「ねえ乾くん」
「なんだ?」
「……暑いよ」
「ああ、暑いな」
「暑いよ」
「二度も言うな」
「暑いよー」
「じゃかあしい」

弓塚の頭を小突く。

「うー、酷いよ乾くん」
「弓塚。暑い時に暑いっていうのは駄目だ。よけいに暑くなるんだから」
「今、三回も言ったじゃない」
「だあ、揚げ足取るんじゃねえ!」

ますます暑苦しくなってきたじゃねえか。
 
 


『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その106







さてこの仕事はなんでしょう。

答えは炎天下のティッシュ配りです。

「……死ぬ」

みんな暑いのがイヤなので足が速い。

そんなティッシュなんぞ受け取る余裕はないわけだ。

「もうちょっと効率いい方法ないかなあ」

弓塚はぐったりしていた。

「うーん」

万が一の事を考えてコイツは日陰に入れてやってある。

しかし日陰にいたって暑いもんは暑いのだ。

「取り合えず水分を補給しよう」

この仕事は稼ぎはいいのだが案外しんどい。

特にこういう日は地獄だ。

給料を倍にしてくれと言いたいくらいである。

がこん。

「ほれ」

自販で買ったジュースを差し出す。

「ありがと」

夏はなんといっても飲み物代がかさむ。

「家から持ってくればよかったねー」
「……だな」

冷やした麦茶をペットボトルにでも入れておけばよかった。

「でもこの暑さじゃすぐにあったかくなっちゃうか」
「……だな」

生ぬるいのを飲むならやっぱり……となってしまうわけだ。

「暑いとやる気なくなっちゃうねー」
「まあなあ」

ぱたぱたと手で顔を扇ぐ弓塚。

「……頭も働かなくなるしなあ」

胸元を開いているのはいいが、ブラジャーと谷間が丸見えだった。

この位置だったら俺しか見えないから何も言わないけど。

「さてと」

さぼってばかるわけにもいくまい。

「見えてるぞ弓塚」

堪能したので教えてやる。

「ええっ!」

慌てて胸元を押さえる弓塚。

「先に言ってよ、もうー」
「はっはっはっは」

暑さの中では心の清涼が大事なのだ。

「……しっかし」

じっと建物の中を見つめる。

「中はクーラー効いてて涼しそうだなあ」
「に、人間は自然の温度の中で生きるのが一番いいんだよ」
「……負け犬の遠吠えにしか聞こえない」
「だよねぇ……」

そしてその建物の中にはシオンさんたちがいるのだ。

仕事の内容なんてもんはどうでもいい。

向こうは文明の利器がある環境で働いていて、こちらは炎天下。

「勝ち組負け組とかいう言葉が一時期流行ったな……」
「じゃんけんで負けちゃったもんね」
「いやそういう意味じゃなくて」

そういう意味でもあるけどさ。

「はぁ。早く終わらないかなあ」
「ま、時間がくれば終わると考えればな。残業はないし」

これが社会人となると残業もあるし、他にも何だかんだで帰れないんだろう。

考えただけでぞっとしない。

「なんでこんな効率わりいシステムなんだろう」
「わたしに聞かれても」

世の中というのは不思議なもんである。

「姉貴が言ってたけどな、疑問に思ううちはいいんだ」
「うん?」
「それに慣れて、何も考えなくなるのが怖いんだ」

それの極端なカタチが戦争だったり抗争だったりするんだろう。

「残業するのがあたりまえでも普通になっちゃうってこと?」
「だろうな」

逆らえばきっと待遇が悪くなる。

だから従うしかない。

「……やだねえ」

そんなとこまで同じにしなくたっていいだろうに。

「あ、あんまり考えすぎると疲れちゃうよ?」
「だな」

だいたい考えたってつまらないだけだし。

「再開すっか……」

再びのろのろとティッシュ配りを始める。

これがせめて冷たいドリンクだったら受け取ってくれるんだろうが。

「そんなんだったらオレが飲むっつーの」

オレも思考能力が低下しているようだった。

「頑張ろうよ、乾くん」
「……おう」

現状を嘆いたってしょうがない。

とにかくやるべき事をやるだけだ。

「どうぞー」

受け取って貰えただけで涙が出そうになるね、まったく。

「おねがいしまーす」

こういう場合、弓塚のほうが圧倒的に人気が高い。

「マッチ売りの少女補正かな……」
「え、なに?」
「いや何でもない」

癒し系の顔だからということにでもしておこう。

「終わったらシオンさんたちに愚痴を言いまくってやる」
「あはは、そんなのかわいそうだよ」
「いーや、オレたちのほうがかわいそうだ」
「不幸比べはよくないよー」
「ぬう」

弓塚が言うと重みがあるような気がした。

「はーやーくおーわーれー」
「はーやーくーおーわーるー」

変な節を互いに呟きながら頑張る。

時間が長い。

長い。

暑い。

長い。

「……終わった!」
「はぁっ……」

そしてようやくタイムリミット。

たくさんあったティッシュもほぼ全てなくなっていた。

「これだけやりゃ上出来だろう」
「そうだね」

在庫を持って事務所へ戻る。

オレたちの仕事の評価は割とよかったようだ。

暑いなかご苦労さんとアイスに冷えた麦茶、おみやげにラムネまで貰った。

「なんだか得しちゃった気分」
「現金なもんだ」

けれど仕事を評価されるってのは嬉しいもんだ。

これでただ事務的に金を渡されるだけだったりしたら気だるい気持ちで帰るハメになっただろう。

「辛い仕事もいい事があるんだね」
「だな」

辛くても真面目にやっていれば評価をしてくれる。

それが正しい仕事のカタチだと思う。

「……まったく……不愉快です」
「お?」

家の傍でやたらとかっかしているシオンさんを見つけた。

「ど、どうしたの?」

遠慮がちに尋ねる弓塚。

「どうしたもこうしたもありません」

シオンさん曰く。

毎度の事だがてきぱきと迅速に仕事をこなしていたらしい。

仕事の内容自体にはまるで問題はなかった。

「ですが一人の中年男性がいわゆるセクハラ行為を行ってきまして」

それを注意したところ揉め事になったらしい。

なんでもある部署のお偉いさんだそうだ。

「権力に頼って弱者をいたぶるのは卑怯です」

言い方は悪いが、これがシオンさんだからよかったんだろう。

「もちろん理論を持って言い伏せましたがね」

もし弓塚がそこに行っていたら泣き寝入りをしていたかもしれない。

「……いや、姉貴がボコりに行くな」

むしろオレが殴る。

「まあ、たまにはこういう事もあります。気にせず次回の仕事へ臨みますよ」

シオンさんはどこまでもたくましかった。

さすがは路地裏……いや、それは言うまい。

「ラムネをあげよう」
「これは有彦が貰ったのでは?」
「いいんだよ」

傍目からは幸せそうに見えても実際はどうだかわからない。

世の中不思議なもんである。

「ところでななこはどこに?」

あいつもシオンさんと一緒だったはずなのだが。

「ななこは別の仕事だったんですよ」
「そうなのか」
「何をやってたのかな?」
「……確かヤキトリ屋だったかと……」
「……」

ヤキトリというのはつまり火の上で鳥を焼く料理である。

火。灼熱。

熱い、暑い。

アツクテシヌゼェー。

「……ラムネはあいつにやろうか」
「それが最良だと思います」
 

仕事ってのは実に大変で、難しい。



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