「遠慮しないでって。ほらほらー」
「きゃあっ」

悲鳴をあげる翡翠。

「な、なんだぁ?」

思わず後ろを振り返ってしまう。

「……」

そしてそのまま俺は動けなくなってしまった。
 

何故なら、琥珀さんが翡翠の胸を鷲づかみにしていたからである。
 
 


「間近に温泉があったなら」
その11










「ふっふっふー。こんなに成長してくれてお姉さんは嬉しいなっ」

そのままむにむにと翡翠の胸を揉みしだく琥珀さん。

「や、止めてください姉さん……あんっ」

翡翠が艶っぽい声をあげるもんだから俺はものすごくドキドキしてしまった。

「……っていかん」

こんな状況をただ見ているだけではいけない。

翡翠を魔の手から救わなくては。

「おおっと志貴さん。動いてはいけませんよー。動いたら翡翠ちゃんのバスタオルを取ってしまいます」
「な、なにぃっ?」

しかしそれは俺にとってまったく静止力にならない気がするのであるが。

「そ、そんなっ。姉さんっ!」

だがそれは翡翠にとっては死活問題だろう。

そして俺が「おらーっ! やれるもんならやってみやがれーっ!」などと言ったら琥珀さんは何のためらいもなく翡翠のバスタオルを剥いでしまうに違いない。

もし俺に裸を見られてしまったら翡翠はショックのあまり倒れてしまうんじゃないだろうか。

一日に二度も三度も気絶させてはかわいそうである。

「ふっふふ。翡翠ちゃん。先端が固くなってきてるよ?」
「そ、そんなこと……あ、ありませんっ」

琥珀さんの言葉で翡翠の顔が真っ赤に染まっていく。

「……」

そして俺もまたなんだか下半身が怪しい雰囲気になってきていた。

この状況でい続ける事が一番まずい。

「……そ、そうだっ」

俺は少し卑怯かもしれないけれど、この状況を打破出来そうな手段をとることにした。

「どうしました志貴さん?」
「目潰しっ!」

傍の塩を掴んで琥珀さんの顔付近に投げつける。

「きゃーっ! 目がっ。目がぁ〜っ! というのはある人の名言ですがっ」

割と余裕っぽい食らいかたをしながらも琥珀さんは翡翠の胸を掴む手を緩めてしまったようだった。

「今だっ」

その琥珀さんの手を剥ぎ取り翡翠を俺の後ろへと隠れさせる。

「し、志貴さま……ありがとうございます」
「……くっ。志貴さん、意外にやりますねー」
「琥珀さんこそ半分くらいかわしてたじゃないか」

もしかすると目になんか全然当たっていないのかもしれない。

「あらあらなんのことでしょう?」

にこにこ笑っているいる琥珀さん。

まるっきり余裕綽々といった感じである。

「とりあえず、翡翠ちゃんは返してもらいます」
「そういうわけにはいかないよ」
「それならこちらも塩を投げちゃいますよー。えいえいっ」
「うわっ、うわっ」

ぱらぱらと俺の体に向けて塩が投げられる。

だがてんで痛くはなかった。

「あ、あれ? 効果ありませんね?」
「そりゃそうだよ。俺メガネかけてるし、塩塗りたくった後だし」

どこかに傷口があったらもだえ苦しんでたかもしれないけれど。

ただの塩でダメージなんて食らうはずがない。

「ちぇー。卑怯ですよ志貴さん。メガネなんてつけて」
「いや、最初からつけてたって」
「効かないなら効くまでやるまでです。てりゃ、てりゃりゃーっ」
「ちょ、ちょっと琥珀さん……」

琥珀さんはやたらと楽しそうだった。

「……よーし。なら俺も」

俺も負けじとばかりに塩を投げ返す。

端からみたらなんでこんなことに熱中してるんだろうと思われるだろうけれど、これが不思議と燃えてしまうものなのである。

雪合戦しかり、豆まきしかり、水かけっこしかり。

「あはっ、志貴さんの攻撃なんて通用しませんよー」

と言いながらも肩にヒット。

「えーいっ」
「うあっ」

今度は琥珀さんの塩が俺のひざに当たる。

「てりゃりゃーっ」

俺の塩が琥珀さんのフトモモに、琥珀さんの塩が俺の腹に。

「ふ、二人とも! いい加減にしてくださいっ!」

と、翡翠が珍しく強い口調で怒鳴った。

「ひ、翡翠?」
「二人とも、床を見て頂けますか」
「ゆ、床?」
「あらら……」

床を見るとそれはもう酷かった。

足の踏み場もないくらいに塩が散らばっている。

「二人が塩を投げたりするからです。塩はみんなで使うものなんですよ?」
「あー、うー……」

どうも調子に乗りすぎてしまったようであった。

「……す、すいません」
「ご、ごめんなさい」

これにはさすがの琥珀さんも頭を下げていた。

「掃除をなさってください。入ってきたときのように綺麗にです」
「はーい」
「はい」

翡翠の指示のもと、俺は琥珀さんと共に掃除を始めた。
 
 
 

「はぁ……やっと終わった」

掃除が終わった時には完全に汗だくであった。

「疲れてしまいましたね……」

琥珀さんも同様である。

「では出ましょうか」

しかし翡翠だけは意外と淡々とした様子であった。

「……やはり翡翠ちゃんだけは怒らせちゃいけませんねー」
「だな」

ある意味琥珀さんや秋葉よりも怖いかもしれない。

「じゃ……」

扉を開き外へと出る。

「うおおっ……」

外の空気が全身の汗に触れ、ひんやりとした感じを受けた。

「志貴さん。塩サウナを出たらシャワーを浴びなければいけません」
「おっと……うん」

出口の傍にはちゃんとシャワーが設置されていた。

「わたしと翡翠ちゃんはこっちへ入ります。志貴さんはそちらへどうぞ」
「わかった」

翡翠と琥珀さんは左側へ、俺は右側へ。

区切られていてそれぞれのシャワーの中は見られなくなっていた。

「ふう……」

久々に腰のタオルを外し、シャワーをあびる。

ずっとタオルをつけっぱなしってのも結構気持ち悪い感じなのだ。

「くぅ……効くなぁ」

シャワーは冷たい水なのでなおびりびりと肌を刺激した。

こうやって風呂も真っ裸で入りたいものである。

「ひっすいちゃーん。わたしが塩を流してあげるよ〜?」
「い、いいですって。そんなところ触らないで下さい」

琥珀さんはまるっきり懲りていないようであった。

「琥珀さーん? この後どうするの?」

琥珀さんを邪魔する意味でも俺は話しかけてみた。

「え? あ、あ、はいー。水風呂に行きますよー」
「水風呂か……」

サウナと水風呂はほとんどセットみたいなもんである。

サウナでたっぷりと汗をかいて水分が減ったところに水風呂で水分を潤す。

最高のコンビネーションだ。

「ささ、翡翠ちゃんタオルを巻いて? 巻かないで志貴さんのほうへ行ってもいいけど」
「……す、すぐに着けます」

どうやら反対側で翡翠は丸裸のようであった。

「……」

そうすると塩サウナで見た翡翠の体のラインが嫌がおうにも思い出されてしまう。

「姉さんこそ早くタオルをつけてください」
「えー? だからわたしは裸でー」
「姉さんっ!」

琥珀さんまで裸なのか。

「……うおお」
 

いたらいたで目のやりどころに困るし、いなければいないで想像を掻きたてられてしまう俺なのであった。
 

続く



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