頭を小突く。
「いたたたた……」
「ほら、行くぞ」
「はーいっ」
オレたちのどこがラブラブだってんだ、まったく。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その105
「……迂闊だった」
下着売り場ならともかく水着売り場なら大丈夫だろう。
そう考えていた時期がオレにもありました……と。
「ななこ」
「なんですか?」
「早くしろ」
「えー、もうちょっと待って下さいよー」
ビキニ姿のななこはそんな事をほざきやがった。
「……あのなあ」
下着と水着の違いってのはつまり、堂々と人前で見せられるかどうかだ。
その人前で見せられるというのが大問題なのだ。
プールや海だったらいい。
だがデパートの中という異空間で水着という存在は浮く。
むしろ下着と何ら変わりはない。
ただ露出の高いエロい格好である。
「……」
そんな空間に男が一人。
針のムシロの中にいるようなもんだ。
「他のも着てみますねー」
再び試着を始めるななこ。
「……ったく」
別にななこの姿なんぞどうって事はない。
が。
「ねえ、これどうかなー?」
隣の試着室であれこれ着ているグラマラス美人がやばい。
アルクェイドさんに匹敵するかもしれないような巨乳。
いや、それ以上か?
それがこうあれやこれやと大胆な水着を着て現われるのだ。
実に素晴らしい環境である。
「まったくけしからん……」
よーしななこ、当分は着替え続けていいからな!
「……どれでもいいと思うけどね」
巨乳の子に意見を求められている小柄な子は退屈そうだった。
こっちは水着にさほどこだわりがないようである。
「じゃあ今度はー」
さっとカーテンが閉められてる。
次はどんな水着を着てくるやら。
「……はぁ」
小柄な子が頭を掻きながら顔をこちらに向けてきた。
「っと」
慌てて視線を逸らせる。
「おい、まだか?」
なんてわざとらしくななこに声をかけてみたり。
「もうちょっと待ってくださいー」
「……」
ちらりと横を見るとその子はオレを不審げな目で見ていた。
「……」
この場合、こちらから何か言うのは状況を悪くするだけだろう。
「……」
「……」
静寂が痛い。
「アンタ」
「ん」
来たか。
「大変だね」
「……あ、え」
見ず知らずの子に心配されてしまった。
「まあ、うん」
女の子側から見てもオレの存在って浮いてるだろうからな。
「しゃあないさ、これくらいは」
「ふーん……」
ななこの入っている試着室に目線を向ける。
「悪い関係じゃないみたいだけど」
「まあな」
適当にぼかして返答するオレ。
「そっちも付き合いで大変そうだけど」
「慣れてる」
「ふーん」
見た感じ正反対の性格って感じなんだけどな。
案外そのほうがうまくいくのかもしれない。
「じゃーん!」
「お」
巨乳の子が出てきた。
「……うお」
またなんともギリギリの水着である。
下の食い込みもやばいが、胸がものすごく強調されて見える。
「おまえさん、いくらなんでもそりゃまずいだろ?」
「駄目かなあ?」
首を傾げる巨乳の子。
この子が海にいたら一歩進むごとにナンパされるだろう。
いや、むしろ真っ先にオレが声をかける。
「あたしはいいけどさ」
いいのかよ。
「アレが激怒しそうでな」
「どうして?」
「……どうしてって」
じっと巨乳を見つめる貧にゅ……もとい小柄な子。
「大人しくスクール水着にしないか?」
「いやそれはそれでやばいだろう」
思わずツッコミを入れてしまった。
「?」
巨乳の子がこっちを見てくる。
「えーと?」
「赤の他人」
「間違ってないけどその紹介の仕方はどうかと思うんだが」
さすがのオレでも苦笑いするしかなかった。
「お兄さん。この水着、どうですかね?」
前かがみになって尋ねてくる巨乳の子。
「……」
すげえ、グラビアでもこんなの見た事ないぜ!
「い……いや、駄目だろうこれは」
こっちの小柄な子が気苦労でどうにかなってしまいそうな気がする。
「そっかー。残念」
「もう最初のヤツでいいだろ?」
「んー。そうだねー。あれも可愛かったし」
「決まりだな。じゃ、着替えろ」
「はーい」
頷いて、ぺこりとこちらに頭を下げてくる。
「ありがとうございました」
「いやいや」
こっちもいいもん見させてもらいましたさ。
シャアッ。
カーテンが閉まる。
「助かった」
「いやー」
これであの子の際どい水着姿を見れたのはオレだけだ。
ざまあみろ世の中の男どもめ!
「……あたしはどうするかなー」
あさっての方向を見ながら呟く小柄な子。
「うーむ」
この子ならスク水も映えそうな気がするが。
巨乳の子の事を考えるとそのダブルコンボはあまりにも危険だろう。
「あのへんのがいいんじゃねえか?」
至極無難なビキニを薦めてみる。
「……そーさな」
頷いてそれを取りに行く。
「え、マジで?」
「こういう時に男の意見は参考になるだろうからね」
くっくっくとイタズラっぽく笑う。
「……うーむ」
こういうタイプはなんか新鮮だな。
「お待たせー。あ。決まったのー?」
巨乳の子が試着室から出てきた。
「この兄さんに決めてもらった」
「いや別にそんな大した事は」
つーかオレモテモテじゃね?
なにか、ひょっとして今年の夏はオレの季節?
「で、そろそろあっちも構ってやらんとまずいんじゃないかい?」
「ん」
ああそういやすっかり忘れてた。
「……いつまで着替えてるんだあいつ」
「ま、色々あるんだろうさ。色々と」
「むぅ」
なんだかこの子には色々と見透かされているような気がする。
そう。姉貴の目に似ているのだ。
こう、人でないものすら見えてしまうような……
「アレと一緒にいる限りアンタは安泰だ。安心するといい」
「……アレ、ね」
彼女とかそういう単語を使わないのは、まさか。
「じゃ、そういう事で」
「あ、待ってよー」
「はいはい、叫ぶな叫ぶな」
二人はレジの方へと向かっていった。
「気にしすぎか」
もう会う事もないだろ、どうせ。
「……せめて名前だけでも聞いとけばよかった」
あれだけの逸材、そう滅多には拝めんぞ。
「おーい」
しょうがないので並レベルのななこで手を打つ事にする。
「……?」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。
「じゃなくて」
もしかしてマスターとやらに緊急に呼ばれたとかだろうか。
それは非常にまずい。
ななこを待っているというタテマエがあるからオレがここにいてもおかしくないのだ。
一人でいたらそれはもう。
「……しかし」
開けて中を見る事も出来ない。
そんな事をしたら青い服着たオジサンに連れられていってしまう。
「……ななこ、いるなら出てこい」
「……」
「お」
出てきた。
「ずいぶん長かったじゃないか」
その割には水着を着てないみたいだが。
「有彦さんは巨乳が好きなんですね」
「う」
当然だが聞かれていたようだ。
「そりゃもう大好きさ!」
ここでそんな事はないと否定しないのがオレの凄いところである。
「……」
あからさまに非難の顔で俺を見るななこ。
「だがな、おまえも魅力があるんだ。それを忘れるな!」
ここで乾坤一擲のセリフ!
「み、魅力ですか」
一瞬表情が和らいだ。
さらに追い討ちをかける!
「そうだ。ナイムネはナイムネなりに……」
「……」
めこっ。
「……迂闊だった」
ナイチチと言っておくべきだったのだ。
え? 違う?
そりゃごもっとも。
「ほら、ちゃんと水着買ってやるから……」
「知りませんっ」
こうしてしばらくはななこの機嫌を治すのが大変だったとさ。
めでたくなし、めでたくなし。