そう言って姉貴は一枚の紙を取り出した。
「んなっ……」
そこには信じられないほどアホな文字が書かれていたのである。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その2
「……なんだこれは? 新手のギャグか?」
「いや、大真面目だ」
「……」
これが例えば遠野が言ったセリフだとしたら、オレはさらなるツッコミを入れていた事だろう。
だが今は相手が悪い。
ツッコミたいところではあるが我慢しておいた。
「えーと、つまりどういうことなんでしょう?」
ななこが姉貴に尋ねる。
「いや、要は今そのバカが言ってた事と大差はないよ。ななこちゃんが仕事をするって事なんだけどね」
いつからだか忘れたけど姉貴はななこのことをちゃん付けで呼んでいる。
最初はアレとか呼んでたくせにずいぶんな気に入りようである。
今じゃオレよりななこの扱いがいいくらいだ。
「そのすーぱーなんとかとかいうもんは何なんだよ」
「ななこ・すーぱーがーるカンパニーだ。つまり会社だよ」
「会社だぁ?」
「そう。ななこちゃんの力を使って仕事を行う会社だ。アルバイトなんぞよりよっぽど稼げるぞ」
「……んな話実現するわけねえだろ」
漫画か何かじゃないんだから。
世の中そんなに甘くねえっつーの。
「会社っつーのは案外簡単に作れるもんなんだよ。作るだけならね」
「……会社ってのはどうもなぁ」
いきなり会社だとか言われても実感が涌かない。
「それでそのななこ・すーぱがーる……つーか名前長い。なんとかならんのか」
いちいち名前を言うだけで疲れてしまいそうである。
「略称はななこSGKだ」
「……CompanyだったらCじゃないのか?」
「うわ、有彦さんが妙に知的なツッコミを」
「やかましい」
よく見た目で誤解されるがオレはそんなに成績は悪くないのだ。
単に出席日数やらなんやらと素行の点で評価を下げられてるだけなのである。
「ローマ字だったらKだろう?」
「まあどうでもいいが」
略称なんぞで揉めるのもアホらしい。
「そのななこSGKは何をするんだ?」
「早く言えば何でも屋だね。依頼を受ければなんでもこなす」
「ますますマンガじみてきたな」
「それは仕方ないさ。ななこちゃん自体がマンガみたいなもんだし」
「……確かに」
自称精霊、普通の人には見えないし、触れないが物なら運べ、怪力、テレポート、その他様々な力を持つ生き物。
「妖怪と呼んだほうがいいかもしれないな。妖怪馬女」
「うわ、そんな呼び方嫌ですよ〜」
非難の声をあげるななこ。
「つかさ。結局そのななこSGKにしたってさ。ななこがパンピーに見えない状態でどうやるっていうんだよ」
「鮮やかに無視ですかっ?」
「それは追々考えるさ。別に姿が見えなくたって出来る事は出来るんだし」
「一子さんまで……」
「……夢物語で終わったほうが幸せだと思うんだが」
不安要素があまりにも多すぎる。
「そうなるとますますアンタの財布に火が点くことになるけどね」
「ぐぬぅ」
まるで八方ふさがりじゃないか。
「あの、有彦さん。ここは一子さんの言う事に従ったほうがいいんじゃないでしょうか」
「……なんだ、無視されて落ち込んでたくせに」
いつの間にやら立ち直っているななこ。
「有彦さんのイジメになんてくじけませんっ。マスターのイジメのほうがよっぽど酷かったですからっ」
力いっぱい叫んでいるけど、言ってる事はかなり情けない。
「とにかく、わたしは正義の精霊なんです。世のため人の為に力を尽くすのは使命だと思うんですよ」
「……いつからそんなもんになったんだ?」
「最初からです」
「そいつぁ初耳だ。人の家に勝手に転がり込んで家計を圧迫する精霊は正義の精霊さまだったのか。ほほーう」
「う、うう」
「有彦」
「スイマセンもう言いません」
オレの眉間を姉貴のアイアンクローが掴んでいた。
これを食らうと三日は頭痛に悩まされるという恐怖のシロモノである。
「ななこちゃんもやる気みたいだし、いいじゃないか。おまえだって仕事させるつもりだったんだろう?」
即座に謝ったので姉貴はあっさり手を戻してくれた。
「そりゃそうだけど……その会社っつーのがなぁ」
なんだか急に大事になってしまった感じがして嫌だ。
「あんまり難しく考えないほうがいいぞ。会社なんて名前だけだ。子供の遊びだと思ってりゃ気が楽だろう」
「……乾家一同で路頭に迷うのだけは勘弁だぞ」
「だから遊びだってのに。トランプの大貧民やったって本当に大貧民にはならんだろう?」
「うーむ」
会社というのはあくまで名前だけで、本気で作るつもりじゃないって事なのだろうか。
「ちなみに五分あればすぐに仕事が入る。基本的にあたしが仕事を探しておまえとななこちゃんで仕事をこなしてくるんだ」
「……どんな人脈持ってるんだよ」
自分の姉ではあるが、実に謎の多い人間である。
「なるほどー。ではまず実験でわたしに仕事を任せてみませんか? それで成功すれば有彦さんも安心するでしょう?」
「実験ねえ」
「だって有彦さんわたしの実力を全然信用してないんですもん」
「……日頃の行いのせいだろう」
ぐーたらでドジでマヌケでトンマな馬をどうすれば信用できると言うんだ。
「な、ならばその汚名すら返上するような活躍をお見せします」
「ほう。言ったな」
「い、言いましたよっ」
「よし。商談成立だな。んじゃ待ってろ。すぐ仕事を探してくる」
姉貴は鼻歌を歌いながら部屋を出ていった。
「……つーか一番気に食わないのはあいつがこの状況を楽しんでる事だな」
「一子さん、どうしてあんなに楽しそうなんですかねえ」
「俺に聞くな」
あの女を理解しろというのが無理な話である。
「出来の悪い弟が真面目に更生しようとしているのが嬉しいとか」
「出来の悪い馬の間違いだろう?」
「あうぅ」
しかしこいつが仕事なんてちゃんと出来るのかね。
オレも提案しといてなんだがかなり不安である。
「つーわけで早速仕事だ。現場へ向かう。ついてこい」
「ん。もう決まったのか」
ラフな格好ながら外出用に着替えている姉貴。
「え? 今からいきなりですか?」
「今じゃないと駄目な仕事なんだよ」
「……ほう」
その言葉にオレは興味をそそられた。
「だって……夜ですよ?」
空には綺麗なお月さんが浮かんでいる。
そう、夜遅く、子供はお休みな時間なのだ。
「なるほど夜の仕事……か」
「え、ええええええっ!」
こいつはいろんな意味で楽しそうな展開である。
続く