とまあ、その他様々なバリエーションのお色気攻撃の前に結局は太刀打ちできず、俺はストレートで完敗してしまうのであった。
「間近に温泉があったなら」
その19
「とほほ……」
力なく傍の椅子に座る俺。
「志貴さま、大丈夫ですか?」
「あー、うん」
肉体云々よりも精神的に疲れてしまった。
試合に興奮じゃなくて別のものに興奮してしまって。
「敵は討ちますので」
翡翠はむっとした顔を琥珀さんへと向けていた。
「さて、次はどんな対戦にしましょうか」
琥珀さんが全員へ尋ねる。
「わたし対姉さんで……」
俺の雪辱に燃える翡翠がそんなことを言いかけた。
だが。
「私と琥珀で勝負しましょう」
秋葉の言葉で翡翠の言葉は遮られてしまった。
「……秋葉さま」
「あら、秋葉さま。この琥珀に勝てると思っているんですかー?」
「あなたこそ自分の立場というものをわきまえなさい琥珀。私に色香なるものは通用しないんですからね」
どうやら秋葉は琥珀さんが俺に勝ったのは実力じゃなくて色気だけのものだと思っているらしい。
まあそれは半分くらい正しいんだけれど、琥珀さんは卓球の実力のほうも凄かったのだ。
縦回転横回転、かと思えばストレートと様々な球種を混ぜていたりして。
「秋葉、やめておけって……」
俺はそれを身をもって知っていたのでそう警告した。
「いえ。いずれ戦わねばならない運命なんです。早く決着をつけたほうがいいでしょう」
こうなったら秋葉はテコでも動かなそうだ。
「わかったよ。もう好きにしてくれ」
俺は諦めてそう言った。
「さあ、やりましょうか琥珀」
「あはっ。後悔しますよ〜」
相変わらずにこにこと笑っている琥珀さん。
「……」
そして翡翠はなんだかすごく複雑な表情をしていた。
「志貴さまと……勝負」
「む……」
そう、秋葉たちの対戦の後は俺と翡翠が戦わなければならないのである。
「まあ、そうだよな。総当りなんだから」
「は、はい。そう……ですね」
さっきの試合を見る限り、翡翠はかなりの実力を持っている。
普通なら俺が勝つなんていうのはまず無理なことだろう。
けれど、翡翠は俺のことを考慮して手加減してしまうんじゃないだろうか。
「うーん……」
それは嬉しいような嬉しくないような。
せっかくなんだから翡翠と真面目に試合をしてみたいとも思う。
「さあ、秋葉さま。はじめましょうか」
こっちは俺たちのことなんかてんでお構いなしのようであった。
「ふっ。日頃の恨みを晴らしてあげるわよ」
なかなか物騒なことを言う秋葉。
「何をおっしゃるんですか。わたしのような忠臣なんて他にいませんよー?」
琥珀さんの対応は実に手馴れたものであった。
「なら潔く負けなさい」
「それは駄目です。勝負ですから」
「……上等よ」
そしてやたらと燃えている二人。
温泉卓球には不思議な魔力でもあるんだろうか。
「覚悟なさいっ!」
「秋葉さま、時代は下克上ですよ〜」
そんなわけで勝負スタート。
まずは琥珀さんのサーブだ。
「ていっ」
俺に打ったときのように回転のかかったサーブ。
「無駄よっ!」
秋葉はいともたやすくそれを返した。
「や、やりますね、秋葉さま」
「当たり前よ。そんな球、返して当然だわ」
なんだか秋葉が急に上手くなったように見える。
これは琥珀さんというライバルの効果なんだろうか。
ライバル相手だと人は普段以上に実力を発揮することがある。
「え、えいっ」
「そんな貧弱なサーブでっ!」
上手く琥珀さんのサーブを端っこに返す秋葉。
「あっ……」
琥珀さんは追いつくことが出来ずに失点。
「その程度なの?」
「まだまだこれからですよ〜」
秋葉はかなり好調子のようである。
「秋葉さまはパワーでねじ伏せるタイプですから、姉さんの些細なテクニックを強引に押し切ってしまう事もあるんです」
「へえ……」
「ただ、姉さんもこのままでは終わらないとは思いますけど」
「だなぁ」
なんといっても琥珀さんなのである。
「ではこんなのはどうでしょうか〜?」
琥珀さんは高めに球をあげ、ラケットに球をこすりつけるように打った。
すると球が不思議な回転をする。
「おおっ……?」
あれはいかにも打ち返すのが難しそうだ。
「無駄よっ! そんな小細工っ!」
だが秋葉はその球を思いっきりスマッシュで打ち返した。
ぱちーんっ!
勢い良く台に跳ねかえる球。
当然琥珀さんはそれを返せない。
「なるほど……」
構図としては力の秋葉、技の琥珀なわけだ。
「ただ、秋葉さまもきちんと姉さんの球に対応した打ち返し方をしておられます。ただその打ち方がパワー重視なのでただ振り回しているように見えてしまうかもしれないですが」
「うーん」
卓球もなかなか奥が深いもののようだ。
「っていうか翡翠はなんでそんな詳しいの?」
「卓球は日本のメイドのたしなみです」
「マジか……」
世の中よくわからないことだらけである。
「ちなみに秋葉さまは単純に姉さんに負けたくない、という理由で卓球を練習なさったようですね。以前よりも上手くなっておられますから」
「そうなんだ」
「はい」
ということはその上手くなった秋葉よりも翡翠は上手いわけである。
「……うーん」
あれ、もしかしてこれは俺が最下位決定コースなんだろうか。
「さあ、後半分よ、琥珀」
そんな間にも試合は進行していき、点数は6−2となっていた。
6点のほうが秋葉である。
「これは困りましたねー」
そんなことを笑顔で言う琥珀さん。
どうにもそこには裏があるとしか思えなかった。
「……」
そしてちらりと俺のほうを見る。
「な、なに?」
「いえ、別にー」
だが俺は今の琥珀さんの目を見て悟った。
この試合、このままで終わるはすがないと。
「さーて、どうしましょうか……」
琥珀さんは不敵な笑みを浮かべているのであった。
続く