こうしてオレはななこと腕組みをして帰る羽目になるのであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その100
「たっだいま戻りましたよ……と」
うっかり姉貴を起こすと殺されかねないのでゆっくりと玄関を開ける。
「ドロボーみたいですねえ」
「こういう時オマエは便利だよな」
足音を立てようたって浮いてるんだから出来るわけがない。
「そうですねー」
ゆらゆらと空中を怪しく動くななこ。
「……その動きはやめい」
夜中にやられると丸っきり幽霊そのものだった。
「あはは、有彦さんまだ幽霊とか怖いんですねえ」
「じゃかましい」
階段をゆっくりと上がる。
「ん」
弓塚たちの部屋のドアが半分開いて光が漏れていた。
まだ起きているようだ。
「あっちはうまくいったのかな……」
オレらなんぞより遥かに傷は深いと思うのだが。
「おーい」
ドアを開ける。
「……あっ」
「……」
そこには互いを抱きしめ合う弓塚とシオンさんがいた。
「ああ、いや、悪い」
ドアを閉める。
「全然気にしないから続きをやってくれ」
「何をほざいてやがるんですか貴方はっ!」
げしっ!
「イデエエ!」
シオンさんの飛び蹴りを食らってしまった。
「はー、お二人はそういう関係だったんですか……いや、愛の形には色々あると思うんですけどね」
うふふふと怪しく笑うななこ。
こいつもそういう話好きだよな。
「先に言って起きますが貴方たちの考えているような事は何もありません」
「ああ、そう思ってるからここに残ってるんだが」
「あ、あははは」
弓塚は苦笑いしていた。
「そっちは上手く仲直りできたんだね」
「ま、大した事じゃなかったからな」
「大した事でしたよ。わたしにとっては」
「へいへい」
「もう。有彦さんってばー」
「あはははは」
オレに絡み撞いてくるななこを笑って見ている弓塚。
「……まあ、その、なんだ。大丈夫みたいだな」
アルクェイドさんの事を知っちゃったのはかなりのショックだろうに。
「伊達に日陰者してないもん。それに、誰からも愛されてないってわけじゃないから」
にこりと笑ってシオンさんを見る弓塚。
「……やっぱりそういう関係なのか?」
「ち、違うよっ。人として好きって話で」
「ほうほう。オレはそういうつもりで言ったんだが何が違うのかな?」
「え、う……」
顔を真っ赤にして俯いてしまう。
「有彦。いい加減にして下さい」
「いや悪い、ついな」
この強さが弓塚のいいところなんだろうなあ。
雑草魂とでも言おうか。
「と、とにかく。もう大丈夫だから」
「そっか」
流石にちょっと無理をしている感はあるが。
多分時間が解決してくれるだろう。
「明日は明日の風が吹くってね。オレもいいかげん寝るわ」
「うん、お疲れさま」
「おやすみなさい、有彦」
二人の部屋を後にする。
「弓塚さんって凄いですねえ」
ななこが感嘆の声を漏らしていた。
「オマエも見習え」
「あ、あはは」
オレが皮肉を言うと苦笑いしながら壁の中に隠れてしまった。
「……都合が悪くなるとこれだ」
一人で部屋へ戻る。
「さってと……」
せんべい布団に寝転がり天井を眺める。
「……」
しかし今日はいろんな事があったな。
ただゴロゴロして過ごすつもりだったのに。
「退屈はしねえんだがな……」
たまには何にも無い日が欲しいとも思う。
「……そういや遠野もそんな事言ってたな」
変なところでアイツに似てきたんだろうか。
環境的には確かに似て来たような気がしないでもないが。
「問題は……」
問題はだ。
「ななこにはマスターがいるって事だよなあ」
いずれはソイツのところに帰らないといけないだろう。
それをあいつもわかっている。
だからちょっとしたことで過剰に反応するのだ。
子供と一緒である。
構って欲しいから逃げ出したりすると。
「……はぁ」
まったく厄介なモンを背負い込んでしまった。
曰く「教会のすごいアイテム」らしいアイツをいつまでもオレが所持していられるんだろうか。
分相応という言葉もある。
はっきり言って魔法だの錬金術だのそういう知識のないオレには必要ないアイテムである。
けれど無くなっては困る。
ななこがいなくなるから。
「……」
ああもう、今日のオレはどうかしてる。
色々考えすぎたせいだろうか。
「……寝よう」
電気を消して布団を頭から被る。
ふに。
「……ん」
背中に何か当たっている。
「ななこ?」
「あ、バレちゃいました?」
「そりゃ気付くわ」
普段は押入れで寝てろって言ってるのに。
「今日は一緒に寝たい気分でしてー」
「疲れてるから何もしないぞ」
「それは残念ですが、別に構わないです」
「そうか」
なんだこの会話。
「わっかりましたー」
こんなんでも意思疎通しているのが嫌だ。
そして同時に心地よくもあった。
阿吽の呼吸とか言うモンがあるが。
こっちのして欲しい事、言って欲しい事をさりげなくやってくれるってのは嬉しいもんだ。
「おやすみ、ななこ」
「……うふふ」
「なんだよ」
「いえ、有彦さんにそんな事言われたの始めての気がして」
「いいから早く寝ろ」
「はーい」
その夜はなんだかよくわからないがいい夢を見れた気がする。
「おっはようございまーす」
「弓塚。怪生物が台所に立ってるんだが」
しかも無駄ににんじんの描かれたエプロンをつけて。
「今日はななこちゃんが食事当番なんだよ?」
「マジかぁ?」
あいつマトモに料理作れんのかよ。
見た目はなんか普段よりえろっちく見えるんだが。
エプロンの魔力というのは恐ろしかった。
「前みたいにカレーとか作るんじゃねえぞ?」
「失礼ですねー。カレー以外だって作れますよ」
「カレーピラフというオチはないでしょうね」
「うっ」
「……図星ですか」
シオンさんはため息をついていた。
「おう、みんないるなー」
姉貴がのそのそとダイニングに入ってくる。
「今日の仕事はだな」
どこから得て来るんだか、毎度怪しい仕事情報。
「その内容でその時給はおかしくありませんか?」
「いや、なんか出るとかいうウワサでね」
「出る?」
「ああいうのが」
ななこを指差す姉貴。
「なるほど。しかし問題はありません。わたしはアトラスの錬金術師。退魔の技術も心得て居ます」
「えー? やだなぁ、わたしオバケとか苦手だよぅ」
「何を言っているのですか、さつき。怒った貴方の方が余程怖いですよ」
「酷い酷いー」
「はっはっはっは」
相変わらずのマヌケな会話。
「あれー? 有彦さん足が震えてませんかー?」
「ば、ばっかオマエ。オレがオバケとか怖いとでも思ってんのか? ハッ。バカにするなよ」
「おう。じゃあこの仕事でいいな?」
「……すいません、他の仕事ありませんか」
どっと笑いが起こる。
「ああもう! やるよ! やりゃいいんだろ!」
いつの間にやら日常になってしまったドタバタ劇。
もうしばらくはこんな日々が続くんだろう。
今は精一杯、それを満喫しようじゃないか。
「決定ですね。じゃあ」
ななこが蹄を合わせてかぽんといい音を立てた。
「ななこSGK、お仕事開始ですよー」