なんて翡翠の提案に「じゃあ秋葉の髪でも見るか」と言ったら。
「死にたいんですね」
秋葉がとっても怖い顔をしていたので。
「そ、そうだな、うん。紅葉狩りっ。いいかもしれないなっ。行こう、うん」
素直にみんなで紅葉狩りに行こうと提案した。
「でも、紅葉狩りって具体的になにをするんだ?」
しかし同時にみんなに尋ねてみる。
「……」
「……」
「……」
誰もわからないらしい。
「やっぱり秋葉の髪を眺めてても大差ないんじゃ」
めき。
「ギブギブ! 秋葉、死ぬ、いやマジで死ぬって!」
いきなり檻髪を使うのは反則だと思う。
「まあまあ、とにかく山に行って見ましょう。山はいいものです。何か面白いことがあるかもしれませんよ?」
「……そうかなあ」
「はい。お弁当を持ってれっつごーです」
「何もないような気がするけど……」
「さっちんと紅葉狩り」
「……」
ああ、志貴くんたち楽しそうだなぁ。
わたしは家の窓からじっとそんなやり取りを見つめていた。
あ、どうも。わたし弓塚さつき。幽霊やってます。
吸血鬼になったあげく好きな人に殺されちゃったとっても不幸な女の子。
そんな不幸な死に方じゃ当然成仏できるわけもなく、こうして志貴くんを見守っているわけなんだけど。
ううん。……ストーカーとかじゃないよ?
ほら、守護霊っていうかなんていうかそんな感じ。
「紅葉狩りかぁ」
そういえば生きているときに志貴くんを誘おうかなって考えた事もあったっけ。
手作りのお弁当持って一緒にピクニック気分。
けど勇気が出なくて結局やらずじまいだった。
「よーし、わたしも憑いてっちゃおうっと」
誤字じゃないよ? だってわたし幽霊だし。
「秋葉さま。山までリムジンでは雰囲気出ませんよ。やはり電車を使わないと」
「嫌です。電車というものは人が密集していてお尻を触られたり胸を触られたりするんでしょう?」
「どんな偏見だよ。それに大丈夫だ秋葉。俺が守ってやる」
「兄さん……」
うう、志貴くんってば、やたらカッコイイセリフ言ってる。
わたしもそんな風に守って欲しかったなぁ。
「まあ秋葉じゃ痴漢に遭う心配もないだろうしな」
「兄さん、何か言いました?」
「いや、なんでもないよ。じゃあ駅まで歩こうか。翡翠、俺が荷物持つよ」
「いえ、これくらいはわたしが持ちます」
「そうか? 遠慮しなくていいぞ」
それにしても志貴くんの周りって美人が多い。
妹の秋葉さんもだけど、メイドさんの翡翠さんや琥珀さんも相当の美人だ。
「やっほー。志貴、妹とメイド連れてどこ行くの」
「帰りなさい、あーぱー吸血鬼」
「あーぱーって……シエル以外にそんな言葉使う人初めて見たわわたし」
いきなり出てきた金髪の美女。
この人は吸血鬼のお姫様らしい。
詳しい事情はよくわからないんだけれど、志貴くんはこの人にも好かれているようだ。
「紅葉狩りに行くんだ。具体的に何するかは行ってから考える」
「ふーん。面白いの?」
「それは行って見ないとなんとも言えないな」
「わたしも行っていい?」
「駄目です! 帰りなさいっ!」
そして秋葉さんはアルクェイドさんの事が嫌いみたい。
うん、アルクェイドさんは胸とかおっきいから秋葉さんの気持ちはよくわかる。
「いいじゃないですか秋葉さま。人数は多いほうが楽しいですよ」
「琥珀。あなたこの女の肩を持つつもり?」
「そういうつもりではないですが。まあ色々と考えてはいます」
ちなみにメイドさんの一人の琥珀さんはぱっと見笑顔の似合うお姉さんだけど、その実とっても黒い人だ。
わたしは幽霊という特性を生かして色々と琥珀さんの悪事を覗いてたりするのだ。
志貴くん全裸で疾走事件は一生忘れない記憶となることだろう。
まあもう死んじゃってるんだけどわたし。
「おや。アルクェイドに秋葉さん。珍しいですね」
「うわっ! これ以上話をややこしくしないでくださいっ!」
「……いきなりそれは酷くありませんか秋葉さん?」
また新しい人が出てきちゃった。
この人はシエル先輩。
わたしの通っていた学校の先輩だ。
頼りになる普通の先輩だと思っていたんだけれど、実は全然違うのだ。
「何よシエル。帰りなさいよ」
「ずいぶんですねアルクェイド。ここで一戦繰り広げるつもりですか?」
なんとシエル先輩は埋葬機関とかいうところで働いている吸血鬼退治の専門家なのである。
吸血鬼になっちゃったときは追いかけられて本当に怖かった。
あの人霊感強いから見つからないようにしないと。
わたしはそっと電信柱の後ろに隠れた。
「まあまあまあまあ。いいじゃないか賑やかで」
「ですが兄さん」
「志貴〜」
「……遠野君」
「紅葉狩りを提案したのは翡翠なんだ。みんなでぎゃーぎゃー言う前に翡翠の意見を聞くのが筋ってもんだろう」
「……」
さすがは志貴くん。あの個性豊かな人たちをあっさりとまとめてしまった。
「わたしはみんなで行ったほうが楽しいと思います。お弁当も姉さんがたくさん用意して下さいましたし」
メイドさんのもう一人翡翠さんは唯一といっていい常識人。
ただし味覚はとんでもないらしい。
「だ、そうだ。みんな異存ないな」
「はーい」
「……わかりましたよ。まったくもう」
「なんだかよくわからないけどわたしも一緒に行っていいんですかね?」
「じゃあ早速行こうよっ」
そう言ってアルクェイドさんが走り出した。
「こら、どこに行くんだアルクェイドッ? 俺たちは駅に行くんだぞっ」
「ええ? 駅って遠出するの?」
「カレーはおやつに入りますか?」
「入りませんっ! お弁当にも入ってませんっ!」
「そ、そんなっ。こ、琥珀さん。今からわたしカレーを用意しにいってもいいですか?」
「駄目です」
「あ、あはは……」
まあ、うまく話がまとまるほうが珍しいんだよね。
だいたいこの人たちが集まるとごたごたが起こる。
こんな個性的な人たちが一杯居たら、志貴くん、わたしの存在なんか憶えてないんじゃないかなあ。
「とにかくさっさと駅に行くっ。電車に乗るっ。快速乗り換えっ。いいなっ!」
「はーい」
「はいはい」
「……うう、カレーが……せめてカレーパン……」
「シエルさま、電車の時間が迫っているのでそれも不可能です」
「はぁ……」
もめる人たちから目線を逸らしてため息をついている志貴君。
「弓塚みたいな普通の可愛い子はいないのかなぁ」
その呟きをわたしは聞き逃さなかった。
ししししし、志貴くんがわたしの事を覚えてくれてるっ。
しかも可愛いだなんてっ。
うああ、どうしよう。幽霊なのにすごい顔が熱い。
もう気分は死んでもいいって感じ。
いや、まあ死んでるわけなんだけど。
「うう……」
好きな人が目の前に居るのに死んでいるなんて実にもどかしい。
もしわたしが蘇る手段があったらわたしはもう悪魔にだって魂を売るだろう。
「あ、さっちんだ」
「え?」
顔を上げるとわたしの隠れている電信柱のほうをアルクェイドさんが指差している。
も、もしかしてアルクェイドさんにはわたしの姿が見えてるのっ?
「さっちんって誰だよアルクェイド」
志貴くんはさっちんというのが誰だかわかっていないみたいだった。
「さっちんはさっちんでしょ」
いえ、わたし弓塚さつきっていうちゃんとした名前があるんですけど。
「む……ああっ! ほんとだっ! なんであんなところにっ!」
うわあ、シエル先輩にも気づかれちゃった。
「アルクェイドさん、シエルさん。何を訳の分からないことを言っているのです? 誰もいないじゃないですか」
「秋葉さんには見えなくても確かにいるんです」
「嘘臭いですね」
「む。わたしを疑うつもり? ナイチチのくせに。だったら見えるようにしてあげるわよ?」
アルクェイドさんの周囲をなにやら怪しい光が包みはじめていた。
「胸の事は関係ないでしょうっ!」
「ちょ、秋葉さまっ。こんな街中で檻髪は駄目ですって!」
こ、ここは大人しく撤退するのみっ!
「な、何をするつもりですかアルクェイドッ! やめなさいっ!」
「ちょ……ばかシエルっ。途中で邪魔したら……!」
「死になさいアルクェイドっ!」
うわあん、なんか後ろから色々混ざったのが迫ってくるようっ。
ちゅどーん!
わたしはその光の起こした爆発に巻き込まれてしまった。
ああ、わたしってば死んでもやっぱり不幸なんだ。
もう死んでるのにさらに死んだらどうなっちゃうんだろう?
「さようなら志貴くん、どうか元気で……」
わたしはそう呟いて目を閉じた。
「……弓塚?」
「え?」
声が聞こえた。
わたしを呼ぶ、確かな声。
「どうして……弓塚が」
「し、志貴……くん?」
志貴君にわたしの姿が見えているの?
わからない。どうして志貴くんにわたしの事がわかるのかはわからない。
でも。
「――志貴くんっ!」
わたしはとにかくもう嬉しくて、志貴くんに抱きつかずにはいられなかった。
続く