そういえばアルクェイドさんってわたしの姿見えてたみたいだし、もしかしてあの時とかあの時もばれてたのかなぁ。
「じゃね。楽しんで来なさい」
アルクェイドさんはそう言って去っていってしまった。
「……って言ってたけど、どうしよう?」
「ど、どうって……な、なら、せ、せっかくだから二人っきりで……」
いいのかな? わたしこんな幸せでいいのかなっ?
この後にすごい不幸があるとかないよねっ?
ありそうだけどないよねっ? ね?
「さっちんと紅葉狩り」
その4
「じゃあ……とりあえず座ろうか」
「う、うん」
志貴くんと並んで席に座る。
「……」
「……」
ど、どうしよう。何も話すことがない。
ううん、話したい事はたくさんあるはずなのに何にも出てこない。
ええとええと、ええと……
「し、志貴くんっ」
「弓塚」
「えええ、ななな、なにっ?」
「あ、いや、弓塚からでいいよ」
「そ、そんな。志貴くんからでいいよ」
「……いや、そんな大した話じゃないから弓塚からで」
「そ、そう? え、ええと……」
実はわたしの質問も大したものじゃないんだけど。
「紅葉狩りって、どこに行くの?」
「翡翠の話だと県境の山が綺麗らしい。だからそこに向かってる」
「へえ、そうなんだ」
「俺も見に行ったわけじゃないからよくは知らないんだけどさ。凄いらしいよ」
「へえ……」
きっと綺麗なんだろうなあ。
「あと、翡翠曰く、こういう道中が旅の醍醐味なんだってさ」
「そうなの?」
「ああ。弁当食べたりこういうたわいない話をしたりさ。紅葉狩り自体そんな大した目的があるわけじゃないからね」
「そうだね。うん」
紅葉を見るっていうのは要するに日常のせわしなさから開放されようというのが目的なのだ。
だから、道中のんびりと会話をしたりするのも大切なこと。
ぐきゅるるるる……
「げっ」
志貴くんのほうからお腹の鳴る音がした。
「志貴くん、お腹空いてるの?」
「えーと、その……お弁当をたくさん食べるために朝飯を抜いてきたんだ」
そう言って苦笑い。
「でも、お弁当って確か琥珀さんが持ってたんだよね」
「そうなんだよなぁ。まあ、財布は貰ったからなんとかなるんだけど」
秋葉さんの財布を取り出す志貴君。
「次の駅で乗り換えるから、そこで何か買ってもいいかな」
「あ、うん。いいよ。そうして」
さっきも言ったけれど急ぐ旅じゃないのだ。
わたしだって今日一日は生きていられるわけだし。
「そっか。サンキュ」
「ううん、気にしないで」
もちろんあせる気持ちがないって言ったら嘘になる。
けれど、志貴くんと一緒にいられるだけでわたしの願いは半分達成できていると言ってもいいのだ。
だから、出来る限り自然な形で志貴くんと一緒にいたい。
「……ところで志貴くんの話はなんだったの?」
「え? あ、ああ、そうだな……」
がたんごとん……がたん。
「……っと。弓塚。降りるぞ」
「あ、え、うん」
電車が駅に着いちゃったみたい。
志貴くんの話、何だったんろう。
「悪いな、こんなところで」
「ううん。なんか学食みたいな雰囲気だし、いいよ」
次の乗り換え電車が来るまでまだ時間があったので駅構内のおそばやさんで食事をすることにした。
わたしは死んでるから食欲なんてないんだけど、久々なので天ぷらそばなんかを頼んでみたり。
志貴くんは同じく天ぷらそばと焼き鳥丼。
アルクェイドさんはもう引き返してしまったのか、出会うことはなかった。
「結構美味いな」
「うん、そうだね」
多分旅行と言う雰囲気が美味しく感じさせるんだろうけれど。
何にしたって雰囲気というのは大切なものだ。
特に志貴くんと一緒というのはわたしにとって最高のシチュエーション。
「志貴くん、お水おかわりいる?」
「ん、悪い」
志貴くんのコップにお水を注いであげる。
「サンキュ」
「ううん」
色気はまるでないけれどこれはこれで。
「うん……美味いな」
それにしても志貴くんの食べっぷりは見ていて気持ちがいい。
だから手作りのお弁当を渡そうとしたこともあったけれど。
結局渡せなかったんだっけ。
「うし、そろそろ行くか」
「え? も、もう?」
志貴くんはわたしよりボリュームあるメニューだったはずなのに先に食べ終わってしまっていた。
「あ、悪い。弓塚はまだだったか」
「ごめんね、急いで食べるから」
「いや、大丈夫。待ってるからさ」
「う、うん……」
慌てて箸を動かすわたし。
じーっ。
「し、志貴くん」
「ん? なんだ?」
「そんなじっと見られてたら食べづらいよ」
「あ……ごめん」
目線を逸らす志貴くん。
こうやってご飯を食べるのも久しぶり。
以前は志貴くんと乾くんが話しているのを見ているだけだったんだっけ。
「このダシ結構美味しいね」
せっかくだからもうちょっと話してみよう。
わたしは志貴くんに話しかけることにした。
「そうだな。俺は多分しょうゆの比率が……」
これでも何気に志貴くんは料理に詳しかったりする。
家庭科の授業で一緒の班になった時は美味しい親子丼を作ってくれたっけ。
「あと天ぷらの揚げ方も上手いな。後に油っこさが残らない」
「うん。びっくりした」
なんて話していたらつゆまで飲み干してしまった。
「弓塚、意外と食べるんだな」
「そ、そんな事ないよ。美味しかったからだもん」
「ははは。そういうことにしておく」
「もうっ……」
おそば屋さんを後にして電車へ。
がたんごとん、がたんごとん。
「しかしこうして遠出するのも久しぶりだなぁ……」
「そうだね」
志貴くんのところにはそれこそ毎日のようにアルクェイドさんやシエル先輩が遊びに来てたからなあ。
そうでない時は秋葉さんや翡翠さん、琥珀さんの相手だったり。
「今日は本当にリフレッシュ出来そうだ」
「あ、あはは……志貴くん、苦労してるんだね」
「まあ苦労ってほどの苦労じゃないけどさ」
うん、志貴くんって誰に対しても優しいもんね。
わたしに対するそれも他の人と同じなのかなあ。
「弓塚はやりたい事があったらなるだけ言ってくれよ。二人っきりじゃ難しいかもしれないけどさ。出来る限り協力するから」
「うん」
だとしたらちょっと寂しいかも。
「お……川だ」
「川?」
窓の外を見ると鉄橋を渡っているところだった。
遥か下には真っ白い岩肌と青い水流が。
「綺麗……」
青と紅葉の対比がとても綺麗に見える。
「次の駅だな。近くで見たらもっと綺麗だよ」
「……うん」
なんだか綺麗な景色を見たら気持ちが少し楽になった。
志貴くんがそういう性格なのは昔からわかってたんだから、気にしてもしょうがないもんね。
「弓塚とここに来れて……よかったな」
「え?」
「あ、いや、何でもないよ」
今志貴くん、なんて言ったんだろう。
ここに来れてなんとか……とか。
「ほら、着いた。行こうぜ」
「あ、え」
また志貴くんに手を握られてしまった。
「ううう、うんっ」
わたしはその手をぎゅっと握り返し、志貴くんと一緒に駆けだすのであった。
続く