秋葉の失点。
さらにサーブミスやレシーブミスなどの自滅で点差はどんどんと縮まっていく。
そしてついに。
「ふ。巻き返しましたよっ!」
得点は10−10のイーブンまで来てしまうのであった。
「間近に温泉があったなら」
その21
「デュースになってしまいましたか……」
得点を見てそんなことを呟く翡翠。
「デュース?」
「決着が付く得点、今回は11点ですが、その手前の10点で並んだ場合デュースとなって、そこから先は2点差をつけたほうが勝者となるんです」
「へえ、そうなのか」
そういえばテニスでも同じようなルールがあった気がする。
「はい。そしてこの状態ではさらに精神面の強さが重要になってきますね」
「精神か……」
そうなるといよいよ秋葉大ピンチである。
「はぁ……はぁ。こんな……ことで終わってたまるものですか……」
秋葉は無駄な力を使ってしまったせいでかなり疲労しているようだった。
「ふふふ、上手く作戦にはまってくれて助かりましたよ」
一方の琥珀さんは余裕の表情である。
「……」
俯く秋葉。
そして。
「仕方ないわね。こうなったら魔球を使わせてもらうわ……」
なんだかやたらと意味深なことを言い出した。
「ま、魔球だってっ?」
「そんな秋葉さま。魔球だなんてマンガじゃないんですから」
俺はやたらと驚いたのだが琥珀さんは意にも介さないようである。
「ふ……そう思うのは勝手だけれどね」
そんな琥珀さんに対しても不敵な笑みを浮かべる秋葉。
「名付けて魔球紅赤朱。見切れるかしら?」
「ま、まきゅうくれないせきしゅ……」
名前からしていかにも強そうであった。
「ほ、本気ですか秋葉さま?」
秋葉があまりにも真剣なので琥珀さんも戸惑い始めたようだ。
「本気よ。覚悟なさい……」
大仰に構える秋葉。
まさに全身全霊を混めた必殺サーブといった感じである。
「う、うー」
戸惑いながら琥珀さんも構える。
「食らいなさいっ! 魔球、紅赤朱っ!」
秋葉は球を空中へと投げ、それに向けて全力でサーブを打った。
かのように見えた。
「わ、わーっ!」
慌ててラケットを振る琥珀さん。
こんっ。
だが。
「……え?」
秋葉のサーブは今ごろになって琥珀さんの台の上をバウンドしていた。
こん、こん……
琥珀さんはそのまま玉を見過ごしてしまう。
「私の得点ね……琥珀」
「そ、そんな。まさかっ」
うろたえる琥珀さん。
「そ、そうか……そういうことなのかっ」
俺は全てを理解した。
「あの、どういうことなのでしょう?」
翡翠が尋ねてくる。
「いいか? 魔球とか必殺技っていったらそりゃもう凄いサーブを想像するだろ? けれど、それを逆手に取った超スローボールが魔球紅赤朱の正体だったんだよ」
「なるほど……姉さんは名前に動揺してつい早くラケットを振ってしまったわけですか」
「だろうな。なんて恐ろしい球なんだ……」
秋葉がそんな恐ろしい魔球を思いつくだなんて。
「や、やりますね。ですが、今の技は一度しか使えないでしょう?」
琥珀さんは戸惑いながらも強気な口調でそう言った。
「ふ。それはどうかしらね」
だがなおも不敵な秋葉。
「……う」
そんな秋葉にたじろぐ琥珀さん。
「秋葉が琥珀さんの十八番を奪ったって感じだな……」
「つまり策略と笑顔ですね」
「ああ」
琥珀さんも人を策にはめるのは得意だけれど、秋葉に策を仕掛けられるとは思っていなかったんじゃないだろうか。
「さあ、いくわよ。琥珀、さっさと打ちなさい」
再び大仰に構える秋葉。
「だ、騙されませんからねっ」
琥珀さんはスローボールに備えるべく、ぴったりと台にくっついていた。
「え、えいっ」
そしてやたらと頼りないサーブを打つ。
「魔球……」
再び構える秋葉。
「紅……赤朱っ!」
だがなんと秋葉が打ったのは超高速サーブである。
「わ、わわわわわわっ!」
琥珀さんは慌てて台から飛びのいて、その球を高く打ち上げた。
「魔球……」
「わ、あ、う、ええとっ」
「紅赤朱っ!」
今度はスローボール。
「え、えいっ」
琥珀さんは右へ左へかなり大慌てである。
「紅赤朱がスローサーブだと思わせておいて高速サーブも織り交ぜる……とんでもない作戦だな」
「そうでしょうか。卓球では基本事項だと思いますけれど」
「う」
翡翠はやたらと現実的だった。
「ですが、精神的ゆさぶりという意味ではかなり効果的ですね。今の秋葉さまの攻めは」
「琥珀さん、計算外の事態には弱いのかなぁ」
「かもしれません」
琥珀さんはだいぶ困った表情をしている。
「て、てりゃっ」
そしてまた秋葉が大仰な構え。
「こ、今度はどっちだっ?」
スピードボールなのかスローボールなのかそれは打たれるまでまったくわからない。
「紅赤朱っ!」
球はまたもスローボール。
「それを待ってましたっ!」
だが琥珀さんは一変し、輝いた顔をしていた。
「魔球紅赤朱返しっ!」
そしてスローボールを思いっきりスマッシュ。
「なっ!」
秋葉はそれに反応できず、琥珀さんの得点となる。
「再びデュースですね……」
「ま、まさかもう紅赤朱が見切られたのか?」
「わかりません。ですが、姉さんならあるいは……」
俺たちも驚いてはいるが、それ以上に驚いているのが秋葉である。
「こ、琥珀、あなた……」
「ふっふっふ。もう魔球紅赤朱は通用しませんよ。何故ならわたしは紅赤朱の欠陥を発見しましたからっ!」
「な、なんだってーっ!」
俺はつい叫んでしまった。
「翡翠。聞いたか? あの紅赤朱に対策があるらしいぞっ?」
「……志貴さま、なんというか、その、やけに楽しそうですね」
翡翠はそんな俺を見て戸惑っているようである。
「あ、いや、悪い。つい」
男としてはどうしてもこう「必殺技」とか「必殺技返し」というシチュエーションに燃えてしまうものなのだ。
「冗談を言わないで。たった数球で紅赤朱が見切れるはすがないわっ!」
ぶんぶんと首を振って叫ぶ秋葉。
「ならばお試しになられます?」
「上等よ……食らいなさいっ! 魔球……」
「おや、スローボールですかね?」
「……っ!」
秋葉は琥珀さんの言葉に動揺したのか、球を打てずに落としてしまった。
「図星……なのか?」
「でしょうね。今の反応を見ると」
「……」
その通り、秋葉は信じられないといった表情をしている。
「な、なんでわかるのよっ。琥珀っ……!」
「それは秘密です」
にこりと笑う琥珀さん。
「……さすがは琥珀さんってところかな」
「実は何にも見切ってないででまかせを言っているんじゃないでしょうか」
「そ、そうよっ! でまかせよっ! そうに決まってるわっ!」
「さあ、どうでしょうー」
秋葉の言葉にもまったく動じない。
「……うーむ」
どうも再び形成逆転のようである。
「い、いくわよっ……てりゃっ!」
秋葉は今度はごく普通のサーブを打っていた。
やはり琥珀さんの「紅赤朱返し」が怖いんだろう。
「えいっ」
さっきの展開とは打って変わって地味なラリー。
「秋葉さま、紅赤朱はやらないんですかー?」
琥珀さんが挑発するようにそんな事を言う。
「そ、そこまで言うんならやってあげるわよっ……」
秋葉は大げさに構えた。
「あ」
そこで俺もわかった事がある。
スローボール紅赤朱の場合は、大仰に構えていても体にはそんなに力は入っていないのだ。
だがスピードボールを打つ場合は別だ。
しっかりと足を踏みしめ、力強くラケットを握り締める。
そして何よりもわかりやすいのが、よく見ると秋葉の髪の毛が一部赤くなっていることで。
「今度はスピードボールですね、あはっ」
「な、なんでっ……!」
秋葉、健闘したものの浴衣着の悪魔に撃沈。
続く