志貴くんにわたしの姿が見えているの?
わからない。どうして志貴くんにわたしの事がわかるのかはわからない。
でも。
「――志貴くんっ!」
わたしは嬉しくて、志貴君に抱きつかずにはいられなかった。
「さっちんと紅葉狩り」
その2
「……弓塚」
今、わたしは確かに遠野くんに抱きついている。
理由なんてどうでもよかった。
とにかく嬉しい。
「……弓塚」
志貴くんがわたしの名前を呼んでくれて。
「なに?」
わたしがそれに答える。
「取りあえず……首筋に歯を立てようとするのは勘弁な」
「そ、そんなことしないよっ!」
雰囲気ぶち壊しだった。
うう、それもこれも全部わたしが吸血鬼なんかになっちゃったせい。
志貴くんにすら信じてもらえないだなんてっ。
まあ、志貴くんの血を吸おうとしたから殺されちゃったわけだし、しょうがないんだけど。
「まあ、それは冗談としても……後ろの連中が怖いからさ」
「あ、ご、ごめん」
志貴くんに肩を押されて離れる。
「ゆゆゆゆゆゆ……弓塚さんが……遠野君に触れて遠野君が弓塚さんに触ったっ?」
シエル先輩がやたらと驚いた顔をしている。
そりゃそうだよね。わたし幽霊なのに、志貴くんに姿が見えて、おまけに触れるようになっちゃったんだから。
まるで生き返ったみたい。
「あら、ほんと、びっくり」
シエル先輩と対照的に能天気な顔をしているアルクェイドさん。
「アルクェイドっ! あなた一体何しやがりましたかっ!」
「……わたしはただ、みんなにさっちんが見えるようにしようとしただけよ。第七聖典みたいに。シエルが邪魔したから変な事になったんでしょ?」
「そ、そんなっ? わた、わたしのせいでっ?」
どうやらわたしが急に生き返った(と仮に思いこんでみる)はさっきの爆発のせいらしい。
「妹の檻髪も変な具合に混ざっちゃったしね。もっぺんやれって言われても多分二度と出来ないわよ」
「なっ……あなたが変な事を言うからでしょうっ? なんなんですっ! このいきなり現れたツインテールはっ!」
「わたしツインテールじゃないんだけど……」
「そういう髪型は世間一般ではそう認知されるんですっ!」
「……うう」
幽霊の時から知ってたけど、秋葉さんって結構怖い。
本当に志貴くんの妹なの? って思うくらい。
「髪型の事はどうでもいいだろ秋葉」
「……それはまあ、そうですけど」
「わ、わたし、弓塚さつきって言います。志貴くんのクラスメート……でした」
わたしは何か言われる前に名乗っておいた。
でした、というのが言っててちょっと悲しい。
「でしたというのは?」
やっぱり聞かれちゃうよね。
「わたし、もう死んでるんで」
「……は?」
秋葉さんがハニワみたいな顔をしていた。
「何をわけのわからないことを。いいですか? 幽霊というのは姿は見えないし触れない。足だって生えていないんです」
「うーん。でも、幽霊だった時も足は生えてたんだよね」
「兄さん。この人頭がおかしいのではないでしょうか」
うわあん。滅茶苦茶言われてるよう。
「弓塚の言ってる事はほんとだよ。弓塚は死んだんだ。間違いない」
「え……」
みるみるうちに秋葉さんの顔が青ざめていく。
「じゃ、じゃあ、今目の前にいるこの人は……」
「……亡霊?」
「いやああっっ!」
秋葉さんは慌てた様子で琥珀さんの後ろに隠れてしまった。
「ちょ、ちょっと秋葉さま」
「琥珀っ! そういう非常識な輩はあなたの相手よっ! なんとかなさいっ!」
「……なんとかなさいと言われましても」
「あ、あの、別にわたし、その、志貴くんを不幸にしようだとか、血を吸いたいなとかそういう事は思ってないから」
慌てて弁明するわたし。
「基本的に幽霊に欲求はありませんからね。よほどの未練がない限りは」
いつの間にやら先輩が冷静さを取り戻していた。
「えー。弓塚さん。いきなりの事であなたも何がどうなってるかわからないでしょうが説明します」
「は、はぁ」
「あなたはアルクェイドの空想具現化と秋葉さんの檻髪、それから偶然的要素が加わって起きた爆発で……まあ簡単に言うと蘇ってしまいました」
「偶然的要素ってシエルの邪魔じゃないの」
「だまらっしゃい!」
「せ、先輩落ち着いて」
こんな状況でも志貴くんは妙に冷静だ。
まあ、わたしが幽霊の間に色々あったもんね。
「はぁはぁ……こほん。とにかく、あなたは蘇ってしました。これは本来絶対あってはならないことです」
「……うん。わかってます。わたしはもう死んだんだから、志貴くんと話したり、近くにいちゃいけないんだってことくらい」
「弓塚……」
「うう、健気なお嬢さんじゃないですか。涙をそそります」
ハンカチで涙を拭っている琥珀さん。
でも内心では「これは面白くなってきましたよ〜」とか思っている気がする。
「おそらくあなたが蘇ってしまったのにはあなたの意思も関係しているんでしょう」
「わ、わたしの?」
「そうね。さっちんって生きてたときは魔力ポテンシャル高かったみたいだし。自我が残ってる幽霊なんて滅多にいないのにね」
先輩の代わりにアルクェイドさんがそんな事を言った。
「そ……そうなんですか?」
わたしとしてはその辺全然実感無いんだけど。
「ええ。そういうことですね。この世に未練を感じている弓塚さんに強力な力が関与した。弓塚さん、あなたは無意識にそれを利用して生前の姿を復活させたんですよ」
「……先輩。よく話がわからないんだけど」
「まあ、弓塚さん自身がそんな魔力を作り出すのは不可能なんで、早い話アルクェイドから貰った魔力が尽きたら弓塚さんは死んじゃいますよと」
「そ、そんなぁっ!」
せっかく蘇ることが出来たっていうのにっ。
まだ志貴くんとちゃんと話もしてないよっ。
「ま、わたしの魔力だから……軽く見積もっても今日一日は消えないかな」
「あ、そ、そうなんですか?」
「まあ……そうでしょうね」
ってことは……少なくとも今日一日はわたしは生きていられるってことっ?
「この場合、どうするべきだと思いますか? アルクェイド」
「んー。そもそもさっちんって未練があって幽霊……っていうか自爆霊になっちゃったわけでしょ?」
「なんとなく字が違う気がしますが……ええ、確かに弓塚さんの霊魂がここに在るのはそのためだと思います」
「だとしたら、まあ再発はあり得ないだろうけど……またこんなことが起きないように、さっちんの未練をなくさせてあげるのがいいんじゃない?」
「えっ……」
「そうしたらさっちんだって成仏できるかもしれないでしょ?」
「……」
まあ多分、幽霊となっちゃったわたしにとって一番幸せなのは成仏するっていう道なんだろう。
でも、今は無理。
未練なんてそれこそ山のようにあるんだから。
「そ、そんなご都合主義の展開認めませんっ! ツインテールさっちんの事なんて放っておけばいいんですっ!」
秋葉さんが叫んだ。
だからツインテールじゃないって言ってるのになぁ。
わたしの名前の扱いがかなり酷いことになってる気がする。
「秋葉さま、それでは弓塚さまがあまりに気の毒です」
「翡翠さん……」
翡翠さんはわたしの味方をしてくれているようだった。
「死んでさえも志貴さまを思う健気な気持ち。それを無下にするなんてとても……」
「う……」
たじろぐ秋葉さん。
「やっぱりここはさっちんの夢を叶えてあげるべきじゃない?」
「……」
夢。
この状況こそ、何かの夢か間違いじゃないんだろうか。
不幸街道まっしぐらだったこのわたしが。
願いを叶えられるかも知れないだなんて。
「弓塚。俺たちで何とか出来る事があったら……手助けするよ」
志貴くんはそう言って笑ってくれた。
「志貴くん……」
「この状況で弓塚さんの願いがわかってないんですかね……遠野君は」
「まあいつものことでしょ、それくらい」
「あ、あはは」
ほんと、志貴くんってこの手の話には鈍いんだから。
「で、何がしたいんだ? 弓塚」
わたしの答えは決まりきっている。
ずっと前に志貴くんを誘おうとしていたこと。
「うん、志貴くんと一緒に紅葉狩りに行きたいな」
続く