「お待ちしてましたよー」
 

その女性は、いかにも『やりました』って表情をしている。

「……来ると思ってたんだ」

俺はそう尋ねてみた。

「はい、当然です」
 

琥珀さんはにこやかに返事を返してくれるのであった。
 
 




「間近に温泉があったなら」
その6










「とりあえずこちらへどうぞ〜」
「あ、うん」

琥珀さんはイチゴさんと違ってタオル着用なのでとりあえずは安心である。

「でも俺はここに来るつもりなんかなかったんだよ。有彦のヤツに連れて来られただけで」

とりあえずそんな言い訳をしてみた。

「いえ。混浴とかそういうのを抜きでも志貴さんはここへ来たと思いますよ?」

するとそんなことを言う琥珀さん。

「なんで?」
「だって、純粋な温泉はここしかありませんから。『温泉』という言葉を聞いたら入りたくなるでしょう?」
「……う」

確かに温泉という言葉には惹かれてしまうものだ。

一度でもどこかの温泉に入ったことがある人間なら、温泉とただのお湯ではやはり温泉を求めてしまうだろう。

「そんな細かいことはどうだっていいだろアンタ。風呂ってのはなんも考えずに入るもんなんだからさ」

イチゴさんが笑いながらそんなことを言った。

今はもう肩まで浸かっているので体のラインはほとんど見えない。

有彦のほうは……やや離れたところに浮いてたけど多分生きてるだろう、うん。

「あは。まあそれもそうですかね」

イチゴさんの言葉を笑って返す琥珀さん。

「……っていうか二人は知り合いなんですか」
「はい。何度かここで会ううちに意気投合いたしまして」
「なるほど」

二人とも謎多き女性ということでいともたやすく打ち解けてしまったんだろう。

「ここの湯は疲れが取れるしね、ほんとに」
「どうもありがとうございますー。そう言って頂けると幸いです」

イチゴさんの言う通りここの温泉は本当に疲れが取れる気がする。

お湯にややヌルッとした感触があるのだが、それがまたいい。

「はぁ〜」

再び溜息をつく。

「志貴さん妙に余裕ですね。もっと慌てふためくかと思っていたんですが」

琥珀さんが少し意外そうな顔をしていた。

「うん。それもこの温泉のおかげかな」

ここのお湯は茶色い感じで、人の体なんてほとんど見えないのである。

さっきのイチゴさんのように立ってでもいない限りはそこまで気にする必要はない。

「そうですか」

琥珀さんはやや残念そうな顔をしていた。

ふっふっふ。いつも俺だってそうやられてばかりじゃないぜ。

「では志貴さん。温泉とはどのようなものを指すか知っていますか?」
「え? えーと」

はて、一体なんだろう。

「じ、地面からお湯が湧き出しているものが温泉なんじゃないの?」
「ええ。その通りですが、その地方の年平均気温より高い温度の涌き水のことを言います」
「へえ、そうなんだ」
「はい。さらに日本では湯温が摂氏二五度以上か、または規定された物質を溶存するものと定められていますね」
「ふーん……」
「ただし、二十度とかでも規定された物質のほうが入っていれば温泉と認識されるんです。面白いですよね」
「そうなんだ。知らなかったよ」

さすがは琥珀さんというかなんというか。

「んじゃ銭湯ってのはなんなんだい?」

イチゴさんが尋ねる。

「銭湯はただの沸かし湯なわけですね。温泉を使っていれば温泉と唄っていると思いますので」
「なるほどなぁ」

こくこくと頷くイチゴさん。

「色々あるんだなぁ」
「はい。まあ温泉の上手い入り方については一子さんのほうが詳しいんですけれどね」
「そうなの?」
「別にあたしゃ詳しいわけじゃないよ。単に自分がそうすりゃ楽だってだけでさ」

ひらひらと手を振り否定の態度。

「そんなことありませんって。せっかくですから志貴さんに教えてあげてくださいな」
「有間にねえ」

じっと俺を見つめるイチゴさん。

「……えーと」

さすがにそうやって見つめられると戸惑ってしまう。

「まあ面白そうだ。やってやろう」
「はい。お願いいたしますねー」
「よ、よろしくお願いします」
「じゃあ……えーと、砂時計どこ行ったかな」

きょろきょろと辺りを見渡すイチゴさん。

「そこにありますよー」

琥珀さんがイチゴさんのすぐ後ろを指差した。

「おっとそうだった。ん。もう終わるな」

イチゴさんの言う通り砂は今にも尽きるといった感じだった。

「温泉に限らず風呂ってもんは3分入って、5分休むってのがいいんだ。血行の収縮がなんとかでね」
「そうなんですか」
「ああ。ついでに全身浴よりは半身浴のほうが効果がある。ま、あたしは面倒だから適当にやってるけどさ」
「半身浴?」
「言葉通りだよ」

なんだか嫌な予感がする。

「……お。時間だな」

砂時計の砂が尽きた。

「時間ですかー」
「ああ」

言葉と共にイチゴさんと琥珀さんはざばっとしぶきを立てて立ちあがった。

「ちょ、ちょちょちょちょちょちょ……」

イチゴさんなんか俺のま隣にいたのにいきなり立ちあがるもんだから、なんていうかその、俺の目の前に下半身が丁度あるような感じで。

「……」

俺は自分の下半身を抑え、目線を逸らせるしかなかった。

「志貴さんも立ちあがってくださいな。長湯はよくないですよー」
「え、いや、その」

今立ちあがると非常にまずい状態なんですが。

「お、俺は来たばっかりだし、まだもうちょっと浸かってないと」
「だから半身浴のほうが言いって言っただろ? ほらよ」

下半身を抑えていない右手をイチゴさんに引っ張られてしまう。

「いや、だから……」

そうやって手を掴まれたりするといやがおうにもイチゴさんが目線に入ってしまうわけで。

下から見上げるとさらに強調されるような胸のライン。

「……」

ますます立ちあがれなくなってしまった。

「あのなぁ有間」

あきれたような声を出すイチゴさん。

「志貴さん、そういう態度はよくないですよー」

琥珀さんも憤慨しているようだった。

「で、でも」
「いいですか志貴さん。混浴というのは誰だって恥ずかしいものなんです」
「……」
「イチゴさんだってきっと内心では恥ずかしいんです。ですがそれを顔に出さないだけであってですね」

俺は一度だってイチゴさんが恥ずかしがってるところなんて見たことがない気がするけど。

それも表情に出していなかっただけなのだろうか。

「志貴さんがそんな態度を取られては、せっかく意識しないようにとしていたことが台無しになってしまうじゃないですか」
「……そ、そうなのか」

そう言われてしまうとなんだか凄く悪いことをしているような気がしてきた。

「わかったよ、うん」

そろそろと体を上げていく。

下半身まで上がらないようにすれば大丈夫だろう。

上手く岩肌の段差を見つけ、そこに腰掛けた。

これなら下半身は完全に隠れた状態だ。

「そうだな。今の有間の状態が半身浴ってやつだ。その状態でいるのが一番いいんだとさ」
「そ、そうなんですか」

意識しないようにと言われはしたがやはりどうにも難しい。

俺はほとんど俯いた状態だった。

「志貴さん。人類の半分は女性なんです。女性の体なんてそこいらじゅうに溢れているんですよ。ごくありふれたものなんです」
「う、うーん」

そうだ。琥珀さんならタオルをつけていたはずだ。

まずは琥珀さんから見てみよう。

「……」

真っ白いバスタオルがお湯に濡れてぴっちりと肌に纏わりついて。

胸の隆起とかの形がはっきりと見える。

さらにお湯でしっかりと温まった薄桃色の肌。

肌をしたたる雫。

「……いや、無理だって」
 

こんなものを見ながらまともでいられる男なんているわけがない。
 

「ではわたしたちも座りましょうかね?」
「ああ。そうだな」
 

だっていうのに二人はなんのためらいもなく俺に近づいてくるのであった。
 

続く



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