試合内容は思い出したくもないので単純に結果だけ述べようか。
0−11。
完封試合であった。
「間近に温泉があったなら」
その23
「翡翠ちゃん、初心者の志貴さんに大人げないんだ〜」
「姉さんには言われたくありません」
そんなわけで事実上の決勝戦、翡翠対琥珀さんの試合である。
「うーむ」
この勝負の行方はさすがに予想がつかなかった。
琥珀さんお得意の精神攻撃は翡翠に通用するんだろうか。
それともやはり正統派の翡翠が最後には勝つのか。
「兄さん……試合はどうなりました?」
「お」
ここにきて秋葉も復活したようだ。
「俺が翡翠に完敗して、今から琥珀さんと翡翠で戦うんだよ」
「そうなんですか……」
「ああ。秋葉はどっちが勝つと思う?」
「それは……難しいですね。翡翠が本気を出したところを今日初めて見ましたから」
「そうなのか?」
「ええ。翡翠はいつも私達の中では最下位でしたから」
「うーん……」
それはきっと秋葉に気を使ってのことだったんだろう。
だが今日はその秋葉相手に本気を出したんだからよほどの理由があったに違いない。
「……翡翠に何があったんだろう」
「そんな事、私が知るわけないじゃないですか」
「それもそうか」
考えてみてもさっぱりわからない。
「ただ言えるのは、今日の翡翠には何か負けられない理由があるというとこですかね」
「かもな……」
さっきも「わたしの祈願の成就のため」と言ってたし。
翡翠の願いは一体何なんだろう。
「翡翠がまさか優勝賞品目当てとも思えないし……」
「そりゃないって」
なんせ賞品は俺なのだ。
俺をオモチャにして遊ぶ琥珀さんならともかく、翡翠が俺を賞品に貰って嬉しいとは思えない。
多分。
それとも翡翠は俺を賞品として貰いたいのであろうか。
「……わからん」
俺には乙女心なんてものはさっぱり理解出来なかった。
「なんにせよ、本気を出した翡翠と琥珀ならよい勝負になるでしょうね。悔しいけれど」
「だなあ」
とんでもない試合になりそうな予感がする。
「行きますよ……姉さん」
相変わらず本気モードの翡翠。
「翡翠ちゃん怖〜い」
こっちもこっちで相変わらずだった。
「せやっ!」
翡翠のカミソリのような切れ味のあるサーブで試合開始。
「てりゃ〜っ」
そしてそれを同じくキレのあるレシーブで返す琥珀さん。
そこから超スピードのラリーが始まった。
上へ下へ、右へ左へと相手を揺さぶるサーブの応酬。
「二人とも本気ね……」
秋葉がそんなことを呟いた。
「……だな」
俺たちと戦ったときとは明らかにスピードもパワーも違う。
もはや温泉で楽しく卓球をやっていますレベルではない。
どこまでも続くように思われたラリー。
「あっ……」
だが均衡が崩れた。
琥珀さんのアウトになると思われた球が台の角ギリギリで入ってしまったのだ。
つまり翡翠の失点である。
「あはっ。ラッキーだったねー」
「もしや狙いましたか? 姉さん」
「そんなまさか。偶然だよ偶然〜」
不敵な笑みを浮かべる琥珀さん。
「……」
無言でまたサーブを打つ翡翠。
だがまたも帰って来た琥珀さんの球は角に跳ねた。
「姉さん、やはり……」
二度も三度も同じ偶然が起きるわけがない。
「ふっふっふ。これぞ秘奥義『タンスの角に小指をぶつけちゃったぞアタック』っ!」
「なっ……」
実にとんでもないネーミングセンスだった。
だが的を得ているともいえる。
「なんてえげつない攻撃なの……」
顔をしかめる秋葉。
「うーむ」
あの技を俺たちとの戦いで使われたらきっとなすすべもなくやられてしまったんだろう。
「そ、そうだっ。翡翠も必殺技を使えばいいんだよっ。あのサタデー・ナイト・フィーバーとかいうやつを」
略すとしたらS・N・Fといった感じだろう。
とにかくその技に俺は完封されたのだから。
「いえ……S・N・Fは元々姉さんに教えてもらった技なんです。だから通用するとは思えません」
「そ、そうだったのか」
道理で翡翠にしては派手な技名だと思った。
「でもでも翡翠ちゃん。わたしがS・N・Fを教えてからずいぶん経つじゃない。あれから翡翠ちゃんオリジナルの要素も色々加えたりしたんでしょう?」
「それは……そうですけれど」
「ならやってみなくちゃわからないじゃない〜」
「……」
琥珀さんの口調は明らかにS・N・Fを打ってこいと言っている。
つまりそれは返す自信があるぞということだ。
「わかりました……では使います」
だが翡翠はその琥珀さんの口車に乗るようなことを言った。
「や、やるのか翡翠?」
「はい。姉さんの言う通り、わたしはS・N・Fに様々な工夫を加えてきました。それが姉さんに通用するのか……確かめてみたくもあるんです」
「……翡翠」
翡翠の決意は固いようだ。
「行きますよ、姉さん」
「はーい、どうぞ〜」
翡翠は構え、球を空中へと上げる。
「サタデー・ナイト・フィーバーッ!」
そしてついに放たれるS・N・F。
「なっ……?」
だがその球の軌道は今までと全く違った。
完全なスローボールだ。
「わっ……わっ」
意表を突かれた琥珀さんはバランスを崩し前へつんのめってしまう。
その真横を球がバウンドしていった。
「……い、今のは……まさか……」
今みたいな状況をついさっき目にしたような。
俺が翡翠を見ると翡翠は珍しくしてやったりというような顔をしてこう言った。
「魔球……紅赤朱」
そう、今の一連の動作は魔球紅赤朱そのものである。
「ひ、翡翠ちゃん酷いよ〜。秋葉さまの技を使うだなんて」
やや戸惑った感じの琥珀さん。
「秋葉さまの仇を取っただけです」
翡翠は平然としたものであった。
「翡翠……」
翡翠の行動に感動したような秋葉。
「わ、私があんなに苦労して作った紅赤朱をあっさり真似されるなんてっ!」
「……おいおい」
俺は苦笑してしまった。
「秋葉。翡翠は秋葉のために紅赤朱を使ったんだぞ? 仇を取るためにさ」
「わ、私は……仇を取ってくれなんて言っていませんっ」
秋葉はぷいとそっぽを向いてしまう。
「……ははは」
どこまでもまあひねくれたお嬢様である。
「翡翠。琥珀さんは相当こたえてるみたいだぞ。そのままやっちまえ」
「そんなぁ〜。志貴さんは翡翠ちゃんの味方なんですか〜?」
「だ、だって琥珀さんが勝ったら何されるかわかんないし……」
俺がそう言うと琥珀さんはむっとした顔をした。
「ふーんだ。いいですよー。そんな事言うんだったら絶対翡翠ちゃんに勝っちゃうんですからっ」
こっちもこっちでかなりのひねくれもののようであった。
続く