俺は一瞬我が耳を疑った。
「ですから、会議をやりますので客間に集まって下さいな」
「……」
この琥珀さんが、会議をやりますと言っていままでまともな会議をやったことがあっただろうか。
断言しよう。ない。
「どうせまたネタでしょ?」
「ネタはネタですけど。まあ早く来てくださいな」
琥珀さんは言いたい事だけ言って去っていってしまった。
「……まったく……」
しょうがないな。付き合うとしようか。
どうせまた大した事じゃないんだから。
「遠野家ネタ会議COMPACT」
「……う」
客間に集まったメンバーを見て思わずたじろいだ。
いや、みんな見知った顔ではあるのだけれど。
「琥珀。どういうつもりなのよ」
奥の席にどんと身構えている秋葉。
「ちぇ。シエルが来るってわかってたら来なきゃよかったわ」
「それはこちらのセリフですよ」
ばちばち火花を散らしあってるアルクェイドとシエル先輩。
「姉さん、これで一応全員揃ったはずですが」
そんな光景を見ても平然としている翡翠。
「そうだねー。そろそろ始めよっか。ささ、志貴さんも突っ立ってないで座って下さいよ」
「え? あ、うん」
戸惑いながらも有彦の隣に座る。
「おまえ、何て呼ばれたんだ?」
「いや、なんでも大事な話だってんでな。よくわからんが美女が困ってるのを見過ごせんだろう」
「……そうか」
琥珀さん、一体何をするつもりなんだ?
呼ぶ時に会議って言ってたんだから、会議なんだろうけど。
そんな重要な内容なんだろうか。
「この度みなさまに集まって頂いたのは他でもありません」
こほんと咳払いをしてそんな事を言う琥珀さん。
表情はおちゃらけたものではなく、真剣そのものであった。
「……」
その雰囲気を感じ取ったのか、騒がしかったアルクェイドやシエル先輩も静かになった。
「ではまずこれをご覧下さい」
巻いてあった紙を伸ばして壁に貼り付ける琥珀さん。
「……は?」
「え?」
「ちょ……」
そこに書いてあった文字を見た瞬間、緊張感なるものはどこかに消え去ってしまった。
『シエルさんの影を濃くするにはどうしたらよいか』
「琥珀さん! それはわたしが地味だと言いたいんですかっ!」
真っ先に文句を言ったのは当人であるシエル先輩だ。
それはそうだろう。こんな事を書かれて怒らないわけがない。
「ええ、そういことです」
しかし琥珀さんはきっぱりと言い切った。
「……っ!」
先輩の血相が変わる。
「ちょ、先輩、落ち着いてっ。暴力反対暴力反対っ」
慌てて先輩と琥珀さんの間に割って入る俺。
「……ふっ。安心してください遠野君。わたしがこんな安い挑発に乗るわけがないじゃないですか」
その割にはこめかみがぴくぴくしてるんですけど。
「確かにシエルって地味よね」
そして空気の読めないバカがさらに追い討ちをかけた。
「こんのあーぱー吸血鬼ぃ!」
「何よ、やる気?」
「だー! 駄目だってばー」
慌ててシエル先輩を押さえつける。
「離して下さい遠野君!」
「暴れるんなら離しません!」
「……琥珀。貴方はこんな茶番を私たちに見せたかったんですか?」
秋葉が心底呆れたような声を出す。
「秋葉さま。これはとても重要な問題ですよ。それがわからないんですか?」
「何がよ」
「いいですか秋葉さま。同じ環境でい続けるというのはとても楽なことです。ですが、それでは人間は駄目になってしまいます」
「……姉さん、それはシエルさまが駄目になってしまわれるという事ですか?」
「そ、そんな心配しなくたってシエル先輩はしっかりしてるよっ!」
仕事と趣味もきちんと両立してるし、凄い人だと思う。
「……遠野君」
俺の叫びを聞いてシエル先輩は少し大人しくなってくれた。
「問題はそこなんです。シエルさんはしっかりしすぎているんですよ」
するとそんな事をいう琥珀さん。
「しっかりしていることのどこがいけないというんです?」
「いえ、万能なのは大いに結構です。ですが、そのせいでシエルさんには個性がなくなってしまってる」
「そ、そんな事ありません! 他にも……」
「では聞きましょう」
琥珀さんはくるりとみんなを見回した。
「シエルさんはなんでもそつなくこなせる人です。では、それ以外に何か特徴を挙げてください。せーのでいきますよ」
「ちょ……」
そんな急に言われたって。
「せーのっ!」
ああもうしょうがない。
俺は真っ先に思いついた単語を叫ぶ事にした。
『カレー!』
一瞬時が止まる。
「……あ」
「う」
「え……」
そして全員が狐につままれたような顔をしていた。
「わかりましたか? つまりそういう事なんです」
「あ……あああああ」
シエル先輩は愕然とした顔をしていた。
「え、ええとどういう事?」
「……つまり、今のシエル先輩には『カレー好き』って特徴しかないって事だな」
有彦が親切に説明してくれる。
「なんて……こと」
がくりとうなだれるシエル先輩。
「……由々しき問題ですね。人というものは一言で語れるものではないと思いますが……」
しかしこの場にいる全員の答えがそれだった。
「ということはですよ。もしもカレーネタを禁止したら……」
「……」
禁止したらどうなるんだろう。
「シエル、いらないね」
またも空気の読めないバカが余計な事をほざいてくれた。
「……アルクェイドォッ!」
「事実を言ったまでじゃないのよっ」
「まあまあ落ち着いてください。怒れる余裕があるならまだ大丈夫ですから」
「はぁ……はぁ」
シエル先輩の呼吸は大きく乱れていた。
「……どうしろと……言うんですか」
「だからそれを考えるんですよ」
そう言って壁にかけた紙を叩く琥珀さん。
「で、シエル先輩の何がいけないかを考える前に他の方の特徴を見ていこうと思います」
「……ぬ」
なんだか嫌な予感がする。
「これはあくまでわたしの見解なんで違うぞーとか怒らないで下さいねー」
そう言って琥珀さんが真っ先にターゲットにしたのは。
「まず志貴さんからです」
俺だった。
「興味あるわね」
「……ま、参考までに聞いておきましょうか」
しかも何故かみんな興味深々だった。
「憎いねえ、このこの」
有彦がわき腹をつついてくるものの、嬉しくもなんともなかった。
「メモのご用意は宜しいですかー」
などと言いながら講釈を始めようとする琥珀さん。
「……あ」
「あ?」
しかし首を傾げた後に、ごそごそと衣服を探り始めた。
「どうしたのよ」
「……えー」
思いっきり苦笑いをしている琥珀さん。
「ちょっとわたし用のメモを用意するのを忘れちゃいました。取ってきますねー」
そう言ってそそくさと部屋を出ていってしまう。
「ちょ……!」
慌てて呼びとめたものの時既に遅し。
「……地味……わたしが……地味……」
「シエルの事はどうでもいいけど志貴の事は気になるわねー」
「あなた、ちょっとはシエルさんに同情しようとか思わないんですか?」
「そういう妹は?」
「……ノーコメントです」
こんな混沌を作るだけ作っておいてどこかに行ってしまうとは。
シエル先輩よりも、まず琥珀さんをなんとかするべきじゃないかと強く思う俺であった。
続く