睨みあう翡翠と弓塚。
「……む」
その空気には先ほどまでの能天気なものがまるでなかった。
ざわめいていたギャラリーも急に静かになってしまう。
「行きます!」
「来いっ!」
静寂の中、翡翠のシュートが放たれた。
キャプテン琥珀
〜スーパーストライカー〜
その48
「……せーのっ!」
シュートに対して素早く反応した弓塚。
「よしっ……」
今度はボールと同じ方向へ向かっていた。
「吹っ飛べ!」
思いっきり振りかぶってのパンチング。
どごっ!
シュートはもの凄い勢いで跳ね返された。
「おお……」
ギャラリーから歓声が沸く。
「うにょっ!」
跳ね返ったボールはネコアルクの頭に激突していた。
「あっはっはっははっは!」
それを見て大笑いしているアルクェイド。
「お、おのれ貴様ー! アチキをグレートキャッツガーデンの主と知っての狼藉かー!」
口を尖らせ手を振り回すネコアルク。
「おいおい。シュートを防いだんだから喜ぶべきだろ?」
「む……そうか。よくやったぞさっちーん!」
「その呼び方は止めてよー」
「あはははは……」
やっぱりこいつらにシリアスは無理らしかった。
「姉さん……申し訳ありません」
翡翠は唯一真面目なままだったのだが。
「さすがは弓塚さん。その身体能力、是非遠野家地下帝国に……」
「姉さん?」
「あ、ううん? なんでもないよ? 残念だったね翡翠ちゃん」
「……」
相方がてんでダメであった。
「とにかく」
これでチャンスが出来た。
「ここでゴールを決められれば有利になるぞ」
残りPK回数はあと半分なのだ。
「頼むぞ秋葉!」
「任せて下さい。必ず決めてみせます」
「……ここで皇帝ですか……!」
秋葉の登場にさすがの琥珀さんも顔をしかめていた。
「頑張れ秋葉ちゃ〜ん!」
「気張れよー」
浅上のクラスメートから声援が送られる。
「あら。瀬尾は応援してくれないのね」
「あう」
一人琥珀さんチームのアキラちゃんは困った顔をしていた。
「こらこら、後輩をいじめるんじゃないっつーの」
「あら、私は応援してくれないのと聞いただけでしょう?」
ふふんと笑う秋葉。
「ったくあのお嬢さんは……」
蒼香ちゃんは呆れた顔をしていた。
「アキラちゃーん、一緒に応援しようよー」
そして羽居ちゃんはどこまでも天然であった。
「……はぁ」
ため息をつきながらボールへ向かう秋葉。
「決めろよ秋葉!」
「わかっています」
今までの表情が一変し、真剣なものになった。
「ふぁいと、ふぁいと、秋葉ちゃーん!」
がく。
「……羽居……」
「……はいはい、おまえさんはちょっとあっち行ってようね」
「えー?」
蒼香ちゃんに押されて遠くに連れて行かれる羽居ちゃん。
「あはは……」
敵チームの時に応援してもらえば逆に効果あるかもなあ。
「これが最後の最後だからー」
蒼香ちゃんの腕を離れ、羽居ちゃんが秋葉へ向かっていった。
「……何よ」
「……」
秋葉の耳元に何かを囁く羽居ちゃん。
秋葉の目が大きく見開かれた。
「頑張ってねー」
「なんだ?」
一体何を話したんだろう。
もしかして軋間の攻略法とか?
「では、今度こそ」
「……ようやくか」
ゴールポストの傍に立っていた軋間が中央に立つ。
「食らいなさい!」
右足を振り上げる秋葉。
「……!」
足が振られると同時に軋間が飛んだ。
「え……?」
俺は目の前の光景を見て愕然とした。
秋葉の足は確かに振り切られている。
だが、ボールはまだその足元に存在していたのだ。
つまり……空振り?
「そういうことですかっ!」
琥珀さんが叫ぶ。
何がそういうことなんだ?
「ノンファイヤー!」
「!」
なんと、秋葉は残った左足のほうでボールを蹴っていた。
「あれか……!」
それはドイツ戦でシュナイダーが若林に放ったシュートであった。
ずばっ!
右に飛んだ軋間と左に飛んだシュート。
見事にゴールネットに突き刺さっていた。
「やったあ秋葉ちゃーん!」
走ってきた羽居ちゃんが秋葉に抱きついていた。
「……なんて羨ましい」
「そういうのは思っていても口に出すんじゃない」
俺も秋葉と代わりたいくらいだ。
「ああもう! 不愉快ですね!」
羽居ちゃんのボリューム感をモロに受けた秋葉はしかめっ面をしていた。
「羽居ちゃん、さっき秋葉に言ってたのってノンファイヤーの事なの?」
多分間違いないだろうけど尋ねてみる。
「……ええまあ、そうですけど」
ぷいと顔を背ける秋葉。
「凄いじゃないか」
「秋葉ちゃんだから決められたんだよー」
「ああもう! だから胸をくっつけるのは止めなさい!」
「……羨ましい」
「ああ、羨ましい」
「兄さん!」
「はっ!」
いかん、思わず本音を口に出してしまった。
「と、とにかく決まったんだからめでたしめでたし!」
「そうそうー」
「……もういいです」
秋葉は羽居ちゃんの相手をするのに疲れたのか、渋い顔をして遠くのほうへ歩いて行ってしまった。
「うぬぬぬぬぬぬぬ……」
その秋葉よりもさらに渋い顔をしている琥珀さん。
「どうするのよ琥珀。これってピンチじゃない?」
「わかってますよ。っていうか次撃つのはアルクェイドさんじゃないですか」
「あ、そうだっけ」
ぽんと手を叩くアルクェイド。
「なんとしてでも決めて下さいよ!」
「はいはーい」
いつも通りマイペースなアルクェイド。
「……あの人かぁ……」
弓塚は不安そうな顔をしていた。
「あいつのシュートは怖いからなあ」
俺も何度か吹っ飛ばされたからわかる。
アルクェイドのそれはシュートではない。
もはや凶器だ。
「PKだから必殺技は撃てないはずけど……」
その恐怖は身に刻まれている。
森崎を一度恐怖のどん底に突き落とした日向のシュート。
「ゆ、弓塚! ボールは友達! 怖くないぞ!」
「わ、わかってるよっ」
だがその言葉が余計に弓塚の恐怖を煽ってしまったようだった。
ずばっ!
「決まったゴール!」
「……やったあっ!」
アルクェイドのシュートはゴールの右隅に突き刺さっていた。
弓塚は真ん中に留まったままであった。
「ダメだったか……」
これでまた同点になってしまった。
「っていうかわたしの扱いのほうが悪い気がするんだけど」
「何言ってるんだ。おまえなんか三人もいるじゃないか」
どれも問題児ばっかりだけど。
「……そういえば早々と退場した朱い月はどうなったのかしら」
「さあ……」
七夜に連れて行かれた方向を眺めてみる。
「よ、よせと言うておるだろう! 戯れは好かぬ!」
「いいじゃないか。なぁ?」
「……何やってるんだあれは」
なんだかよくわからないが、殺人貴と姫君という奇妙なカップルが出来上がっているのであった。
続く