「そうなんだけど、なんていうか……」

俺が引っ掛かっているのはそこだけではなかった。

気になるのは秋葉の格好なのである。

「なんですか? 他に問題が?」
「……」

俺の目の前にいる秋葉は、おそらく琥珀さんの入れ知恵なんだろうけれど、浴衣着用の上にどうやら下着を身に着けていないようなのであった。
 
 




「間近に温泉があったなら」
その15











「問題は……まあないけどさあ」

むくれる秋葉に向かって仕方なくそう言った。

胸が見えそうだ、とか言ったらまたややこしいことになりそうだからだ。

「あ、志貴さんいらしてたんですねー」

そこへひょこひょこと琥珀さんが現れた。

「琥珀さん……その、これはどういうことなのかなあ」

俺はそっと琥珀さんへ囁いた。

「はぁ。どういうことかというと、つまり『下着を着けずに浴衣を着て志貴さんを誘惑しちゃうぞ作戦』を展開中ですと言えば宜しいんでしょうか?」
「やっぱり琥珀さんの差し金なんだ」
「あはっ。まさかー。偶然ですよー。まったく偶然の産物ですってー」
「……」

果たしてどっちが真実なんだろうか。

まあどっちだったとしても目の前にそういう格好の秋葉と琥珀さんがいるのは間違いないんだけど。

琥珀さんのほうはスリットのほうもかなり過激であった。

なんていうか「ビバ! ふともも!」みたいな感じ。

「ちなみに翡翠ちゃんも浴衣ですよー」
「え」
「……」

琥珀さんの後ろからもじもじとした様子の翡翠が現れる。

なんだかしきりと周囲の視線を気にしている感じだ。

それもやはり琥珀さんの言葉を借りるならば『下着を着けずに浴衣を着て志貴さんを誘惑しちゃうぞ作戦』のせいなんだろう。

翡翠はずっと胸元を見えないように片手で隠していた。

しかしそんな仕草をしているせいで余計に目線がそこへ集中してしまう。

「というわけでメンバーが揃いましたし、これから卓球大会をやりましょう。優勝者には豪華賞品が出るんですよ〜」

琥珀さんがぱんぱんと手を叩きそんなことを言った。

「へえ。面白そうだなぁ」
「はい。総当たり戦で11点マッチです。勝ち数が一番多い人が優勝ですねー」
「なるほど」

まあ仕組みとしてはわかりやすいシステムだ。

「あとはビリの人には罰ゲームです。それも覚えておいてくださいねー。特に秋葉さま」
「ふん。この私にそんな大口を叩いていいのかしら?」

不敵に笑う秋葉。

まあ秋葉が自身満々なのはいつものことである。

「では最初の対戦相手を決めましょう。グーパーでいいですね?」
「ああ」
「……はい」
「上等よ」

いくら秋葉でもグーパーくらいは知っているらしい。

「ではー。ぐーぱーじゃすっ」

グーパーというのは要するにグーとパーだけを出し合って、同じ手を出した人が対戦相手になりますよ、というやつである。

このグーパーの掛け声っていうのは全国で色々違うらしい。

そもそもグーパーという呼び名ですら地方で違うようだ。

俺は琥珀さんの言った「ぐーぱーじゃす」しか知らないけど。

「……む」

まず俺がグー。

「……」

翡翠もグー。

「……あらら」

琥珀さんがパー。

全員の視線がある人物の手に集中する。

「あのなあ、秋葉」

俺は苦笑した。

やはり秋葉はよく仕組みをわかっていなかったらしい。

「な、なんですか?」
「知ってると思うけど、グーパーってのはグーとパーしか出さないんだぞ?」
「……」

硬直する秋葉。

だがすぐに。

「そそそそそ、それくらい知ってましたよ。ジョ、ジョークですよ。ジョークっ」
「そうですよねー。秋葉さまともあろうものがこんな一般常識知らないはずないですもんねー」
「……そそうよ。ほほ、ほほほほほほ」
「あはっ、あははー」

秋葉と一緒に琥珀さんの笑顔はこれでもかってくらいに輝いて見えた。

「はぁ。もう一回やるぞ。いいな。せーの。ぐーぱーじゃすっ」

今度は秋葉と翡翠がグー。

俺と琥珀さんがパーであった。

「翡翠が相手なの……まあお手柔らかにね、翡翠」
「は、はい……」

なんだか翡翠がかわいそうに見えてしまう。

「あはっ。優しくお願いしますねー」
「……ああ、うん」

そしてなんだか俺はもっとかわいそうなんじゃないだろうかと思ってしまった。

「さて、どちらが先に対戦します? わたしたちですか? 秋葉さまたちですか?」

琥珀さんが全員に尋ねる。

卓球台はいくつかあるのだけれど、あいにく今開いている台はひとつなのであった。

「俺は後でいいよ。秋葉たちが先にやってくれ」

こういうときはとりあえずレディファーストである。

「いいんですか?」
「ああ。いいだろ? 琥珀さん」
「ええ。異存ありませんー」
「わかりました。……では翡翠。始めましょうか」
「は、はい……」

大丈夫かなあ、翡翠。

「しっ、しっ」

秋葉は意気揚々とラケットを振っているけれど翡翠はなんだかすごく頼りない感じだ。

これでは一方的な試合になってしまいそうである。

「はーい。ワンセットマッチ、秋葉さまバーサス翡翠ちゃん。はじめてくださーい」

琥珀さんの言葉で試合開始。

「行くわよ……せいっ!」

開始早々、秋葉の高速サーブが翡翠を襲う。

「あっ……」

翡翠はなんとか返すのであるが、返った玉はへろへろである。

「そんなヘナチョコ玉でっ!」

その玉を再び凄い勢いで叩きつける秋葉。

しかし秋葉のやつ、浴衣であんなに動いて大丈夫なんだろうか。

琥珀さんと違って支えるところがないからすとんと下に落ちて来たりして。

「……」

なんだか目頭が熱くなってきた。

「せいっ!」

俺の哀愁など知る由もなく秋葉は熱血していた。

「……っ」

翡翠は完全に秋葉に振り回されている感じだ。

「うーん。待っている間暇ですね。志貴さん、飲み物買ってきましょうか?」

ふと俺のほうへ顔を向けて琥珀さんがそんなことを言ってくる。

「あ、ほんと?」
「はい。翡翠ちゃんたちのぶんもついでに買ってきちゃいます。何がいいですか?」
「うーん」

飲み物といったら色々あるけれど、風呂上りに飲むものといったらやはり。

「コーヒー牛乳で」
「あはっ。もちろん瓶入りのが販売してますよ〜」

風呂上りに飲むのは瓶入りの牛乳系統である。

シンプルな白牛乳を好む人が多いが、俺はやたらと甘ったるいコーヒー牛乳のほうが好きだったりした。

「わかりましたー。ではしばしお待ち下さいね〜」
「ああ、うん」

琥珀さんはぱたぱたと売店へ駆けて行った。
 

ぱこーん!
 

俺と琥珀さんがそんなやり取りをしている間も秋葉と翡翠の試合は進行している。

点数は5−1。

なんだか短時間ですごい点差になってしまっていた。

「くうっ……またっ……」

だが、それは実に不可思議な展開であったのである。

「私の得点ですね」

そう言って点数をめくる翡翠。

6−1。
 

そう、つまり試合を優位に運んでいるのは翡翠なのであった。
 
 

続く



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