「はーいみなさんこんにちわー。みんなの素敵なアイドル琥珀さんですよー」
「姉さん、意味の分からないことを言わないで下さい」
「ああん、もう翡翠ちゃんってば厳しいんだから」

わたしたちは不慮の事故で気を失ってしまった秋葉さまをお屋敷に寝かせ、志貴さんを追いかけているまっ最中です。

「つまりね、お弁当を忘れて困っている志貴さんたちのところにお弁当を持って行ってあげてナイス琥珀さん! っていう作戦なのよ」
「姉さんは単に志貴さまたちの邪魔をしたいだけでしょう」
「そんなことないってー。やだなぁ。翡翠ちゃんってばお姉さんを疑うの?」
「ええ、姉さんですから」
「……」

さすがは翡翠ちゃん、わたしの性格をよく知っています。

そりゃあもう、こんな面白そうな事態を見逃すはずがないじゃないですかっ。

「わたしたちが志貴さまを追うのはあくまで弓塚さまのサポートのためなんです。そこを理解してください」
「わかってるよー。ちゃんと手伝うからー」

この琥珀、志貴さんと弓塚さんのために最高のシチュエーションを用意してあげますよっ。

それはもうあれやこれやと……うふふふふふふ。

「紅葉が見えてきました。次の駅で降りましょう」
「あ、はーい」

それにしても……私服の翡翠ちゃん、最高です。

「後で一緒に写真を撮りましょうね〜。いい思い出になりますよ〜」
「は、はい……それは別に構わないですが……何か悪寒が」
 
 


「さっちんと紅葉狩り」
その5






「近くで見るとまた絶景だな」
「うん、そうだね……」

駅に降りてすぐに紅葉の赤と銀杏の黄色い葉っぱがわたしたちを出迎えてくれた。

「どうする? このハイキングコースとかいうの行ってみるか?」

傍にあった看板には丁寧にこの辺りの見所と休憩地点が明記されている。

「変なコース歩いて迷っても嫌だし、そうしよっか」
「だな」

そんなわけでわたしたちはごく普通のハイキングコースを進むことに決めた。

「まずは神社か……」

最初の目的地は山を登ってすぐのところにある神社。

この駅で降りた人で紅葉を見るのが目的の人は大抵この神社まで行くらしい。

「もっと綺麗なのかな」

雑談を交えながらゆっくりと歩いていくわたしたち。

「だといいな。巫女さんとかもいそうだし」
「巫女さんかぁ……清楚な感じでいいよね」
「弓塚とか結構似合いそうじゃないか?」
「そ、そんなことないよっ。わたし全然がさつだしっ」
「そんなことないって。俺の周りの連中なんか……」

深々とため息をつく志貴くん。

うーん。志貴くんの周囲ってよくも悪くも個性的な人たちが多いからなあ。

「まあ、あんまり気にしないほうがいいと思うよ」
「……おっと。そういう日常的なことを忘れるためにここに来てたんだっけな。ごめん弓塚」
「ううん、気にしてないから」

というよりふと思ったんだけど、吸血鬼のわたしが神社訪れて大丈夫なのかなあ。

「お。あそこが神社みたいだ」
「あ……」

志貴くんが指差した先にはそれこそ絵画の中から抜け出してきたような光景があった。

「凄い……」

真っ赤な鳥居と絡み合うように生えた紅葉の葉っぱ。

それが風がなびくたびにゆらゆらと地面に舞い降りている。

「カメラでも持ってくればよかったかな」
「ううん……これは実際目で見なきゃ駄目な景色だよ……」

まるで夢のような光景。

わたしがここに存在していることも、こんな場所に来る事が出来たことも。

「とりあえずお参りしていこうか」
「……うん」

二人して鳥居をくぐる。

くぐり終わってからそういえば神社に不安を感じていたはずの自分に気づき苦笑する。

「どうした弓塚? なんか面白い事あったか?」
「ううん。なんでもないよ。心配しすぎただけ」

いつも不幸だったから何に対しても不安を感じちゃうんだよね。

もっとプラス思考で行かないとっ。

「しかし姉さん。この山はかなり広いんですよ? どうやって志貴さまたちを探すのですか?」
「どうせ志貴さんのことだから普通のハイキングコースを辿るだろうから、こうやって先周りしておけば万事OK。いざとなったら志貴さんに取り付けてある発信機を……」
「……」
「そ、そんな目で見ないでよ翡翠ちゃんっ。あくまで志貴さんを案じてつけておいたんだからっ!」
「一応善意的に解釈しておきます」

ちょうど木で視界から消えるか消えないかの境目。

いつかどこかで見たような方々がわたしの視界に入ってきた。

「どうした弓塚?」

幸い志貴くんはあの人たちに気づいていないようだ。

「う、うん。ここはもういいかなっ。早く次の場所に行こうよっ」

わたしは志貴くんの手を取った。

手助けしてもらっておいて悪いけれど、琥珀さんには会いたくなかった。

何故かって、あの人に関わってしまうととてつもなく不幸な目に遭ってしまいそうな予感がするからだ。

「お、おい。弓塚」

恥ずかしがってる余裕なんかない。

「行くよ志貴くんっ」

わたしは志貴くんの手を取って全速力でその場から駆け出した。
 
 
 

「はぁ……はぁ」

ここまでくれば大丈夫かなあ。

後ろを振り返るとわたしの焦燥がマヌケにしか見えない綺麗な景色が広がっていた。

「弓塚。どうしたんだよ、急に」
「え? え、うんっ」

せっかく日常の事を忘れようとしている志貴くんに琥珀さんの名前を言ってしまってはまずいだろう。

「あのねっ。紅葉の中を全力疾走したら気持ちいいかなって」

しょうがないので適当に言い繕ってみた。

「……」
「はうっ!」

これじゃわたしただの変な女の子じゃないっ。

どどど、どうしようっ?

「い、今のはウソッ。ええと、つまり、だから、ええと……」

慌てて別の言葉を捜す。

「いや、そうだな。自然の中を走るってのはいいことかもしれない」
「って……ええっ!」
「空気が綺麗なせいか疲れも少ないしな。さすが弓塚。いいアイディアだ」
「……」

志貴くんの感性ってちょっとずれてる気がする。

まあ今更驚くことじゃないけど。

「じゃあ……もうちょっと走ってみようか」
「えっ?」
「ついてこいよ弓塚っ」
「ま、待ってよ志貴くんっ」

な、何この展開っ。

ラブロマンスどころか熱血スポ根もののノリじゃないっ。

「身から出た錆……ぐすっ」
 

自らの間抜けぶりになんだか泣けてきてしまうのであった。
 

続く



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