ほんと、志貴くんってこの手の話には鈍いんだから。
「で、何がしたいんだ? 弓塚」
わたしの答えは決まりきっている。
ずっと前に誘おうとしていたこと。
「うん、志貴くんと一緒に紅葉狩りに行きたいな」
「さっちんと紅葉狩り」
その3
「……そんなのでいいのか?」
志貴君は目を丸くしていた。
「うん」
要するにそれは志貴くんと一緒にデートしたい、という意味なんだけど。
「ここまでドニブチンだとかえって清々しいものがありますよね」
「あ、あはは……」
それはわたしが死んでからも全く変わってないみたい。
「ちょうど俺たち紅葉狩りに行くところなんだよ。すごい偶然だな」
「そ、そうだね」
まさか志貴くんをずっとストー……もとい守護霊として見ていたとも言えないし。
「じゃあ、弓塚も一緒に……」
「冗談じゃありませんっ! これ以上そんな幽霊だとか厄介なモノを巻き込まないでくださいっ!」
秋葉さんが叫んだ。
「……う」
「そ、そうだよね。幽霊なんかと一緒にいたくないよね……」
いくら触れるようになって姿が見えるようになってもわたしは幽霊。
そんな得体のしれないのとは関わりたくないんだろう。
「うわ。妹ひっどーい。死んでるさっちんにその仕打ち。鬼か悪魔って感じね」
「本当ですね。人の心が無いんじゃないでしょうか?」
「……なっ……なっ」
「秋葉さま、それではあまりに弓塚さまが気の毒です」
「ただでさえ低い人気がなくなってしまいますよ?」
なんと、秋葉さん以外はわたしの味方をしてくれているようだ。
ああ、なんていい人たちなんだろう。
死ぬ前に出会いたかったなあ。
「わ……わかったわよっ! あーぱー女とカレー女がいる時点でもうまともな展開なんて期待してないんだからっ!」
「誰があーぱ女よ」
「誰がカレー女ですかっ」
「いや、それは間違ってないと思うな」
すかぱんっ!
志貴くんはアルクェイドさんとシエルさんのチョップを同時に食らっていた。
「いてて……」
「え、えーと、わたし、どうしたら」
「着いてくるなら勝手になさいっ。私は知りませんっ」
「だってさ。一緒に行こう、弓塚」
「……」
夢にまで見た志貴くんとのデート。
まあ他のみんなも一緒ではあるけれど。
「この場合ってわたしたちついて行かないほうがいいのかしらね?」
するとアルクェイドさんがそんな事を言った。
「え? なんでだよ。せっかくだから一緒に来いよ」
「……こんな事言ってるようじゃ心配ですよ。わたしたちでサポートしないと」
「シエル、そんな事言って邪魔する気なんじゃない?」
「ち、違いますよ。わたしは純粋に弓塚さんを成仏させようと……」
「い、いいですよ。み、みんなで一緒に行きましょう。ね?」
わたしひとりじゃ志貴くんとまともに会話出来ない気がするし。
何より人と会話する事自体が久しぶりなのだ。
「さっちん……あなたほんとにいい子なのね……わたし泣けてきた」
「アルクェイド、何か変な本でも読みました?」
「ん……忠犬ハチ公」
わたし犬っ? 犬扱いなのっ?
「とにかく急がないと。電車に間に合わなくなる」
「え、あ?」
なんと志貴くんに手を握られてしまった。
「走るぞ弓塚。大丈夫か?」
「う、うんっ」
一気に顔が熱くなるのがわかる。
うわあ、どうしよう、どうしよう。
「なんていうかモロ青春って感じよねー」
「……アルクェイド、あなた他にも何か変な本読みました?」
「琥珀の少女マンガを読んだだけよ」
「……琥珀さんが……」
「な、なんですかシエルさんっ? わたしが少女マンガ読んじゃいけないっていうんですかっ?」
「いえ、翡翠さんだったらまだわかるんですが……」
街の中を駆け抜けるわたしたち。
けど街並みなんて全然見えない。
わたしの視線に映るのは志貴くんだけ。
「とりあえず一番安い切符買ってっ。時間がないっ」
あっという間に駅まで辿り着いてしまった。
「わ、わたしお金持ってないよっ?」
「……そ、そうか。そうだよな」
「しっきさーん?」
「ん?」
ぱしっ。
後ろから飛んできた何かを受け止める志貴くん。
「秋葉さまのお財布ですっ。カードばかりと思いきや中身は万札ばかり。一ヶ月は放浪して暮らせますよっ」
「なっ! あなたいつのまに私の財布をっ!」
「いつの間に……っていうかお財布管理してるのわたしですし」
「ありがとう琥珀さんっ」
志貴くんが素早くお金を入れて二人ぶんの切符を抜き出した。
「行くよ弓塚っ」
「えっ? お、おつりはっ?」
「琥珀さんっ、あと頼むっ」
「ラジャーです志貴さんっ」
「あれ? もしかしてこれってそういう流れなわけ?」
「ま、まさか本気で弓塚さんと二人きりにさせるつもりですかっ?」
「そんなことさせませんっ!」
べちっ。
「すいません秋葉さま。手元が狂いました」
「ひ……すい……あなたまで……」
え? ちょっとちょっとちょっと?
「まもなく3番線快速電車発車いたします……」
「乗り込めっ!」
「ちょっと待って志貴くんっ? みんなついてきてないよっ?」
「え?」
ぱたん。
電車の扉は閉じてしまった。
がたんごとん……がたんごとん。
動き出す電車。
遠ざかっていく駅と、追いかけてきた秋葉さんたちの姿。
「どどど、どうしよう?」
もしかしてこれは、二人でデートさせてあげようという神様の、いや、みんなの意思?
「どうしようったって……うーん。秋葉たちを待つ、とか」
「そ、そうだよね」
やっぱり置いてきちゃったからには待ってあげないと駄目だよね。
わたしにそこまで凄い幸運が訪れるはずないんだ。
「その必要はないわよ」
「え? アルクェイド?」
いつの間にやら、アルクェイドさんがすぐ傍に立っていた。
「わたしが一番素早かったからね。上手く乗り込めたの」
「そ、そうなんですか……」
「それで琥珀から伝言。妹が不慮の事故で意識不明になったので帰ります。シエルはカレー10杯で手を打ってもらうって」
「……え」
「わたしも次の駅で降りて帰るわ。どうぞごゆっくり」
「いい、いいんですかっ?」
「構わないわよ別に。未練残してこの先志貴に付きまとわれるほうが厄介だもの」
「あ、あはは……」
そういえばアルクェイドさんってわたしの姿見えてたみたいだし、もしかしてあの時とかあの時もばれてたのかなぁ。
「じゃね。楽しんで来なさい」
アルクェイドさんはそう言って去っていってしまった。
「……って言ってたけど、どうしよう?」
「ど、どうって……な、なら、せ、せっかくだから二人っきりで……」
いいのかな? わたしこんな幸せでいいのかなっ?
この後にすごい不幸があるとかないよねっ?
ありそうだけどないよねっ? ね?
続く