そして次は俺たちの対戦だ。

何が起こるのやら不安で一杯である。

「でもその前に」
「その前に?」
「ドリンクタイムと行きましょう〜」
 

そう言って琥珀さんは胸元から牛乳瓶を取り出すのであった。
 
 


「間近に温泉があったなら」
その17











「琥珀……あなたそれで私に勝ったつもりなの?」

秋葉は琥珀さんを睨みつける。

それはまあそうだろう。

秋葉には琥珀さんと違って牛乳瓶を挟むような……

いや、敢えて言及はすまい。

「姉さん。そのようなことをしては中身がぬるくなってしまうのでは?」

翡翠はどこかずれたことを言っていた。

「あ、ううん。これはわたし用に用意してもらった常温のヨーグルトなんだ。わたしの体に入れておいたから、まさに人肌ってとこかなー」

瓶をふらふらと揺らす琥珀さん。

「というわけで皆さん用のはこちらです」

そして後ろにあった瓶を卓球台に置いた。

水滴がうっすらとついていて、いかにも冷たさそうである。

「まずは志貴さんがコーヒー牛乳でしたねー」

一番最初にそれを手渡してくれる琥珀さん。

「あ、うん。ありがとう」

見た目通り、瓶はとてもひんやりしていた。

「秋葉さまはどれになさいます?」
「……私は普通の白い牛乳でいいわ」
「なるほど。バストアップになるかもしれませんからねー」

すぱーんっ。

「わわわ。秋葉さま、人に向けて球を打ってはいけませんよ」

問答無用で球を打った秋葉も秋葉であるが、いともあっさり避ける琥珀さんも琥珀さんである。

「ならいちいち余計なことを口走るのは止めなさい」
「はーい。以後気をつけますねー」

琥珀さんは頭を下げているものの、ちっとも反省しているようには見えなかった。

「ええと、秋葉さまは牛乳と」

秋葉に牛乳を渡す琥珀さん。

「それから翡翠ちゃんはフルーツ牛乳だよね?」
「あ、はい」

翡翠は両手で瓶を受け取った。

「うーむ」

フルーツ牛乳は好きと嫌いが割とはっきりわかれる飲み物である。

邪道だ、という人もいるし、これこそが王道だという人もある不思議な飲み物なのだ。

翡翠らしいと言えばらしいかもしれない。

「そしてわたしはこれというわけで」

再びヨーグルトの瓶を強調する琥珀さん。

「みなさん、どうぞお飲み下さいな」
「おう」

俺はさっそく瓶の蓋を空けた。

それから腰に左手を当て、顔をやや斜め上に。

口に瓶を当て、一気に。
 

ごくっ……ごくっ。
 

このコーヒー牛乳のなんともいえない甘ったるさがたまらない。

体中にパワーが伝わっていく感じだ。

「わ、志貴さん凄い様になってますねー」

俺を見て琥珀さんがそんなことを言った。

「いや、なんていうか銭湯ではこれが基本だったから」

特にサラリーマンの人々の飲み方は本当に美味しそうであったのだ。

「なるほどー。わたしにもそんな飲み方を指導して頂けませんかね?」
「いや、指導出来るようなもんじゃないとは思うんだけど……」

見ているうちにいつの間にやら身についてしまったものなのである。

「羨ましいですよー。はい」
「いやぁ、その……」

なんだか照れくさかった。

「美味しいですね……」

翡翠は両手で瓶を持ってゆっくりとフルーツ牛乳を飲んでいる。

その表情はとても幸せそうである。

「……」

そして秋葉は牛乳瓶相手にしかめっ面をしていた。

「ははぁ」

やはりお嬢さまの秋葉は牛乳瓶の蓋の開け方がわからないんだろう。

「秋葉。開けてやろうか?」
「大丈夫ですよ。ちゃんとやれば……」

秋葉の手つきはどうにも危なっかしい。

「いいから貸してくれって。失敗すると指が大変なことになっちまうぞ?」
「そ、そうなんですか?」

俺の言葉に動揺したらしい。

「あ、わたしが開けますよー」

と、琥珀さんが秋葉の瓶を奪ってさっと開けてしまった。

「……あ、ありがとう琥珀」

やや呆気に取られているものの、お礼を言う秋葉。

「いえいえ。どうぞ牛乳を心行くまで味わってくださいな」
「ええ」

こくりと牛乳をひとくち。

「ほんと……美味しいわね」
「だろ」

やはり風呂上りには牛乳シリーズである。

「志貴さん志貴さん。わたし、今からさっきの志貴さんのように美味しそうに飲んでみますので、評価していただけませんかね?」
「ん? 別に構わないけど……」
「ありがとうございます。ではではいきますよー」

なんだかやたらと嬉しそうに笑っている琥珀さん。

これはまた琥珀さんの作戦にはまってしまったんではないだろうか。

いや、しかしそんなヨーグルトを飲むだけで何もないよなぁ。

「えい」

ぶしっ。

「……ええっ?」

琥珀さんは蓋に思いっきり指を突き刺していた。

さっき秋葉の蓋を開けた時はそんなやり方じゃなかったのに。

「てりゃー♪」

そしてその蓋を思いっきり引きぬいた。

「うわっ」

ヨーグルトが俺のほうまで跳ね飛んでくる。

「あらら〜。これは大変なことになってしまいましたねー」

少し離れていた俺にまで飛んできたんだから、琥珀さんのほうはそりゃあもうヨーグルトまみれになってしまっていた。

「だ、大丈夫?」
「はい。白いドロドロした液体が顔じゅうにかかってしまいましたね」
「……な、なんか表現がおかしくないですか?」
「そんなことはないですよ。うわー。胸のほうまで飛んじゃってます」

言葉通り胸元のほうまでヨーグルトが飛び散っていた。

「顔じゅうにかかった上に、胸にまでかかるだなんて。やはり太いと違いますねー」
「……」

琥珀さんの言いかたはまったく違うシチュエーションを連想してしまうようなものである。

「勿体無いです。どうせなら口に飛んでくれれば良かったのに」

頬のヨーグルトを指でぬぐってぺろりと舐める琥珀さん。

なんていうか、その舌づかいがすごく艶かしい。

「さて、瓶のほうも頂きますかねー」

そして顔を拭かないまま瓶に口を近づける。

「ちゅ……ふぁ……美味しい……」
「琥珀さん、絶対おかしいから、それ」
「えー。ごく普通にヨーグルトを飲んでいるだけじゃないですかー」
「……」

ちなみに秋葉や翡翠は我関せずと言った感じでそっぽを向いてしまっていた。

「それとも、何かイケナイことを想像してしまったりしているんですか〜? 志貴さんは」
 

そんなわけで俺はまずこの浴衣を着た悪魔の誘惑と対決しなければいけないようであった。
 

続く



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