの」
「今度はちゃんと仕事するから〜。ほんとだよ〜?」
「……?」
その口調も笑顔も、さっきと同じように見えて、何か違っていた。
なんかこう、さっきまでは見ているだけで癒されるようなオーラが出ていたのに、それが出ていないのだ。
「いいでしょ? お兄さん」
「え、あ……」
「お兄さんは、みんなを指示しなきゃいけないんだから」
その言葉の裏には、自分を使って欲しいという思いが込められていた。
「わかった。じゃあ羽居ちゃん、頼むよ」
「本気ですか? 兄さん」
「……ああ」
シキの凶悪プレイを倒すために、癒しの羽居ちゃんで対抗するのは正しいのだろうか。
「多分、なんとかなる」
なんだかよくわからないけど、そんな気がした。
「まったく……どうなっても知りませんよ」
「秋葉が頑張るから大丈夫だろ」
「……ふんっ」
秋葉はそっぽを向いて歩いていってしまった。
「……」
さて、他のみんなの様子はどうだろうか。
「勝つぞー! おー!」
「その意気だお穣ちゃん。あたしらのコンビで敵を翻弄するんだ」
「あんなヤツのいるチームに絶対負けるもんかー!」
「ああ、やってやるさ」
がしっと手を取り合う蒼香ちゃんと都古ちゃん。
二人のコンビはここでも完璧であった。
「弓塚。おまえはやれば出来る子なんだ。オレは良く知っている。おまえの頑張りをっ!」
「そ、そんなお父さんみたいな口調で言われても……」
「ちっちっち。オレは見上さんのつもりで言ってるんだ!」
「見上さんはそんな口調じゃないってばー!」
有彦の動作を見てくすくすと笑っている弓塚。
さっきシオンに揺さぶられての緊張や動揺がすっかりなくなっていた。
これなら延長戦も大丈夫だろう。
「延長となると華麗なアチキの個人技の出番が多くなるだろうニャー。おまいはどうだ?」
「……」
「ほうほう。まだ隠し玉があるのか。それは期待できそうだー」
「……」
ネコアルクに向けてびしっと親指を立てるレン。
猫同士で気が合うのか、二匹でじゃれあっていた。
「いい傾向だな」
みんなそれぞれの方法で士気を高めあっている。
「みんな! 聞いてくれ!」
俺は全員に聞こえるように大きな声を出した。
視線が俺に集まる。
「延長戦。ゴールデンゴール形式じゃないから点を取ってもゲームは終わらない。純粋に点取り合戦なんだ」
「時間が短くなっただけでやる事は同じという事ですね」
「そう。相手より早く点を取り、なるだけ点を取られないようにする」
「言うは安し、行うは難し……か」
日本人でもないのにネロのおっさんがことわざを使っていた。
「気をつけるのは先生とシキだ。先生は純粋に能力を、シキは反則すれすれのプレイに注意してくれ」
「あのシキってのは校舎裏に呼び出してボコにしたいニャー」
「そういうのは駄目。むこうがラフプレイをやってきても、正々堂々のサッカーで勝つの」
反則に対して反則で返すんじゃ、ただの喧嘩になってしまう。
「みんなに忘れて欲しくないのは、メカヒスイも言ってたけど、サッカーは楽しいものなんだって事だよ」
ロベルトが翼に残していったノートにも、サッカーの楽しさを伝える文章が書かれていた。
「それで楽しみながら勝つ事が出来てこそ、嬉しいんじゃないかな」
「またまたかっこつけちゃって……兄さんってば」
「う、うるさいな。いいだろこれくらい」
一応このチームのキャプテン兼監督みたいなもんなんだから。
「とにかく、みんなの活躍に期待してる」
「任せて下さい」
「無論だ。必ずや結果を出してやろう」
頼もしい仲間たち。
みんなの力を合わせれば、絶対に勝つ事が出来るはずだ。
「さあ、まもなくキックオフです」
延長戦が、始まる。
続く