シオンさんが新聞を見ながらそんな事を言った。
「……そーだな」
湿気と豪雨の恐怖の塊、台風襲来である。
「でも仕事はあるんだよねぇ」
憂鬱そうな弓塚。
「しょうがないだろう」
それが仕事ってもんだ。
「こういう時くらい休みたいですよー」
「……そう思うんだけどなあ」
思うようにいかないのが仕事というもので以下略。
「まあ四人で仕事ってのも久々だしな」
「そうですね」
さて今日の仕事はなんでございましょう?
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その107
「いらっしゃいませー」
接客です。いいえ違います。
接客はしなくてはいけませんが、それはメインの仕事ではありません。
「これは殺虫剤ですか?」
「いいえそれは芳香剤です」
商品販売ですか? 違います。
「ねえ乾くん。これどこにあったかな?」
「えーと……どこだっけ?」
「トイレットペーパーの向かい側の棚です」
「だ、そうだ」
「わかったー」
正解は商品の陳列でございますと。
「有彦さん、これはー」
「……おまえらもうちょっと自分で探す努力をしろ」
俺たちは大量の商品に囲まれて悲鳴をあげていた。
「つ、次の納品が来たよー」
苦笑いをしている弓塚。
「そ、そうか……」
商品を出しても出しても次の商品がやってくる。
これをそれぞれの棚に陳列する作業なのだが、商品数が多すぎてとてもじゃないが把握しきれてない。
「あとまだティッシュと二階の商品が来るってー」
「……うわぁ」
こりゃスピードアップしねえとな。
「有彦、ここは分担にしましょう」
シオンさんがケースで搬入されたごっついダンボールを倉庫に閉まって戻ってくる。
「ってーと?」
「さつきは一階の雑貨関係を。ななこは二階の雑貨関係を。わたしと貴方で残りをやります」
「……なるほど」
階ごとに分担をわけるのはいい作戦かもしれない。
二階がななこってのは不安だが。
「できるな?」
「あ、う、えーと」
「無理でもやれ。期待してる」
「……はいっ」
「よし」
ななこにしてはいい返事をして二階へ飛んでいった。
「こら、行くなら上げる商品持ってけ!」
「す、すいませーん!」
商品の詰まった袋を持ってあがっていく。
「……さてと」
残りを片付けないと次が来てしまう。
「まず重量品を倉庫に持ってくか……」
オレは20ケースほど来た洗剤を処理する事に決めた。
「あまり持ち過ぎると腰を痛めますよ」
「わかってる」
3ケースづつほど担いで倉庫へと往復。
洗剤1ヶ1.2K。それが8ヶ入り×3で……
「……計算すると余計重くなりそうだから止めよう」
これをまとめ買いしていく主婦の皆さんも大変である。
「よっ! はっ!」
とにかくひたすらに往復。
「乾くーん。ペットボトルがー! 水のがもうないよー!」
弓塚が入り口のほうから倉庫に走ってきた。
「ああもう! 奥にあるから台車で持ってけ!」
季節柄2リットルの水がバカみたいに売れやがるのだ。
「100円は安いもんねえ」
「利益は4円がいいところだろうな」
迂闊に原価を知ってしまうと販売するのが馬鹿らしくなってしまったり。
100本売っても利益が400円ってどうよ?
「他のもんに時間割いたほうが特なんだよなあ……」
しかし客寄せの商品もなくてはいけないわけで。
「……ジレンマになりそうだ」
オレらは深く考えなくてもいいが、店長やら何やらは胃が痛くなりそうだよなぁ。
「ここにいましたか、さつき。あちらのお婆さんをトイレットペーパーのコーナーに案内してあげてください」
「ええっ? でもわたしは水を……」
「それはわたしがやっておきます。早く」
「あ、うん」
駆け足でお婆さんのほうへ向かっていく弓塚。
「……接客は苦手です」
「だろうなあ」
シオンさんは事務的な処理なら得意だろうが。
いらっしゃいませー♪
なんてのは苦手なのだろう。
「……くっ」
「何を想像しました、有彦」
「いや別に。さあ仕事仕事」
陳列陳列、ひたすらに陳列。
「なんでこんなに多いんですかねー」
ぐったりしたななこが上から降りてきた。
「搬入所の休み後だからだと」
つまり今まで搬入所にあった荷物がまとめてきたわけだ。
「うあー、いやな時に入れられちゃいました」
「いや、だから呼ばれたんだろオレら」
人数がいなくちゃ商品に埋もれてしまう。
「いいから口より手を動かせ」
「は、はーい」
「これが終われば後は楽ですから……」
そうして四時間は商品を出し続けただろうか。
「終わったー!」
ついに俺たちは最後の商品を出し終えた。
「お疲れさまぁ」
弓塚は水の補充をよく頑張ってくれた。
「流石に体力を使いましたね」
シオンさんは商品の位置を完全に把握し、わからない商品を聞けばすぐに答えてくれた。
「喉が渇きましたー」
ななこですら、高い位置への商品陳列など、はしごが必要な部分での手伝いで力を発揮していた。
「……みんな、よくやったな」
ジュースを奢ってやりたいくらいである。
「天気が悪いのは幸いだったのかもしれません」
「……言えてる」
納品物は多かったが客数自体は少なかったのだ。
やはり台風前ということと、怪しげな雲の存在が外出をためらわせたのだろう。
「空、真っ暗だもんねえ」
まだ夕方だというのに、夜のような暗さだった。
「まあ、大丈夫だろ」
今までずっとこんな天気だったが降る気配はなかったし。
「だといいのですが」
「みんな、ちょっと休んで来いよ」
ようやく一息つけるんだから。
「乾くんは?」
「一人くらいいなきゃ駄目だろう」
レジにはパートのおばちゃんがいるが、あっちはレジ専門だし。
「わかりました。ありがとうございます」
シオンさんが軽く頭を下げて二階の休憩室へ向かっていった。
「水分補給しよっと」
弓塚も一緒についていく。
「わたし飲み物ないんですがー」
ななこはオレに擦り寄ってきた。
「水でも飲んでろ」
「そ、そんなぁ」
「冗談。家から持って来た麦茶でよければカバンに入ってる」
「あ、じゃあそれで。いってきますねー」
「……ふう」
騒がしいのがいなくなって静かになった。
「奥の整理でもするかな……」
なんて倉庫に向かおうとした、その時。
ドザアアアアアアア!
「な、なんだっ?」
物凄い音が耳に入ってきた。
「げ!」
入り口のほうを見ると、景色がわからなくなるほどの豪雨。
「……しまった!」
外には売り出し商品が出されている。
だが雨への対策は、何もしていなかった。
「くっ!」
大慌てで外へ向かう。
商品がみるみるうちに濡れていく。
持てるだけの商品を持って中へ仕舞う。
大声でみんなを呼びたいが出来ない。
何故ならそれは客に迷惑がかかるからだ。
「コール……!」
休憩室へのコールを鳴らし、一秒でも早く来る事を祈るしかない。
「一体どうし……さつき! 今すぐ傘を!」
最初に降りて来たのはシオンさんだった。
「えっ? あ、うん!」
弓塚が奥に置いてあった販売用の傘を持って来る。
「有彦さん、これはどこに!」
「どこでもいいから置いとけ!」
ななこは既に商品を仕舞い始めていた。
「急げ!」
雨除けを出し、商品にビニールを被せ、また同時に仕舞う。
僅かな遅れが商品を駄目にしてしまう。
「くっ……!」
濡れた商品を拭き、売れた傘を補充し、中に仕舞った商品を邪魔にならない場所へ。
全身濡れ鼠になりながら作業を続ける。
ぽたっ。
終わった時には髪の先までぐしょぐしょになってしまった。
靴の中が水だらけで気持ち悪い。
「……疲れたぁ」
油断したところにこれだ。
肉体的にも精神的にも疲れて果ててしまった。
「うう、髪の毛びしょぬれぇ」
「……肌にまとわりつきます」
そんなオレの耳に入ってくるのはこんな声。
弓塚もシオンさんもぐしょ濡れである。
無論下着もスケスケ。
「……」
こんなにも疲れているのに。
この仕事も結構いいとこあるなあと思う自分は、どこか間違っている気がしてならないのであった。