で。
「なあ、弓塚……」
「な、なぁに、志貴くん」
「もしかしなくても……迷った?」
「……うん」
わたしたちは完全にどこにいるのかわからなくなってしまっていた。
ああもうっ、やっぱりわたしってわたしって……しくしく。
「さっちんと紅葉狩り」
その7
「そうか……まいったなあ」
ぽりぽりと頬を掻く志貴くん。
「ご、ごめんね」
「いや、気にしなくていいさ。きっとすぐ元の道に帰れるよ」
「だといいんだけど……」
「ほら、あそこに矢印が書いてあるだろ? きっとここも別のハイキングコースか何かなんだ」
志貴くんが指差した先には「こちら→」とだけ書かれた看板があった。
少なくともこの道を人が通った事があるんだと安心する反面、この矢印の先に何があるんだろうという不安もある。
「……あれも琥珀さんの罠だったりしないよね」
一度あの人の姿を見てしまうとどうしたって疑心暗鬼になってしまう。
「ん? どうした弓塚。行こうぜ」
「あ、うん……」
若干の不安を感じながらもわたしたちは矢印の方向に進んでいった。
「……紅葉が増えてきたなあ」
「だね」
進んでいくと共に紅葉の数が増えていく。
前を見ても後ろを見ても右を見ても左を見ても赤、朱、紅。
「こうやって見ると秋葉って実に秋葉そのまんまの名前だと思うな」
「あきは、って妹さんの?」
「あいつもこんな風に髪が真っ赤に……いや、うん。なんでもない」
ごほんごほんと咳払いをする志貴くん。
そういえば秋葉さんって怒ると髪の毛が赤くなったりしてたっけ。
あれも紅葉とかとおんなじ原理なのかな。
「でも赤が似合うよね、秋葉さんって」
「うん。スカートとかも赤好きだしな、あいつ。名は体を現すってやつか?」
はっはっはと笑い、ふと志貴くんが首をかしげていた。
「そういえば弓塚に秋葉のこと話したことってあったっけ?」
ぎっくう。
「え? や、やだなあっ。き、聞いた事あるよっ? 志貴くんが遠野のお家に引っ越してすぐくらいにっ?」
「そうだったっけ?」
「そ、そうだよっ。もう、志貴くんってばボケちゃったの?」
「うーん……」
「あは、あはは……」
ストー……もとい守護霊してたせいで実際聞いた情報とそうでない情報がごっちゃになってしまっている。
生きてた時はわたし秋葉さんのことなんか知らなかったんだよね。
「まあ、いいか。そんな気にしなくても」
「そ、そうっ。今という時間を楽しまなきゃっ」
あ、今我ながらいいこと言った。
過去のことを悔やんでもしょうがない。
考えるのはこれからこれからっ。
「そうだな……じゃあちょっとその辺に座ってゆっくり紅葉でも眺めるか」
「うん」
座れそうな適当な岩を見つけて二人で腰掛ける。
「……」
「……」
とても静か。
今更なんだけど、今わたしと志貴くんって二人っきりなんだよね。
なんだか急にドキドキしてきちゃった。
何か話題を探さないとっ。
「……なあ、弓塚」
「ななななな、なにっ?」
「いや、そんなに驚かれても」
「ご、ごめん。えっと……なにかな?」
心臓はばくばくいってるけど極めて冷静を装ってみるわたし。
「ん。紅葉ってさ。どれもおんなじ形なのかなと思ってたけど結構違うんだなって」
「ああ。うん。赤くなるのってモミジやカエデだけじゃないからね。ツツジとかミズキも赤くなるんだよ」
「へえ……そうなのか」
「うん。あとカエデでも黄色くなるやつもあるし……」
わたしは一通り知っている知識を志貴くんに説明してあげた。
「なるほど……いや、勉強になったよ」
「あはは。役に立てたかな」
「いや、驚いた。弓塚どうしてそんなに詳しいんだ?」
「そ、それはその……純粋に興味があって」
こういう風に志貴くんと紅葉狩りに来れたら知識を披露しようと覚えておいたのである。
「意外な特技だな」
「そ、そんな事ないよ」
どうやら喜ばれてるみたい。
覚えておいてよかったっ。
「葉っぱを見ただけで種類がわかるとか?」
「……そこまではちょっと」
「ははは。そうだよな」
「あ、でも志貴くんの声ならすぐわかるよ? 目を閉じてても遠くにいても」
「俺の?」
「うん。もう完璧。低い声でも高い声でも」
「ふーん……」
って何言ってんのわたしっ。
これじゃホントにただの怪しい人みたいじゃないっ。
「ち、違うよっ? うん。志貴くんの声って特徴あるからっ」
「そうかな? あんまり自覚なかったんだけど」
「ああ……でも俺も弓塚の声はわかるな。さっきの煙の中で聞いた時にすぐ弓塚だってわかったし」
「ええええええっ?」
志貴くんがわたしの声をっ?
「い、いや、弓塚の声って特徴あるから」
「そそそ、そんな事ないよっ? いたって普通の声だよっ?」
「そうかな。弓塚の声こそわかりやすいぜ」
「う……」
それってなんだか志貴くんにすごく意識されてるみたい。
「……あ、いや、別に変な意味じゃなくてさ」
「……」
「……」
ああ、どうしようどうしようどうしよう。
なんだかさっきより気まずい沈黙になっちゃった。
何か話さないと。
ぽつ。
「冷た……?」
おでこに何か冷たいものがあたった。
ぽつ、ぽつぽつ。
雫だ。
水の雫。
「雨……か?」
空を見上げると、真っ赤な紅葉の上にはどんよりと黒い雲が覆いかぶさっていた。
さああああ……
そして一気に雨が降り出した。
秋の雨はひんやりと冷たい。
「きゃあっ?」
首筋に雨粒が入り込んできた。
「……どっか雨を避けられるところないかな。弓塚。ちょっと走ろう」
「う、うんっ」
このままここにいたらびしょぬれになっちゃう。
わたしたちは遮二無二走り出した。
「あ。あそこに小屋があるよっ?」
「ほんとだ。あそこでちょっと雨宿りさせてもらうか」
しばらく走っていくと小さな山小屋がぽつんと立っていた。
それなりに高いところまで来ていたから多分休憩地点として使われいるところなんだろう。
「すいませーん。誰かいませんかー」
扉を叩いても返事はない。
「……どうしよっか」
「開いてればいいけど……よっと」
志貴くんが扉を引っ張るとあっさり開いた。
中は誰もいなくてがらんとしていて『休憩所 ご自由にお使いください』という張り紙がつけられている。
「せっかくだ。使わせてもらおう」
「うん……そうだね」
ここに辿り着くまでにかなり服が濡れてしまっていた。
「びちょびちょで気持ち悪い……」
「ゆ、弓塚。ちょ、ちょっと」
「え? なに?」
なんだかわからないけど志貴くんはやたら慌てている。
「ふ……服。透けてるから」
「え? きゃ、きゃあっ!」
志貴くんの言葉通りわたしの白い服は透けちゃっていた。
ブラジャーの形がくっきりと映ってしまっている。
「みみみ、見ないでっ」
「わ、わかってる」
二人して背中合わせの状態に。
さあああああ……
雨の音はますます強く。
ばくん、ばくん。
それと同じように鳴り響く心臓の音。
志貴くんの息遣い。
わ、わたし……どう……しよう?
続く