「ところで最近わたしインターネットを始めたんですよ」
「へえ、琥珀さんパソコンなんて使えるんだ」

お茶を飲みながら琥珀さんと話しているとそんな話題になった。

「はい。まだ使い始めのペーペーですが面白いものですね。はまっちゃいそうな予感です」
「まあ程ほどにね」

琥珀さんはやるとどこまでも突き詰めそうな感じがするからなぁ。

「ええ、それでネットって検索エンジンっていうのがあるんですよ」
「ふーん。探したい情報を探せるってやつ?」
「あ。志貴さんも知っておられるんですね」
「パソコンの授業が学校であるんだよ」

今やパソコンの使い方は義務教育の場でも勉強されているらしい。

一家に一台の時代といってもおかしくないだろう。

「なるほどなるほど。では今日の会議のお題です」
「……会議ですか」

もう俺は琥珀さんが何を言い出しても驚かないことにした。

「遠野家ネタ会議F、始動編ですよー」
 
 



「遠野家ネタ会議F 始動編」




「始動編って事は……続くわけ?」
「ええ、完結編が後に出るんです。まあ完結編の後にも別の会議はやるんですが」
「さいですか」

一瞬これで終わりかと期待したのに。

「今日のお題はパソコンです。志貴さんのパソコンについての知識を披露してください」
「え? 俺そんなパソコン詳しくないよ?」
「またまたぁ。そんなメガネなんてかけてるくせに」
「いや、それめっちゃ偏見」

メガネイコール頭がいいとかそういうレベルだと思う。

「ふーむ。ではパソコンっぽい用語をなんでも仰って下さい。たちどころに答えて見せますよ」
「……パソコンっぽい用語」

仕方ないので無い知識を振り絞って考える。

「ダ、ダブルクリック」

かろうじて出てきたのは超基本用語だった。

「マウスを二回押す事ですね」
「……っていうかこれくらい日本語で言えって感じしない?」
「ですねー。頭の堅い人たちがパソコンになれる事が出来ない要因を作っているような気さえします」
「いや、まあ……うん」

それは言いすぎだと思うけど。

用語の分かりにくさはもうちょっとなんとかならないもんなのかなぁ。

「他にありませんかー?」
「えーと……キーボード」
「キーボードは文字を打つ……って志貴さんそれはいくらなんでも酷くないですか?」
「でもパソコン用語だよ」
「まあ、それはそうなんですが」

やたらと渋い顔をする琥珀さん。

どうやらあまりに簡単な質問が不服のようだ。

ふむ、これはいい。

ちょっとからかってみるか。

「イヤホン」
「耳に付けて音を聞く……」
「アダプタ」
「電力の供給源で……」
「マウス」
「……」

にこりと笑う琥珀さん。

「表にボタンがついた小さな入力装置の事ですね。机の上などで滑らせることによって裏の装置が移動方向、移動速度などのデータをコンピュータに入力します」
「うお」
「裏についているものの主流はボールでしたが、今は光学的に移動方向や移動速度を検出する光学式マウスが主流となっているようです」
「……」
「画面上にはマウスの動きに合わせて移動する小さなカーソルが表示されていますので、これを操ってコンピュータを操作するわけです。いかがですか?」
「その……すいません」

えもしれぬ迫力に俺は頭を下げた。

「あは、次につまらないこと聞いたら一服盛らせて頂きますからね」
「笑顔で怖い事言わないで下さい」
「志貴さんがいけないんですよー」

いや、絶対悪いのは琥珀さんだっ。

とは怖くてとても言えなかった。

「じゃ、じゃあ真面目に考えるよ」

くそう、こうなったらとても答えられそうな難しそうなのを聞いてやれ。

「え、ASDL?」
「それを言うならADSLではありませんか?」
「そ、そう、それ」
「Asymmetric Digital Subscriber Line. 非対称デジタル加入線ですね」
「ひ、非対称……」
「電話回線の会話には使わない周波のですね」
「あー、うん、よくわかったよ」

専門的な会話になるともう俺の理解の範疇なのでそのへんで止めてもらうことにした。

「えー? 歴史的な話とかもあるんですよ?」
「う、うん。でも他のも聞きたいからさ」
「そうですかー。ではどうぞ他のものを」
「ダウンロード……とか」
「ダウンロード。略称はDLですね。ネットワークを通じて、鯖に保存されているデータをクライアントコンピュータに転送することです。逆をアップロードと言います」
「さ、鯖?」

なぜここで魚の名前が?

「あ、すいません。鯖とはサーバーの事です」
「……サーバー」
「コンピュータネットワークにおいて、クライアントコンピュータに……」
「……ごめん、頭痛くなってきたんだけど」

わからない単語が次から次へと出てくる。

「むー。だらしがないですよ志貴さん。そんなのではこれからのIT社会で生き残れませんっ!」

琥珀さんはたいへんご立腹のようであった。

「いや、そんな難しい用語知らなくたってパソコンは動かせるし」

ある程度の基礎知識さえあればなんとかなってしまうものなのである。

まあ本格的に何かをやろうとしたらまた別なんだろうけど。

「……そもそもITってなに?」
「インターネットテクニック……というのは冗談でインフォメーションテクノロジーのことです」
「また難しい単語が出たなぁ」

これだからパソコンは嫌なのだ。

「そんなに難しくないですよ。つまりはコンピュータやデータ通信に関する技術のことです」
「じゃあIT社会っていうのは?」
「えーと、つまりですね、これからの社会はパソコン技術が必要不可欠なものだって意味だと思います」
「……思いますって」

なんだか急に語尾が弱気になったような。

「あー、他に質問はないですか?」
「ん……じゃあITの歴史っていうのはどうなってるのかな」
「えー、うー、ええとですね、ええと……」
「?」

どうしたんだろう、急に答えがはっきりしなくなってしまった。

「そ、そろそろITから離れませんか?」
「いや、気になる」

どうやらITが関連する事だと琥珀さんは答えられないようだ。

「ちょ、ちょっと待ってください。わたし急用を思い出しました」
「え」
「さらばですっ」
「あ、ちょっと?」

琥珀さんはすたこらさっさと逃げ出してしまった。

「……」

どうやら俺が怪しんでいる事に気付いたらしい。

「なら追いかけなきゃな」

なんとしてでも琥珀さんを捕まえて。

「ごめんなさい、わかりません」

と言わせてみせる。

今まで散々悪戯に巻き込まれた復讐というやつだっ。

「……復讐にしてはショボイけどなあ」

まあたまには俺が琥珀さんの弱点を付くというのも面白いだろう。

「さ、行くぞっ」
 

俺は意気揚々として琥珀さんを追うのであった。
 

続く



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