残り時間はロスタイムを入れたってほんの僅かしかないだろう。
「わかった」
その時間で俺が何が出来るかはわからないけど。
「来ましたね……」
俺は再びフィールドへと足を踏み出すのであった。
キャプテン琥珀
〜スーパーストライカー〜
その43
「負けませんよー」
「ああ」
そんな短い会話を交わし、センターサークル付近に立つ。
「おっさんはまたディフェンスに戻っててくれ」
「了解した」
俺は防御ではなく攻める道を選んだ。
シキだって反則という間違った形ではあるけれど、能力の低さにめげずに精一杯頑張ってるんだ。
負けずに何かやらなくちゃ。
「いっくよー!」
弓塚がゴールから勢いよくボールを蹴り上げる。
「よーしっ!」
ボールを受け取ったのは都古ちゃんだ。
「それっ!」
ドリブルで進んでいく都古ちゃん。
この残り少ない時間でのワンツーはリスクが高すぎる。
これで正解だろう。
「ここは通さないわよっ!」
アルクェイドが向かっていった。
「わ。お兄ちゃん!」
都古ちゃんは慌ててパスを出してくる。
「あっ!」
アルクェイドの頭の上を通過して山なりに落下してくるボール。
「くっ……」
なんとなくボールが見辛い。
キーパーをやっていた時もそうだったけど、高いボールを見ようとするとボールがちらつくのだ。
「……メオンじゃあるまいし」
メオンはネロのおっさんなのだ。
それともこれも森崎の悪影響なんだろうか。
「くそっ」
一度地面にボールを弾ませてからトラップをする。
「何をもたついているんですか兄さん!」
「わ、悪い」
すぐに秋葉へ向けてパスを出した。
「速攻で決めてあげます!」
中央から一気に進もうとする秋葉。
「……よし」
俺もフォローをするべく右端から攻める事にした。
「そう簡単に行かせないわよ!」
白レンが秋葉へ向かう。
「抜いてみせます!」
ずばっ!
「ちょ……!」
「どうですか! 本気になればこんなものです!」
秋葉は小細工なしに完全に技のみで白レンを抜き去っていた。
「そう簡単にはー!」
さらにななこさんが向かう。
「無駄です!」
「あうー!」
今度はは力による突破。
ここにきて秋葉はシュナイダーの能力と完全にシンクロしたのかもしれない。
「いいぞ……!」
これならいける。あの軋間からだってゴールを奪えるはずだ。
「調子に乗られると厄介ですね……!」
シオンが秋葉へ向かう。
「次は貴方ですか!」
「わたし一人ではありませんよ!」
「そういう事だ!」
さらにシキが向かっていった。
「シキ……!」
「秋葉、おまえはこのオレが……!」
「私が消し去ってあげます!」
「ば、バカ!」
まだペナルティエリアに入ってもいないのに秋葉はシュート体勢に入ってしまった。
「ファイヤー!」
高速の振り足から放たれる必殺シュート。
「かかりましたね!」
シオンがそんな事を叫んだ。
「これでわたしが犠牲になれば……!」
躊躇せずにボールへ向かって飛ぶ。
ばしいっ!
「うああああっ!」
シオンに激突した事によってシュートは勢いの勢いは弱まってしまった。
「いくらファイアーショットでもなあっ!」
シキもボールへ向かっていった。
ばきいいっ!
「こんな距離から二人をふっ飛ばしたら決まるわけねえんだよぉ!」
そう、シキが秋葉を挑発したのはわざとだ。
「……フン」
秋葉はシキたちを睨みつけていた。
「兄さんは構わず向かって下さい」
「言われなくても!」
ようやっと俺はペナルティエリア内へ入る事が出来た。
「このような技で!」
軋間はまず間違いなくシュートを防ぐだろう。
なんとかそのこぼれ玉を拾うのだ。
「ヌン!」
ばきっ!
上からのパンチで叩きつける。
ボールは地面にバウンドし、大きく跳ね上がった。
「また高い玉か……」
体が拒絶反応を示している。
あのボールはダメだと。
「……っ」
俺が躊躇していると素早くそのボールへ向かう選手がいた。
「羽居ちゃん……!」
「ここはわたしがっ!」
「させん!」
素早く体勢を立て直し羽居ちゃんへ向かう軋間。
「強いものだけがシュートとは限らないよ!」
ふわりとボールを蹴り上げる羽居ちゃん。
「なっ……!」
ボールは緩やかな軌道を描いて軋間の頭の上を飛んでいった。
「ロビングシュート……!」
まさかここでそんな技術を使ってくれるとは。
「くそっ! 間に合ってくれ!」
だがそのスーパープレイにもイチゴさんが反応し、三角飛びでボールへと向かっていた。
ぱしっ!
つま先に僅かにボールが触れる。
「あ!」
元々威力の無かったボールはそれであっさり軌道が変わってしまった。
ごんっ!
ゴールポストに当たって跳ね返るボール。
「チャンスボールだ……!」
俺はそのボールへ向かっていった。
軋間は倒れているし、イチゴさんもすぐには動けない。
つまりシュートを撃てばほぼ確実に決める事が出来るのだ。
「よし!」
転がってきたボールをトラップ。
「行かせません!」
「……っ!」
翡翠が立ちはだかった。
俺で翡翠を抜く事が出来るのか……?
「やるしかないんだ!」
意を決して走り出す。
「せいっ!」
翡翠のスライディング。
「……見えたっ!」
大きく左へ飛んで交わす。
「そんな!」
「い、いける! いけるぞ!」
ドリブルならなんとか大丈夫だ。
「甘いです遠野くん!」
「……っ!」
先輩も向かってきた。
ゴールを決めさせまいとみんな必死だ。
こっち!
「!」
そんな声が聞こえた気がした。
振り返るとライン際にレンの姿が。
「頼んだ!」
パスを放つ。
「あちらですかっ……!」
慌ててレンへ向かっていく先輩。
「……」
ところがレンはトラップせずにそのままボールを蹴り返した。
「なっ!」
ディフェンダーは全員レンに向かっていたので俺のガードはがら空きだ。
つまり完璧なシュートチャンスである。
「けど……っ!」
またもそれは高いボールだった。
「志貴さん、ここは止めさせて貰います!」
しかも琥珀さんがこんなところまで戻ってシュートを防ぎに来ていた。
どうする。
どうするんだ俺。
「ヘディング……いや、ダメだ」
ヘディングは苦手だ。
ヘディングが……
ヘディング?
「……まさか」
俺は。
いや。琥珀さんですら。
俺の事をずっと森崎だと信じて疑わなかった。
それはキーパー能力の低さ、つまり飛んでくるボールへのあまりの反応の弱さのせいである。
でも。
もしかしたら俺の勝手な思い込みだったのかもしれない。
「……!」
俺はボールをトラップせずにそのままバウンドさせた。
てん、てんてん……
ペナルティエリア内ギリギリの位置で足元へ落ちたボール。
「諦めたんですか志貴さん!」
「いや……わかったんだ」
ヘディングをしようとした事で全てが理解できた。
未公認記録も含むと1000ゴール近い得点を挙げたエースストライカー。
ブラジルサッカー伝説の男、ジャイロはヘディングの苦手なプロ選手だった。
その得点源はジャイロが自ら編み出したシュート。
「……サイクロン!」
俺がこの位置から放ったのは、まさにその必殺技であった。
続く