「たいへんたいへん、志貴さん大変ですっ!」

琥珀さんが慌てた様子で部屋に駆け込んできた。

「なに? 何があったの?」

慌ててベットから起き上がる俺。

「ネタが何にもありませんっ!」
「……そうか、よかったね」

俺は再びベッドに転がった。

「ちょっと志貴さーん。これは一大事なんですよー?」

体をゆさゆさと揺らしてくる琥珀さん。

「……ネタを探すのはいいんだけどさ」

それは琥珀さんの趣味みたいなもんなだから、とやかくは言うまい。
 
 



「遠野家ネタ会議A」


 





「はい?」
「どうして俺のところにくるのかな?」
「それは志貴さんならなんとかしてくれると思うからです」
「……あはは」

頼りにされてるのに嬉しくないのは何でなんだろうなあ。

「そんなわけで何かありませんかー?」
「そんな期待されても困るんだけどな」

と言いつつ考え始めた自分に気付いて苦笑してしまう。

「……えーと」

はてさてどうしたものやら。

「琥珀さんはいっつも俺にネタを持ってくる時はどう考えてるわけ?」

まずは専門家の意見を聞いて見る事にしよう。

「わたしですか?」
「うん」

きっと何か凄い哲学とか理論があるに違いない。

「別に……ぱっと目に付いて面白そうだなと思ったものを持ってくるだけですけど?」
「……」

どこぞのお姫様と同レベルだった。

「や、だってそんな深く考えたらつまんなくなっちゃうじゃないですかっ」
「まあ確かにそうなんだけどさ」

要するに琥珀さんは「面白くなる可能性」をネタと言っているわけなのだから。

「それが面白ければ成功ですし、つまらなかったならつまらなかったで新たな面を知った事になりますしね」
「予想と違った結果が面白かったって解釈も出来るしね」
「そうですそうです。志貴さんわかってるじゃないですかー」

にこにこと嬉しそうに笑う琥珀さん。

いかん、こんな事を言ったら調子に乗らせるだけじゃないか。

「面白そうなネタねえ……」

ここは敢えてつまらないネタを言って引いてもらおう。

「何かあります?」
「うーん」

つまらないはつまらないで逆に難しいんだよな。

「と、となりの家に囲いが出来たってね」
「かっこいいですねー」

俺のボケに即座に答えてくれる琥珀さん。

「……あれ? 『へーい』じゃないの?」

つまり家の囲い=塀という駄洒落で……っていちいち説明するまでもないだろうけど。

「塀と囲い。どっちでも成立しますよね?」

囲いにかけてカッコイイ。

「……なるほど、確かに」

そういう考えもあったわけか。

「って駄目だ駄目だ」

ここで納得したらそれこそ琥珀さんの思う壺。

「他にありませんかー?」
「ないよ」
「ほんとですかー?」
「ないってば」
「なんにもないんですか?」
「うん」
「……」

俺がつっけんどんな答えを返していると、琥珀さんは黙り込んでしまった。

ちょっと気の毒な気もするけど、これも俺の平和のためだ。

ここまで言えばきっとわかってくれるだろう。

「あの、志貴さんこういう考えをご存知ですか?」

ところが琥珀さんは意味ありげな笑いを浮かべていた。

どうやらまだ何かあるらしい。

「ん、なに?」
「無というのはつまり『なんにもない』状態ですよね?」
「うん」

それくらいは誰でもわかる事だ。

「では志貴さんはなんにもない、というのをどうやって定義していますか?」
「どうって……だから、そこにモノがひとつもないって事じゃないの?」
「ええ。つまり『そこにモノが存在しない』という事実です」
「言ってる意味がよくわからないんだけど」
「『無』という言葉には『存在しない』という意味があります。これは矛盾なんですよ」
「……ううん?」

さっぱりわけがわからない。

「わかりやすく説明するとですね。空気が無い状態を『真空』って呼ぶでしょう?」
「ああ、うん、そうだね」

それは化学か何かで習った気がする。

「でも実際、そこには『なんにもない』わけじゃないですか」
「……まあ、空気がないんだからね」

何があるんだ……と言われたらなんにもないと答えざるを得ない。

「でも、その空気が無い状態を真空と呼ぶ。名前があるんですよ。なんにもないという事に意味があるんです」
「なんにもない事なのに意味が……」
「そこには何もないけれど『何もない』という事実がある。だから無という状態ではない」
「なんかへ理屈だね」
「言葉の遊びですよ。考えると面白いですよ?」
「むしろ哲学っぽい感じがする」

ちゃんと説明できたらノーベル賞でも貰えるんじゃないだろうか。

「まあ難しい話なんでこのへんで止めときましょう」
「そうしてくれるとありがたい」

なんでせっかくの休みにそんな難しい話をしなきゃいけないんだか。

「他にはありますかー?」
「だからないってば」
「ないということはあるということですよー」
「そんな中国人みたいな事言われても」
「そんな事あるわけないアルネ」

やたらと胡散臭い口調で喋る琥珀さん。

「琥珀さんそういうの似合うよね」

「あはっ。自前でチャイナ服も持ってるんですよ? 今度お見せしましょうか?」
「ん、ちょっと見て見たいかも」

いつもの着物姿もいいけど、そういうのも斬新でよさそうだ。

文化祭に時に着てたのも見たけどあの時はびっくりしすぎてちゃんと見れなかったからな。

「っていうかそういうのがあるならそれを着てくるとかすればいいんじゃ?」

わざわざネタがありませんか、なんて聞きに来なくてもインパクトがあるネタになるだろうに。

「確かに最初はびっくりするでしょうけどねー。それだけでは続かないのが難しいところです」
「慣れちゃうからね。変なのにも」

それはもう奇妙な日常を経験している俺が一番よくわかっていた。

「ちなみにチャイナはスリット全開のムチムチ太もも仕様です」
「……そ、そうなんだ」
「想像しましたね?」
「うぐっ」

否定できなかった。

「あはっ。確かにチャイナはよさそうです。色気を振りまくだけでしばらくは楽しめそうですよ」
「勘弁してよ」

そんなところを秋葉やら翡翠に見られたら大変な事になってしまう。

「むしろ翡翠ちゃんもいることですし、洗脳探偵とチャイナ探偵のダブルコンビネーションってのは」
「チャイナはいらないよ」
「ちゃ、チャイナ差別ですかっ?」
「じゃあ、それで」
「がーんっ!」

全身でショックを表現する琥珀さん。

「……誰もわからないでしょうね、このネタ」
「うん」

むしろ通じてる琥珀さんが凄いと思う。

「しかし探偵は美味しいですよ。推理モノってのは当たればでかいですし」
「ハズレだってたくさんあると思うんだけどなあ。犯人がバレバレのやつとか」

特に琥珀さんが絡む時点で全ての推理がいらなくなると思う。

「ウチでの事件は犯人は全部琥珀さんで決着するでしょ」
「あはははは……」

あさっての方向を見ながら笑う琥珀さん。

「家政婦は見た! 豊胸に励む当主の姿!」
「それどう考えても大した事件じゃないよ」
「うーん、いいアイディアだと思うんですけどねー」

琥珀さんの言うところのいいアイディアは全部ろくでもないものである。

「メガネの青年は見た! 家政婦の秘密!」
「推理役俺かよ!」
「駄目ですかね? 意外と似合いそうなんですけど」
「……俺はそういう主役的な事は苦手だよ」
「うわ、志貴さんって全然自覚ないんですね」
「?」

琥珀さんの言っている事はイマイチよくわからない。

「ってことでうまくまとまった事ですし」
「いやなにがっ?」

何一つまとまってない気がするんだけど。

「志貴さんはなんだかんだでノリがいいという事ですよ」

そう言って時計を指差す琥珀さん。

「う」

気付くともう後ちょっとで晩御飯の時間であった。

「いつの間に……」

それだけ話に夢中になってしまったということか。

「急いで晩御飯をしなくてはいけません。志貴さんありがとうございました〜」

琥珀さんは上機嫌で部屋を去っていった。

「……やれやれ」

なんとか無事に済んだみたいだな。
 
 
 
 
 

「どういうことなのよ、これは」
「……」

晩御飯の席。

秋葉はとても不機嫌そうであった。

「どういう事と言われましてもー。今日はちょっと時間がなくてー」

それもそのはず。

食卓に出てきたのはお湯をかけて3分のカップラーメンだったからだ。

「チャイナの世界を味わってみたいと志貴さんにリクエストされたものですから」
「いやそんな事全然言ってないしっ?」

チャイナ服を見たいとは言ったけど。

っていうかカップラーメンはチャイナと違うだろう。

「なかなか興味深い話ですね。兄さん」

にこりと笑う秋葉。

「あ、あはは……」

背筋がぞくっとした。

ああもう、また厄介な事件に巻き込まれそうだ。

「大変ですねー志貴さん」

くすくすと笑う探偵役及び犯人の琥珀さん。

「……ほんとにね……」
 

こんな日でさえネタがないって言うんだらなぁ。
 

俺は天井を仰ぎながらひとりごちた。
 
 

「まったく、どうかしてる」
 




あとがき
ひとつのネタで続けられる時はいいんですけどそれだけで足りないとなかなか難しいですね。
無の概念はなんかどっかで聞いた話なんですが未だによくわかってません。
琥珀さんは何やっても違和感ない人ですからどんな話でも出来るんですけど。
範囲が広すぎて逆にまとまらない罠w


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