温泉や銭湯はそんな不思議な力があるのかもしれない。
「……」
ただ、そんな中ひとりだけおじいさんがむすっとした顔をしたままである。
「ん」
そんなおじいさんと俺の目が合った。
「……ふ」
するとおじいさんは白い歯のたくさん残っている口を開いてニカッと笑ってくれるのであった。
「間近に温泉があったなら」
その14
「さてと」
俺は泡風呂を出て他の面白そうなところを探していた。
「ん?」
今度は「うずまき風呂」なるものを発見した。
これは文字通り浴槽内にうずが巻いている風呂である。
「……なになに?」
傍に説明書きがかかれていた。
「渦の中に体を置くことによって筋力を高めてシェイプアップ効果を呼びます」
とのことだ。
「筋力アップか……」
有彦あたりが喜びそうな風呂である。
「どれ」
さっそくその渦の中に足を運んでみた。
右から左から体を刺激する水流。
「うーむ」
渦に身を任せ、体をその方向へその方向へと移動させていくとぐるぐると浴槽内を回転することになる。
なんだか洗濯機の中に入っている気分であった。
「……」
無理矢理に体をとどめようとそのへんの脇に掴まってみた。
すると下半身だけが横へと流されていく。
そこでぱっと手を離すと顔がお湯の中へと沈んでいってしまった。
「ぷはっ」
慌てて顔を上げ、メガネの水滴を拭う。
メガネをかけて風呂に入っているとこういう障害があるのが辛い。
この風呂はどうも俺には向いていないようだ。
「やーめた」
俺は早々とこの風呂を出ることにした。
「……なんだ? これ」
そして見つけたのがまた怪しい風呂であった。
その名も電気風呂。
そのまま解釈すれば電気の流れている風呂ということになるんだろうけど果たしてそんなものに入って大丈夫なんだろうか。
「……」
しかし目の前では平然とおじいさんがその風呂の中に入っている。
「よ、よし」
俺も思いきってそこに入ってみることにした。
「……」
まずはゆっくりと手を入れてみる。
びびびびびび。
「うおっ」
確かに手に刺激が走った。
しかしこれはさほど強い電流ではないらしい。
「……」
ゆっくりと足を入れ、そのまま体を湯へとつける。
びりびりと肩から腹、足を電気が流れていった。
「なんか不思議な感覚だな……」
特に指先に強く電気を感じる。
全身マッサージを受けているような感じだ。
効能は腰痛、疲労、筋肉痛とか。
そういえば低周波の電気がそういう効果があるとか聞いた気がする。
このしびれ具合がいかにも効果がありそうだ。
「……」
ちなみに注意書きとして心臓病や貴金属をつけた人の入浴は危険です、とある。
「はっ」
俺はそこでメガネが金属ではないかという危惧を抱いた。
「な、南無三」
俺はまた慌てて電気風呂を抜け出すのであった。
「のんびりしたいもんだけどなあ……」
次は打たせ湯だ。
打たせ湯というのは上のほうからお湯が滝のように流れているものである。
下にある椅子に座り、うまくこの滝を肩に当てるのだ。
早速とばかりに腰掛け上手く位置を見つける。
「いてててて……」
この丁度いい位置を見つけるっていうのはなかなか難しいものだ。
「お」
思考錯誤を繰り返していい塩梅のところを見つけた。
びちびちびちびち。
肌に湯が当たる音が耳に響く。
なんせ滝があるのが耳のすぐ隣なので凄い音だ。
「あーうー」
体を反転させてもう片方の肩に。
翡翠の肩揉みで大分コリは取れていたけれど、この滝の刺激も気持ち良かった。
しばらくその刺激に身をゆだねる。
「うううううう」
飽きたら首の後ろに当てたりして遊んでみたり。
ちなみにこの滝がうっかり下半身のある部分に当たったりするとそれはもう大変なことになってしまうので要注意だ。
「……」
と、俺の目の前に子連れのおじさんが立っている。
「あ、どうぞ」
俺はそこを立ってゆずってあげた。
「ありがとうございます」
頭を下げるおじさん。
「ありがと、おじちゃん」
子供もお礼を言った。
「……ははは」
あの子から見れば俺もおじさんなのかなぁと少し落ち込んでしまうのであった。
「と、そろそろ時間かな」
まだ他にも面白そうな浴槽があったけれど約束の時間が近いようだ。
「まあ、また来ればいいか」
俺はかなりの満足と期待を抱いて浴場を後にした。
「えーと」
そして脱衣場。
ロッカーに鍵を入れて開く。
大きなバスタオルで体の水滴を拭う。
「どうするかな……」
ロッカーの中には着て来た服と浴衣がある。
「よし」
普段着に戻ってもいいけれどやはりここは浴衣に着替えるべきだろう。
俺は浴衣を手に取った。
「……しかし浴衣ってのは下着着けないって話だよなあ」
俺はじっと自分の下半身を見た。
「やっぱり履いておこう……」
万が一のことがあったら大変である。
トランクスを履いてその上から浴衣を纏った。
浴衣なんて滅多に着るもんじゃないからかなりだらしない着方である。
「まあ、いいか」
こういう着方も味があっていいだろう、うん。
「確か卓球場は三階だって言ってたな……」
中央にある案内図を見て確認する。
うん、三階の端のほうが卓球場だ。
俺は木張りの床をぺたんぺたんと素足で歩いていく。
「これだよなぁ、やっぱり」
木の床を素足で歩いていく感覚っていうのはすごくいい。
遠野家では離れでしか味わえない感覚である。
なんていうか日本の風情って感じだ。
俺はそこにも満足を感じて卓球場へと足を早めた。
「あら、遅かったんですね、兄さん」
そしてなんていうか満足感とか充実感とかそういった類のものがいっぺんに吹き飛んでしまっていた。
そういえばいたのである。こいつも。
「なんですか兄さん。私がいてはいけないのですか?」
秋葉は俺が黙っているもんだからむっとした顔をして尋ねてきた。
「い、いや、悪くないけど。ちょっとびっくりして」
こそこそと尾行をしていたはずの秋葉がこんなに堂々と出てくるだなんて。
「琥珀に聞いたでしょうけれどここは遠野家の管轄する温泉施設です。当主たるわたしがいても全く問題ありません」
まぁ秋葉はこういう風に凛としているほうが似合ってはいる。
「そうなんだけど、なんていうか……」
俺が引っ掛かっているのはそこだけではなかった。
気になるのは秋葉の格好なのである。
「なんですか? 他に問題が?」
「……」
俺の目の前にいる秋葉は、おそらく琥珀さんの入れ知恵なんだろうけれど、浴衣着用の上にどうやら下着を身に着けていないようなのであった。
続く