「な、なに?」
「いえ、別にー」

だが俺は今の琥珀さんの目を見て悟った。
 

この試合、このままで終わるはすがないと。
 

「さーて、どうしましょうか……」
 

琥珀さんは不敵な笑みを浮かべているのであった。
 
 




「間近に温泉があったなら」
その20














「何をしても無駄よ。さっさと打ちなさい」

秋葉は凛とした表情で構えていた。

その姿は実に様になっている。

「んー。ではではこんな球をー」

琥珀さんはそう言って球を高くバウンドさせた。

「……あれは」

さっき翡翠がやって秋葉が苦戦していた球だ。

「ふん。その球はもう克服したわっ!」

だが秋葉はそれを迷うことなくスマッシュで叩きつけた。

「あう〜」

琥珀さんはスマッシュを打ち返すことが出来ずまたも失点。

「秋葉のやつ、絶好調だなぁ」
「元々秋葉さまは実力はあるんです。ただ、精神的な要素で打ち負けることが多くて……」
「追い詰められると弱いってことか」
「はい」
「……なるほど」

なんとなくわかる気がした。

秋葉は元々気が強いほうじゃなかったのに、わざと気丈ぶっているところがある。

そのペースでずっといければ問題はないのだが、その気丈さが崩れた瞬間ダメになってしまうのだ。

後は逆に自信過剰になったりとか。

さっきの翡翠との試合ではそんな感じだった。

要するに秋葉は精神的にムラがありすぎるのである。

そしてその精神攻撃のエキスパートが琥珀さんなわけで。

「このまま終わってくれればいいのですが……」

翡翠は不安げな表情であった。

「ふっふっふ。やりますね秋葉さま。さっきの翡翠ちゃんとの戦いが嘘のようです」

さっそくとばかりに古傷を引っ張り出してくる琥珀さん。

「それはそれ、これはこれよ。負けたのはしょうがないこと。琥珀に勝てば問題はないわ」

秋葉は微塵も動じない。

「うー。なかなか手強いですね」

普段の秋葉ならこのへんで怒り出しているところなのだが、勝負に集中しているせいなのか、いやに冷静であった。

このままの気丈さを保っていられれば勝利は近い。

「さあ。次は私のサーブよ。球を貸しなさい琥珀」
「まずいです。大ピンチってやつですかー? わたし」

口ではそんなことを言っていても琥珀さんはてんで余裕の表情のままである。

「……ずいぶんな余裕ね、琥珀」

秋葉もそこが引っ掛かったようであった。

「いえ、別に大した事ではないんですけれどもね」

意味ありげな顔をする琥珀さん。

「何。言いなさい」
「いいんですか? 後悔しますよ〜?」
「言いなさい」

少し苛立ち始めたような秋葉。

いよいよまずい。

琥珀さんワールド展開開始である。

「秋葉さま、ここの温泉混浴だって知っておられますよね?」

ぴくりと秋葉のこめかみが動く。

「ええ。……だから何よ」
「はい。それでですねー。わたし混浴のところに入っていたんですよー。それでですね。ほら、やっぱり偶然の出会いってあるじゃないですかー? ええ。ほんとに偶然だったんですが。びっくりするようなことがありまして」
「言いたいことがあるなら簡潔に述べなさい」

俺はそのやり取りを聞いていて非常に嫌な予感がしていた。

止めるなら今のうちだろうか。

「あ、秋葉。琥珀さんの言葉なんか気にするな。さっさと試合を進めちゃえよ」

俺はそう提言した。

「兄さん。ここまで聞いておいてお終いでは余計に気分が悪いです」

ああ、もう脱出は不可能のようだ。

「……秋葉さま」

翡翠は俯いていた。

「で、何があったの琥珀?」
「ええ。それがですね」

琥珀さんは満面の笑みを浮かべている。

「わたし、混浴で志貴さんと会っちゃったんですよ〜」
 

こん、こんこん。
 

秋葉の手から球がこぼれ落ちた。

その表情が全てを物語っている。

「姉さん……なんて惨い」

翡翠は姉の悪行に涙せんばかりであった。

「……どういうことなのそれは」

わなわなと肩を震わせている秋葉。

「いえいえ。ですから単に裸の付き合いをした、というだけですよ? まあもちろん男と女ですから何もなかったとは言いませんけれどもー」
「ちょ、ちょっと琥珀さんっ!」
「志貴さんってば激しいんですもん。わたし、びっくりしちゃいましたよ」
「……」

ぎろりと俺を睨みつける秋葉。

「ち、違うっ! 俺は何もしていないっ!」

俺はぶんぶんと首を振った。

「……本当ですか」
「ほ、ほんとだ。神に誓ってやましいことはしてない」

琥珀さんのほうから誘惑はされまくったけれど。

「そ、そんなぁ。あんなに熱いひとときを過ごしたというのにっ」

しくしくと泣く仕草をする琥珀さん。

「ふ、風呂とサウナに入ってただけでしょうっ!」
「えー。お触りオッケーだったじゃないですかー。志貴さんの凄いのも見せてもらいましたしー」
「なっ!」
「あ、あれは事故だろっ!」
「おや。故意ではなかったのですかー?」
「……琥珀っ! 少し黙りなさいっ!」
「はーい」

秋葉の怒声で琥珀さんはぴたりと口を閉じた。

「兄さん。確認しましょう。まず、混浴されたというのは事実なのですか?」
「あ、いや、それはその……」
「事実なんですね」
「まあ……うん。でも、ほんとに偶然で、その」
「そうですか」

くるりと琥珀さんのほうに向き直る秋葉。

「琥珀っ! この泥棒猫がぁっ! 兄さんを何たぶらかそうとしてるのよっ!」

そして髪を真っ赤にしていきり立っていた。

「うわー。そんなー。たぶらかすだなんてそんな大それたことー」

そんな秋葉をおちょくるような態度を取る琥珀さん。

「あ、貴方には完全なる敗北というものを与えてあげますっ!」
「ふっふっふ。それはどうでしょうかね〜」
「覚悟なさいっ! ……せやあっ!」
「わ、わっ」
「このおっ!」

秋葉は今やもうただ怒りに身を任せてラケットを振るうだけである。

それだからもう浴衣がはだけるわはだけるわ。

「あ、秋葉、落ち着いてくれ……」

だが俺の言葉はてんで秋葉の耳には届いてくれない。

「てりゃー」

秋葉の剛速球をひねって返す琥珀さん。

こちらも妙にポーズが艶かしい。

「たあっ!」

秋葉は渾身の力を込めてそれを返すのだが、ネットに引っ掛かってしまった。

「あはっ。残念でした〜」
「お黙りなさいっ!」

秋葉の失点。

さらにサーブミスやレシーブミスなどの自滅で点差はどんどんと縮まっていく。
 
 
 
 
 

そしてついに。

「ふ。巻き返しましたよっ!」
 

得点は10−10のイーブンまで来てしまうのであった。
 

続く



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