「わ、私は……仇を取ってくれなんて言っていませんっ」

秋葉はぷいとそっぽを向いてしまう。

「……ははは」

どこまでもまあひねくれたお嬢様である。

「翡翠。琥珀さんは相当こたえてるみたいだぞ。そのままやっちまえ」
「そんなぁ〜。志貴さんは翡翠ちゃんの味方なんですか〜?」
「だ、だって琥珀さんが勝ったら何されるかわかんないし……」

俺がそう言うと琥珀さんはむっとした顔をした。

「ふーんだ。いいですよー。そんな事言うんだったら絶対翡翠ちゃんに勝っちゃうんですからっ」
 

こっちもこっちでかなりのひねくれもののようであった。
 
 


「間近に温泉があったなら」
その24










「それにしても姉さん。先ほど紅赤朱は見切ったと言っていましたが……打てませんでしたね」
「う」

翡翠の言葉にたじろぐ琥珀さん。

「秋葉さまの紅赤朱は打ててもわたしの紅赤朱は打てませんか?」
「む……何が違うっていうのかしら」

首を傾げる秋葉。

確かに球自体のほうはさほど変わりがないものである。

ただ、秋葉の場合打つときに髪が一部赤くなるからバレバレなのだ。

しかし翡翠にはそれがない。

それで琥珀さんは打てなくなってしまったんだろう。

「で、でももしかしたら打てるかもしれないんだからっ」

なのに強気な発言をする琥珀さん。

「ええ。ですからそのためのS・N・Fです」

翡翠が珍しく不敵な顔をしていた。

「ねえ兄さん。そのサタデーなんとかって技……どんな球なんですか?」

それを見て秋葉が尋ねてくる。

「ん?」
「兄さんは実際にその球を受けたわけでしょう?」
「そうなんだが実は」
「ええ、実は?」
「……さっぱりわからん」
「あのですねえ……」
「だ、だってしょうがないだろ?」

だいたいにおいてマンガとかにおける必殺技っていうのは「なんだかよくわからないけれどとにかくすごい」ものなのである。

翡翠のそれも同じだ。

なんだかよくわからないけれどとにかく凄い球だと。

「もういいです。ほら、試合は進んでいますよ」
「お、おう」

慌てて試合へと視線を戻した。

5−4。

なかなかの接戦である。

「ずるいよ翡翠ちゃ〜ん。ふたつも必殺技を使うなんてー」
「知りません」

翡翠はS・N・Fと紅赤朱の揺さぶりで琥珀さんを攻めているようであった。

「だったらこっちだって他の必殺技を使っちゃうんだから」
「む」

琥珀さんもそれに対抗する技を何か出すつもりらしい。

俺は固唾を飲んでどんな技がでるのかを見守った。

「いっくよ〜」

そう言いながら何故か胸元へ手を持っていく琥珀さん。

「お、おおお?」

これはきわどい。

先端まで見えてしまいそうである。

「何を見てるんですか兄さんっ!」
「あ、いや、その」

秋葉に怒られてたじろいでいると、すぱーんといういい音がした。

「なっ……?」

翡翠のほうの台の上を球がバウンドしている。

つまり翡翠が球を打てなかったわけだ。

「ふっふっふ。これぞ奥義見えそうで見えない魔球っ!」

要するに俺がなすすべもなくやられたお色気攻撃のようであった。

けど、俺ならともかくなんで翡翠にそれが通じたんだろう。

まさか翡翠にはそっちの気が。

「なあ秋葉。今のどうなったかわかるか?」
「ええ。実に下らない技です」

秋葉はむっとしていた。

「ど、どういうことなんだ?」
「つまりですね。マジックと同じ要領なんです。ある一点に注意を集中させて、その間に別のところで何かをするという」
「……琥珀さんは胸元に注意を集中させている間に球を打ったと?」
「ええ。全く下らないったらありませんっ!」
「でも男の俺ならともかく、翡翠に効果があるとは思えないけどなあ」

ある意味秋葉にも効果がありそうだけど。

「何を言っているんですか兄さん。翡翠だからこそ余計に効果があるんですよ」
「え」

やはり翡翠にはそっちの気が。

「例えばですね。乾先輩が全裸で街を歩いていたらどう思います?」
「……そんなの想像したくもないけど。それと翡翠がなんの関係があるんだ?」
「いいから答えてください。どう思います?」
「そりゃ……なんつーか……恥ずかしいよなあ、やっぱ」

別に俺自身は何をしているわけでもないのに恥ずかしくなってしまうだろう。

「つまりそういうことなんですよ」
「あ」

なるほど、だいたいの意味がわかった。

つまり翡翠は実の姉である琥珀さんがそんな胸元をはだけさせるような事をするのが恥ずかしいわけだ。

そしてそれを意識するまいと思いながらも余計に注意が向いてしまう。

そこを突かれたと。

「これで行方はまたわからなくなりましたね……」

翡翠が必殺技を放てば琥珀さんも必殺技で返し。

得点は9−7となった。

やや琥珀さんのリードである。

「姉さん……その技を使うのは止めていただけませんか」

翡翠は顔を真っ赤にして琥珀さんに頼んだ。

「だって翡翠ちゃんだって紅赤朱を使わないでって言ったのに使ったじゃない。おあいこだよ」
「……」

それを聞いて俯く翡翠。

「翡翠……」

なんだか翡翠不利な展開のようだ。

「わかりました。ならばわたしも手段は問いません。目には目をです」
「え?」
「行きます……」

そう言って翡翠は何故か胸元に手を当てて。

「ま、まさか」

ぐいっとそれを引っ張った。

「うおおっ?」

必然的にそこへ注目してしまう。
 

こんっ、こんこん……。
 

そして琥珀さんの台の上を球がバウンドしていた。
 

「見えそうで見えない魔球返し……です」

それはおそらく諸刃の刃であった。

琥珀さんならともかく恥ずかしがりで潔癖症の翡翠がそんな行動をするだなんて。

「ああっ! 翡翠ちゃんがそんな艶かしいポーズを取るだなんてっ!」

琥珀さんはショックというかむしろ喜んでいた。

だが効果はあったようである。

こんっ。

「ああんっ」

こんっ。

「きゃーっ! そんなところまで見せちゃうのっ?」

こんっ。

「す、すごいっ!」

琥珀さんの動作は明らかにキレがなくなっている。

だが翡翠のほうも同様で、なんだか頼りないラリーが続くばかりであった。

「ああん、もうだめーっ!」

悶絶した琥珀さんの横を球が通りすぎて失点。

「いいぞ翡翠っ! その技は琥珀さんに効いてるっ!」
「兄さん、そんなにやけた顔をしないで下さいっ!」
「だ、だってしょうがないだろ……」

これは男のサガというやつである。

しかも普段そんなことをしない翡翠ともなるとなおさら燃える、いや萌える。

「う、うふーん」

慣れない色っぽいセリフを言ったりでかなり健気だ。

そんなこんなで翡翠が巻き返してきた。
 
 
 
 
 
 

「……あと一点」

琥珀さんを逆転し、9−10。

「くっ……これはピンチですよーっ。翡翠ちゃんにときめいてる場合じゃありませんねっ」

しかし琥珀さんは毎度のことだがずいぶんと余裕があるように見えた。

その余裕は一体どこから来るんだろう。

「さあ、翡翠ちゃん、カモーンっ」
「……行きますっ!」

構える翡翠。

「最後はこの球で……」

高く球を上げる。

そして放たれた球は。
 

「サタデー・ナイト・フィーバーッ!」
 

続く



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