言葉にするのは野暮というものだ。
わたしは志貴くんと一緒に輝く景色を、同じ時間を共有出来ている。
それだけで十分だろう。
だって、これが本来の幸せというものだと思うから。
「さっちんと紅葉狩り」
その10
「もう……日が暮れちゃうね」
「ああ、そうだな」
その後わたしたち、つまり志貴君とわたし、琥珀さん翡翠さんはのんびりと紅葉を堪能した。
雨に降られた後の紅葉も綺麗だったけれど、夕焼けの紅と混ざった紅葉も素晴らしいものだ。
でも、わたしがこの光景を見ているという事は。
「もうすぐ……終わっちゃうんだ」
わたしがこの世にいられる時間があと僅かだということを示しているのだ。
「弓塚……」
「あ、ご、ごめんねっ。今のなし。気にしないでよ、うん」
「姉さん、わたしたちはそろそろ帰りましょう」
「ん。そうですねー。お暇しましょうか。志貴さん、今日は泊まりもおっけーですからごゆっくりどうぞ〜」
「こ、琥珀さんっ」
「でわわ〜」
琥珀さんと翡翠さんはぺこりと一礼して去っていった。
「はは、なんだか二人のせいで慌しくなっちゃったな」
「ううん。楽しかったよ」
二人きりとは違った楽しみがあったと思う。
みんなで記念写真を撮ったり、落ち葉を拾いあう競争をしたり。
落ち葉が濡れてたから拾えないのなんのって。
提案した琥珀さんが苦笑いをしてたっけなあ。
記念写真はわたし死んでるから心霊写真になるのかも。
「これからどうする? 弓塚は何がしたい?」
「うーん……」
わたしが志貴くんとしたいことを挙げていったらそれこそキリがなくなってしまうのが正直なところだ。
今日一日でそれが全て満たされるわけがない。
だから。
「志貴君はわたしと何かしたいことある? あったらそれでいいよ」
「俺が?」
「うん」
とか言って、それが何もなかったらどうしよう。
「そうだな……うん。取りあえず街に戻ろう。それから考えるよ」
「あ、う、うん」
曖昧な返事をされてしまった。
志貴くん困ってるのかなあ。
わたしは少し不安を感じながら志貴くんについていった。
「ふー。やっぱり住みなれた街が落ち着くよな」
志貴くんは電車から降りて伸びをしていた。
「……」
わたしといえばもう気が気でなかったり。
電車に乗っている間に空は真っ暗になってしまい、完全に夜となってしまっている。
時間がないとただただあせるばかりだ。
「じゃ、行こうか弓塚」
「えっ? どどどど、どこにっ?」
「デパートだよ」
「あ、ちょっとっ?」
わけもわからないまま志貴くんに連れて行かれる。
「ここだ」
「……ここって」
志貴くんが連れてきたのは有名な洋服店だった。
有名で可愛い服だけれど、あんがい安価なので女子高生に評判のお店だ。
「あんまりよくわからないんだけど、女の子って服とか買うの好きなんだろ? 適当に好きなの探してみてくれよ」
「え、ま、まあ……そりゃ好きだけど……どういうことなの?」
そう尋ねると志貴くんはなんともいえない困った顔をしていた。
「いや、まあその、なんていうか……デートのつもりなんだけど」
「でででででで、でいと?」
「うん」
「だ、だってその、志貴くんのしたいことしていいって言ったでしょ?」
「……いや、だから弓塚とデートしたいな……って思ったからそうしたんだけど。駄目なのかな」
「……」
くらりと眩暈がした。
そんなまさか、志貴くんがデートに誘ってくれるだなんて。
小屋で言っていた志貴くんの言葉は嘘じゃなかったんだ。
わたしの事を気にかけていてくれた。
「ありがとう……志貴くん」
「い、いや、お礼を言われるような事じゃないだろ?」
「そ、そうだね」
「はは」
「ふふふ」
思わず笑ってしまう。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。志貴くんが買ってくれるんでしょ?」
「え? それはその……」
「デートなんだからそれくらいいいじゃない」
「なんか騙されてる気がする……けどいいや。奮発しちゃうぜ。どうせ秋葉の財布だ」
「志貴くんってば」
そんなわけでわたしは志貴くんと一緒に洋服選びを始めた。
「これなんかどうかな?」
「それはちょっと似合わないんじゃないかな。なんか可愛すぎるよ」
「ちょ、それってわたしが可愛くないってこと?」
「そういう意味じゃなくて、そういう露骨な可愛さは弓塚には余計だってこと。自然な良さがいいんだから」
「そ、そんなぁ」
恋人同士っぽい会話。
「じゃあ志貴くんはどんなのがいいの?」
「うーん……このへんとか?」
「えー? それは地味すぎだよ……」
「いや、その俺も似たような服持ってるから……ペアルック……みたいな感じ?」
「買うっ。絶対それにするっ!」
「いいの?」
「もちろんっ!」
この甘ったるさがたまらない。
恥ずかしいけれどとても幸せで。
「じゃ、これだな。サイズは大丈夫かな? 胸がゆるくてウェストきつきつとかないよな?」
「そ、そんな事ないよっ! ……多分」
「ははは、冗談だって」
心が満たされていく感じ。
「ちょっと試着してみるね」
「わかった。着替え終わったら教えてくれよ。覗いたりしないからさ」
「覗いたらひっぱたいちゃうからね」
「怖い怖い」
やっぱりわたし、本当に志貴くんが好きだったんだなあと実感してしまう。
ううん、だったじゃない。
今も大好き。
「ど……どうかな?」
「へえ……うん。やっぱり弓塚にはそういう服が似合うよ」
「地味ってこと?」
「だからそうじゃなくて、自然なよさだってば」
「あはは、ありがと」
志貴くんの不器用なところも鈍感なところも含めて全部。
「じゃあええと……すいません。この服欲しいんですが。弓塚どうする? そのまま着てっちゃうか?」
「うん。そうだね。せっかくだからそうしよっかな」
「お願いできますか? はい。ありがとうございます」
店員さんがOKを出してくれてわたしは志貴くんのプレゼントしてくれた服をまとって店を後にした。
「そしてちょっぴり大人な食事……と」
「う、うん」
志貴くんの言うとおり、わたしたちはやたらと高そうなレストランに入っていた。
「秋葉がお気にの店なんだ。味は保障されてる」
「だ、大丈夫なの? 高いんじゃないの?」
「だから金の事は心配ないって」
「でも……後で秋葉さんに怒られちゃうんじゃ」
「う」
一瞬志貴くんの表情が曇る。
「だ、大丈夫だって。気にするなっ。はは、ははは……」
まあこれもお約束のやり取りってやつで。
そのレストランの食事は本当に美味しかった。
なんだか今日は美味しい物を食べてばっかり。
ちょっと背伸びをしてワインなんかを飲んでみたら、少し酔っ払っちゃった。
「あはは、ふらふらするよ……」
レストランを出てわたしは軽くスキップをした。
ワインのせいでちょっとハイな感じ。
「大丈夫か弓塚。どこかで休もうか?」
「あ、うん。そうしてくれるとありがたいかも……」
「そっか。じゃあ……とりあえず手繋いで」
志貴くんがぎゅっと手を握ってくれる。
何度されてもどきりとしてしまう。
志貴くんの手ってすごくあったかいんだもん。
「……まあ、あれだ、うん。弓塚。楽しかったよな」
「うん。すっごく楽しかったよ。ほんとに幸せ」
もう幸せすぎて文句のつけようがないくらい。
「確認するけど……弓塚は俺のこと好きってことでいいんだよな」
「うん……」
志貴くんの手を強く握る。
「……俺もだ」
その手をさらに握り返してくれる。
「だから……その、いいかな」
「え?」
ふと顔をあげると、目の前には都会には場違いな洋風のお城があった。
これってもしかして……
『休憩〜〜円 宿泊〜〜円』
だよね。やっぱり。
「ああ、なんか駄目だ。シチュエーションが大事とか言っときながら全然駄目だな俺……」
頭を掻き毟っている志貴くん。
「うん。いいよ」
「駄目だよな。やっぱ……ってマジで?」
「だって、お買い物、食事と来たら最後はやっぱり……ね?」
わたしが生きていられるのも多分あと少しだろうし。
最後の最後の思い出はやっぱり。
「そ、そそそ、そうか。じゃあ……その」
無言で頷いた。
「……」
志貴くんは顔を真っ赤にしていた。
わたしもだと思う。
「い、行くぞ」
「……」
そうして二人は、世間一般でいうところの「ラブホテル」に入っていくのであった。
まだ続く