いつの間にやら日常になってしまったどたばた劇。
「決定ですね。じゃあ」
ななこが蹄を合わせてかぽんといい音を立てた。
「ななこSGK、お仕事開始ですよー」
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その101
「……眠い」
「寝たら死にますよ、有彦」
シオンさんは淡々と仕事を続けていた。
「山じゃないぞここは……」
「でもお墓だよ?」
「……言うな」
さて今日の仕事は楽しい楽しい深夜の墓地の掃除である。
「好んでやりたがる人はいないでしょうね」
「……本当にオバケが出るのかなあ」
なんともいえない顔で呟く弓塚。
「そんなもん最初から信じてない」
「出ないと言い切れますかね?」
「……なんだよ」
怪しく笑うシオンさん。
「一子から聞いた話を忘れたのですか?」
「……」
姉貴曰く。
なんか出るらしいのだ。ここの墓地には。
「本来の仕事はその墓場の幽霊騒動の原因究明のはず」
「わーってるよそんな事は」
だからわざわざ深夜に掃除なんぞやっているわけである。
そしてこれならオバケが出ようが出まいが仕事をさせる事が可能。
微妙にセコイ依頼だった。
「ひゅーどろどろどろどろー」
「お……出たぞ」
どこからか聞こえてくる怪しげな擬音。
前か後ろか、右か左か。
「上だっ!」
べちんっ!
「あうっ!」
俺のアッパーカットが華麗にななこのアゴにヒットした。
「いひゃいですよー。何するんですかー!」
「真面目に仕事しやがれアホ」
こいつはさっきからオレを驚かそうとあれこれ下らない事ばかり仕掛けてきていた。
しかもあからさまにバレバレで、怖い要素のかけらもないものばかりで。
「今回ばかりは有彦に同意しますね。ななこ。貴方も精霊の端くれなら何か邪悪な気配を感じ取ったりは出来ないのですか?」
シオンさんは呆れた顔をしていた。
「……そう言われましても」
苦笑いをしているななこ。
「はっきりいってここにそういう類のモノはカケラもないです。平和そのものです」
「ふーん」
なんせこいつの言う事なのでどこまで正しいんだか信じ難いものがあった。
「あ、有彦さん信用してませんね?」
「だってなあ」
「……ふっ」
怪しく笑うななこ。
「実はさっきから有彦さんの背後に……」
「ああ? 背後がどうしたってんだよ?」
今更そんな言葉に騙されるわけ。
「い、乾くん……」
「あ?」
見ると弓塚もオレの後ろを見て硬直していた。
「……まさか?」
恐る恐る振り返る。
「ギャー!」
そこには恐ろしい顔をした乾一子という妖怪が!
「やかましい」
「うごっ」
頭をどつかれてしまった。
「一子。どうしてここに?」
「あー、いや、そっち系の仕事だったらあたしのほうが向いてるかなと思ってさ」
「……」
詳しくは聞いた事がないが、姉貴は霊感とかそういうのが無茶苦茶強いらしい。
オレはそういうの全然ないんだけど。
ななこやらシオンさんやら弓塚やらを引き寄せている辺り、そういう妙な体質なのかもしれない。
嬉しくもなんともないが。
「けどこりゃハズレだわな」
「一子がそう言うのであれば信用度は高いですね」
「えー、酷いですよー。わたしが言っても信用しなかったくせにー」
不満げな顔をしているななこ。
「つーかなんで姉貴を見てあんな顔したんだよ」
弓塚に尋ねるオレ。
「うわっ。完全無視ですかっ!」
「物事には優先順位というものがあってだな」
「だって……」
ぽんぽん。
「なんだよ……ってうおっ!」
そこにはつりあがった目をした化け猫が!
「な、なんだ……祭りで買ってきたお面じゃないか」
暗闇で見るとそれっぽく見えてしまうから不思議だ。
「ビビったな」
「うるせえ」
くそう、完全にからかわれてる。
「雰囲気作りにこんなモンも持って来たわけなんだが」
「そういう余計な気遣いはいらん」
「うわーん。無視しないでくださーい」
「……っと」
そろそろコイツのほうに触れてやらんとな。
「おまえは日頃の行いが悪いんだ」
ずばっと一言。
「有彦さんよりは役に立っているつもりですが」
「どの口が言うんだ? ああ?」
「いだだだだ! いひゃい、いひゃいですよ!」
「コラ」
ゴッ!
「イデエッ!」
後頭部を思いっきり殴られた。
「女の子の顔になんてことするんだい」
「だってさあ」
「大人げないですよ、有彦」
「そうだよ乾くん」
「……あい、すいません」
この状況では不利か。
「で、オバケはいないってことでファイナルアンサー?」
話を逸らす事にする。
「そういう事になるけどね」
「そうか……」
そうとも。オバケなんかいるわけないんだ。
オバケなんてないさ、オバケなんてウソさっ。
「ななこのおかげで事件解決だな!」
「……そう露骨に態度を急変されるのもなんだかなあって感じですけど」
複雑な表情をしているななこ。
「いえ、まるで解決はしてないですが?」
そしてシオンさんがそんな事を言った。
「どういうこと?」
「何度も言うようですが、今回の仕事の内容は墓場の幽霊騒動の原因究明です」
「あー」
つまりホンモノはいないとしても、原因を突き止めなきゃ駄目だってことか。
「柳の木を間違えたとかじゃねえの?」
「そんな、江戸時代じゃないんだからー」
「もしくはななこが夜中にこの辺を徘徊してたとか」
「わたしそんな事しませんよ」
むくれっ面をしているななこ。
「さっきからオバケとか幽霊とか言葉が違いますけど、目撃例はどういう話だったんです?」
「ん」
そしてコイツにしては妙に鋭い事を言い出した。
「どうなんだ姉貴?」
「えーとだな。しくしく泣いてる声が聞こえるんだと」
「ほうほう」
そりゃ定番だなあ。
「で、墓場を探して見ると人影がある」
「ふんふん」
「で、声をかけると姿が消えちまうんだってさ」
「……おいおい」
完全に幽霊そのものじゃないかそれ。
「被害は何かないんですか?」
シオンさんが尋ねる。
「いや、それは何もないらしいがね……」
少なくともいい話ではなさそうだった。
「なんだか気味悪い話……」
弓塚は困ったような顔をしている。
「もしかして正体は弓塚?」
冗談交じりにそんな事を言ってみる。
「そ、そんな事しないよっ!」
そりゃそうだ。
こいつはオバケとか駄目な人間である。
今もそれは変わってないらしい。
「そうか……わかりましたよっ!」
するとななこがそんな事を言った。
「なんだって?」
今の話で何がわかったっていうんだよ。
「うふふふふ」
ななこはびしっと蹄を向けて叫んだ。
「謎は全て解けました。犯人はこの中にいます!」