蹄なんていうおよそ日常生活に向いてなさそうな手で格闘ゲームを器用にプレイしているななこに俺は声をかけた。
「……大事な話があるんだ」
「大事な話……ですか?」
「ああ」
ななこがコントローラーを置く。
「わ、わかりました。マスターが何と言うかはわかりませんが有彦さんが相手ならわたし……」
「いや、何を言ってるのか全然わからんのだが」
「え? 性格のひん曲がった有彦さんがついに自分の気持ちに正直になって愛の告白をするという衝撃の展開じゃ?」
「誰が性格ひん曲がってるだぁ? 寝言は寝て言え馬」
「うぅ……わたし馬じゃないですよぅ」
俺が睨み付けただけで涙目になってしまう。
「……だあ。話が進まんだろう。真面目に聞け」
「はーい」
と言った瞬間あっさり笑顔に戻るななこ。
「ったく……」
今の嘘泣きだったってことかいコノヤロウ。
いや、とにかくここで怒ったってしょうがないのだ。
あくまで冷静に話を進めねば。
「大事な話というのはどういう話なのでしょう」
「実はだな」
「はい」
「金がない」
「うわ、嫌に現実的ですね」
ロコツに嫌そうな顔をするななこ。
「当たり前だ。切羽詰ってるんだからな。明日の昼飯も食えるかどうかというのが現状だ」
「駄目ですよ無駄遣いしちゃ。一子さんに怒られてるじゃないですかいつも」
「ほほう」
「な、なんですかその顔は」
こいつに遠まわしに言ったって無駄なのである。
ストレートに言ってやろうじゃないか。
「テメエが人参ばっか食らってるから金がねえんだよっ!」
しーん。
俺の怒声の後、沈黙がその場を支配した。
「何か言い訳はないのか? おい」
「……えへっ」
「可愛く笑ったって駄目だ」
ななこの頭を小突く。
「うー。だって有彦さん。わたしは第七聖典なんですよ? 高位精霊なんですよ?」
「知らん」
「そ、存在を維持するのに必要なエネルギーは半端じゃないんですからね?」
「だったら持ち主の所に戻れアホッ!」
そう、こいつには正式な持ち主がいるのだ。
ちゃんとその持ち主のところに返却したはずなのに、こいつときたら俺のところに舞い戻ってきやがったのである。
「い、嫌ですっ! あんな地獄のような生活には耐えられませんっ!」
「じゃあ俺を苦しめてもいいっつーのか? ああっ?」
「……うう」
再び涙目に。
「わ、わたしだってそんな有彦さんを苦しめようとしているわけじゃないですよ。ただ体を維持する為に仕方なくですね」
「いや、まあそれはわかっている。お前が悪巧みが出来るようなオツムを持ち合わせているわけがない」
「最初は騙されかけてたのに……」
「やかましい」
確かに最初はこいつを手放すと呪いがかかるだのなんだので脅されてたが。
今はそんなハッタリで動じる俺ではない。
「とにかくだな。お前が帰りたくないというのは一応理解してやろう」
「ほ、ほんとですかっ?」
「ああ」
誰にでも家に帰りたくないという時はあるものだ。
「だがな。働かざるもの食うべからずという言葉を知っているか?」
しかし、人の好意に甘えてばかりというのはよくない。
家主のサイフにも優しくないし、堕落する要因である。
「えー、それは働かなくてもご飯が食べられると言うやつですか?」
もぐもぐ。
「言ってる傍から人参に手出してるんじゃねえ! つーか全然違うわっ!」
ほら、こいつは完全に堕落しきってしまっていた。
「このっ」
口から人参を取り上げてしまう。
「あっ。な、なにするんですかあっ!」
「働かないやつは飯を食う資格がねえって事だよっ!」
「……つ、つまりわたしに飢え死にしろと?」
「仕事をしろと言っとるんだ!」
まったくなんつー勘の鈍さなんだこいつは。
「ふ」
すると不気味な笑いを浮かべるななこ。
「……なんだその笑みは」
「お忘れですか有彦さん。わたしの姿は契約を交わした人間でないと見えないし、触る事も出来ないのですよ」
「ああ、そうだな」
このバカ精霊ななこは普通の状態では見る事も触る事も出来ないのである。
ある程度の魔力だかなんだかを持ってる人間には見えるらしいが。
普通に見えてる姉貴にもそういう素質があるって事なんだろうか。
その辺りは微妙に謎である。
「お前は一般人には見えない。それはよく知っている。だからそこを敢えて利用させてもらう」
「利用って……どういうことです?」
「つまりだな。おまえが適当な家に入りこんで悪さをするんだ。そこで俺が霊能者っぽい格好をして現れる。この家は呪われてます……と」
「サ、サギじゃないですかそれっ!」
「冗談だ、アホ」
そんな事をやって、姉貴にばれたら半殺しじゃすまないだろうし。
「別に姿が見えなくたってモノは動かせるんだろう? おまえ」
「ええ、まあそりゃ一応は。そうでなくちゃ人参食べれませんし」
「だから例えば俺が宅配便のアルバイトをやるとするだろう? 荷物の半分をお前が持つとかすれば楽じゃないか」
「あ。なるほど」
ぱこんといい音を立てて手を合わせるななこ。
「有彦さんって意外と頭いいんですねえ」
「意外は余計だ意外は」
というかこいつが見えれば普通に仕事を出来るわけなので、結局そんなに得はしてなかったりする。
重要なのはこいつを働かせるという事なのだ。
ただでさえドジでバカで駄目駄目なのにその上グータラまで加わったら手のつけようがなくなるからな。
「……予想外に?」
「それじゃ同じだっつーに」
ななこの頭をはたく。
「いったぁ……暴力反対ですよー」
「おまえは毎度一言余計だっての。で、どうだ。それなら出来るだろう?」
「ええ。それくらいならお茶の子さいさいです」
頼もしい言葉のようだがこいつが言うと微妙に頼りない。
「なら交渉成立だ。おまえは明日から働く。いいな?」
「はいっ」
問題はこれをやると自動的に俺も仕事をしなくてはいけないという事なのだが。
夏休みにガテンで十数万稼いだ身だ。
どんなバイトだってやっていける自信はある。
「……っつーわけでまずバイト探しから始めんと……」
「えー? 普通話の流れからして既に仕事は決まってるべきじゃないんですか?」
非難の声をあげるななこ。
「うるせえアホっ! そんな簡単に仕事なんて見つからねえんだよっ!」
そもそもバイトがもう見つかっているなら金欠になんぞなってるわけがない。
「このへん有彦さんの計画性のなさが伺えますねー」
「殴られたいのか? おまえは」
「いえいえそんな事は決して」
「話は全て聞かせて貰ったよ」
「誰が話を……って姉貴! どっから湧いてきや」
めきょ。
「……ぐおお」
視界がぐらぐらと揺れる。
「あ。一子さんどうもこんにちわ。いつからいらしてたんです?」
「ん? 大事な話があるんだの辺りからだが」
「……最初からいたって事かよ」
全く気配を感じなかったぞこの女。
「で、話を聞いてたらどうなるんだ? 何かいいアイディアがあるのか?」
「一応ね。ちょっと前から考えてた事なんだが。おまえの話を聞いた分じゃ実現出来そうだな」
「うわ。気になりますね。是非聞かせてくださいー」
「これだ」
そう言って姉貴は一枚の紙を取り出した。
「んなっ……」
そこには信じられないほどアホな文字が書かれていたのである。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
続く