俺はななこの誘いに即返答した。
「えー、いいじゃないですか」
「こんなクソ暑い日に外に行くなんてごめんだ」
本日も三咲町は真夏日和でございますと。
「じゃあいつならいいんです?」
「夏が終わったら」
「あーりーひーこさーん!」
「だあ、やかましい」
「出かけないっていうならずっと叫んじゃいます。あーりひー」
「あー、わかったわかった!」
こいつはやると言ったら本気でやりやがるからな。
「それでこそ有彦さんです」
「……」
まったく恐ろしい馬である。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その104
「で、だ。行くってどこに行くんだよ」
「はい。一子さんがこんなものを下さいまして」
「ほう?」
ななこの差し出したチケットを見る。
「ウォーターワールドね……」
なるほどこの季節にはうってつけだ。
「楽しそうでしょう?」
「よし」
チケットを受け取るオレ。
「二枚か。弓塚とシオンさんどっちを誘おうかな」
ちょっと前の話だが、シオンさんの水着姿は既に堪能した。
とすると今度は弓塚か?
「有彦さん、怒りますよ?」
「オーケー。蹄を顔に向けるの止めような」
こいつのパンチは星が見えるほど強力なシロモノである。
「おまえ水着なんか持ってんのかよ」
そもそも着る必要あんのかという疑問もあるが。
「はい。ですからそれを今から買いに行こうと」
「誰が?」
「有彦さんと一緒にわたしがですよ」
「何を?」
「だから水着ですって。やだなぁ。ボケちゃったんですか有彦さん?」
首を傾げるななこ。
「……なあ」
「はい?」
「おまえ、普通の人間には見えないだろう?」
あれか、女性向け水着売り場を一人で徘徊する怪しい男。
なにやらぶつくさと独り言を呟いている。
「オレを不審者にしたいわけだな」
「それは全然問題ないですよ」
にこりと笑うななこ。
「わたし姿を見えるように出来るじゃないですかー」
「いや、オレはおまえに負担をかけたくないんだ」
「負担?」
「そういうのって力を使うんだろう?」
シオンさんが言っていたけれど、オレから力を補給できないななこは自前で力を調達するしかないそうだ。
その状態であれこれ使うと当然力は減っていくわけで。
「それも問題ありません」
えへんと無い胸を張る。
「マスターに力を補充して貰って来ましたから」
「……ちっ」
こういう事ばっかり無駄に用意周到である。
「有彦さん心配してくれてたんですかー。嬉しいですねー」
「いや全然そんな事はない」
ごねて行くのを止めさせようとしていただけだ。
「またまた、照れちゃってもうー」
びしびしと肩を叩いてくるななこ。
「イデ、イデエ!」
「あ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「わざとやってるだろおまえ」
「そんな事ないですってー」
「……ったく」
めんどくさいと思いつつ立ち上がるオレ。
「じゃあ行くか」
「はいっ」
と言ったはいいものの。
カッ!
「帰る」
「まだ一歩も歩いてないですよー」
外は雲ひとつない青天だった。
あまりの暑さに蜃気楼が見えやがる。
「こういう日は家でじっとしてるもんだぞ?」
「チケットの期限が近いんですよ」
「ああ?」
見ると期日は明日となっていた。
「もっと早く出しやがれアホ」
「貰ったのが今日なんですよー」
「ったく」
いっそ期限切れだったらよかったのに。
「行くしかねえか……」
そうなると勿体無いという心理が起こるから不思議だ。
実際は水着を買わなくちゃいけないからコストが増えるだけだというのに。
「……待て、一つ確認をする」
「はい?」
「金は持ったか?」
「奢ってくれるんじゃないんですか?」
「タコ」
頭を小突く。
「何が楽しくてテメエの水着の金を出さなきゃいかんのだ」
「水着の美女が見れるんだから安いものですよ」
「美女?」
きょろきょろと周囲を見回してみる。
「そんなものは見当たらないが……」
「ここですよー」
にへらと笑うななこ。
「オレには特にいいところの見当たらない馬しか見えないんだが」
「せーの……」
「暴力には屈しないぞ」
「ちぇ」
オレの抵抗にむくれた顔をする。
「わかりました。ワリカンにしましょう」
「びた一文払わん」
「ケチですねー」
「自分がおかしい事言ってるのがわからないのか?」
「ナイスガイの有彦さんだったらやってくれると信じていますから」
「はっ」
そんな言葉に騙されるオレじゃないぞ。
「途中でアイスでも買うか。奢ってやるぞ?」
「ありがとうございますー」
……あれ?
「ん」
街を歩いているとやけに視線が集まって来ている気がした。
「なあななこ」
「なんれすか?」
オレの買ってやったバナナアイス二段重ねをぱくついてるななこ。
「今、オマエって見えてるのか?」
「食事の時は見えますね」
「……どういう理屈なんだそれ」
「や、だって誰もいない空間に食べ物だけ浮いてたら怖いじゃないですか?」
「そりゃまあそうだけどさ」
とするとアレか。
「おまえ、その格好そのままで見えてるわけ?」
「はい」
「……なるほど」
視線が集まるわけだ。
コイツの格好はかなりエロいからな。
中身のほうも中々……ってコラ。
「ばか、ちょっとは考えろ」
「大丈夫ですよ」
ふふふと怪しく笑うななこ。
「わたしは有彦さん一筋ですしー」
「ばっか」
何恥ずかしい事言ってるんだコイツ。
「石ころと一緒で、そこに存在するけど関心は持たれませんから」
「どっかで聞いた理屈だなそれ」
某猫型ロボットの道具であった気がする。
「じゃあなんで視線が集まってるんだよ」
「んー」
首を傾げるななこ。
「興味を逸らせるための一番簡単な方法ってご存知ですか?」
「いや、わからんが」
「ある物事以上に大きなインパクトを与える事です」
「ほうほう」
「で、有彦さんには」
「コラ」
なんだそれは。
「オレは他の連中にどう見られてるんだ?」
「知りたいですか?」
うふふふと怪しく笑うななこ。
「……」
オレは無言で足を速めた。
「ああっ! 待ってくださいよ有彦さんっ!」
「うるせえ、人をダシに使うなっ!」
「冗談、冗談なんですからー」
「もうオマエの言う事は聞かん」
「待って下さいってばー」
そんなこんなで。
「……やっと着いた」
駅前の巨大デパートに到着。
「ここなら色々売ってそうですねー」
いつの間にやら視線もなくなっていた。
「もう余計な事はやってませんから」
「結局何をやってたんだよ」
「いやー」
何故か顔を赤らめて笑うななこ。
「ラブラブカップルに見えるようにちょっと細工を」
「……何やってんだよ」
頭を小突く。
「いたたたた……」
「ほら、行くぞ」
「はーいっ」
オレたちのどこがラブラブだってんだ、まったく。