夏だ!

さんさんと輝く太陽、きらめく汗!

そして!

溢れかえる人、人、人!

満員電車だ!

「……普通さ、こういうのって到着したところからやるもんじゃねえのかな」
「意味のわからない事を……言わないで下さいますか……有彦」
「きつい……よー」

俺たちは電車の隅っこでおしくらまんじゅうをしている最中であった。
 
 


『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その108












「ウォーターワールドにつくまでの我慢だろ」

ちょっと前に姉貴がななこに渡したウォーターワールドのチケット。

あれの第二弾を大量に貰ったので、ななこSGK総出で遊びに行こうという話になったのだ。

この間ななこと行った時もそれなりに楽しかったが、やはり大勢で行くというのも趣があるもんだ。

別に弓塚やシオンの水着姿が見れるぜイヤッホーイとかそういう気持ちはない。

全然ないぞ?

「うう……」

今はそれどころじゃないのだ。

現状を確認しよう。

満員電車の中。

オレは弓塚とシオンさんをかばうように立っている。

二人は壁に背中をつけている状態なのだが。

がたんがたん、がたんがたん。

「うおっ……」
「わ、わ……」

オレの体を押されると、当然の如く二人と密着してしまう。

いや不可抗力ですよ?

「熱い……」
「我慢してくれ」

だから二人も文句は何も言わない。

ここで調子に乗るのはアホなやつだ。

オレはあくまで紳士的に二人を庇うことにしていた。

「みなさん大変ですねえ」

半透明で壁から顔だけ出しているななこが怖いからとか、そんな事は断じて無い。

あいつの蹄がオレの頭に照準を向けてさえなければ……!

「テメエは楽でいいよなあ」

なんせ壁を透けてるくらいなので、満員電車なんて関係ないのだ。

「現地集合でよかったんじゃないか?」
「それじゃ旅の楽しさを味わえないじゃないですか」
「……その状態で楽しいもへったくれもねえだろ」

いや、きっと本人は凄い楽しいんだろうが。

「うふふふふ」

ああもうこいつ殴りたい。

「……あ」
「う?」

突如ななこの顔に困惑が浮かんだ。

「どうした?」
「……冗談ですよね?」
「おい?」
「わ、わたし遊びに……いや、その、決してそういうわけでは、はい」
「……ああ」

どうやらマスターとやらと交信中らしい。

「……あうう……」
「行かなきゃ駄目なのか?」
「……みたいです……」

半べそ状態のななこ。

「そうか……早く戻ってこれればいいがな」
「すいませんー」
「気にするな」
「でゅわ」

ななこは怪しげなポーズを取って消えてしまった。

「……あいつも大変だなあ」

それ以上に大変なのはマスターとやらなんだろうが。

「……」

さて、そんなやり取りをしている間も満員電車という状況は変わりない。

「……くっ」

無理な姿勢をしているせいでだんだん背中が痛くなってきてしまった。

「い、乾くん。大丈夫?」
「あ、ああ、なんとか……」

このくらいの混雑ならまだ耐えられる……はず。

ぷしゅー。

「……お」

電車が止まった。

「駅だね……」

これで多少でも降りてくれれば助かるのだが。

どどどどどど。

「う……うわっ?」
「んなっ……」

出ていくどころか、さらなる人の波が電車になだれ込んできた。

こうなるともう二人を庇うどころではない。

「い、乾くんっ?」
「うぐっ……」

オレと弓塚はほとんど抱き合うような形になってしまった。

これ以上の密着は色々とヤバイ。

ヤバイのだが。

がたん。

「うごっ!」

背中を押される。

「わあっ?」

むにゅっ。

「……!」

オレの体に伝わってくる柔らかな感触!

触れまいと頑張ってきたのに、ついにオレの体は弓塚と完全密着してしまった。

「あ、あう……」

戸惑うような声を出す弓塚。

「……くっ……」

離れようとするものの、背中は押し続けられていて動くことが出来ない。

「い、乾くん……」
「悪い……ちょっと……」

感触を楽しみたいとかそういう邪な心抜きで動けない。

だがこのふにふにがオレの心を激しく揺さぶり回す!

「……っ」

にやけてはいけない状況なのだが口の端が浮いてしまう。

オレは悪くないぞ!

これは満員電車という状況が……!

「ぐおっ!」
「や、乾くん、駄目っ……」
「いや……ちょ!」

背中に全体重をかけられているかのようだ。

これは本気でやばい。

オレはともかく弓塚への負担が危険だ。

ぷしゅー。

だだだだだっ!

「……はあっ!」

客が降りてスペースが出来た瞬間、一気に離れる。

「……うう」

弓塚は顔を真っ赤にしていた。

「わ、悪い」

狙ってやった状況じゃないにしろ、かなりヤバイ状態だった。

「う、ううん」
「……」

やたらと気まずい。

「さつき」

そこへ渋い顔をしたシオンさんが声をかけてくる。

「……シオン」
「わたしが間に入りましょう」
「あ、ああ」

そういやシオンさんもすぐ隣にいたんだよな。

ってことは今の状況を全部見られてたか……。

後が怖そうだなあ。

「こうすればいいのですよ」
「え、ちょっとシオン?」
「……」

今度はシオンさんと弓塚で抱きあうような形になった。

「これなら安全でしょう」

確かにそれなら弓塚がオレに触れる事はないだろう。

オレがシオンさんにぶつかったって背中越しだ。

「……しかし」

それが良案とはとても思えないのだが。

どどどどどどど!

「うぐっ!」

考えている間にまた人の波が押し寄せてきた。

「わあっ!」
「……っ!」

今度は弓塚とシオンさんで密着するわけだ。

するとどうなるか。

「やっ……し、シオン! 胸がこすれて……!」
「さ、さつき……! そんな……動かないで……!」
「……」

セリフだけだとどこぞのエロマンガみたいである。

いや状況的にも近いのか?

身長の問題というかなんというか、二人の胸がぶつかり合っている光景がしっかりと見えてしまう。

「……有彦! もうすこし距離を……!」
「んな無茶な……」

これでもシオンさんに下半身をぶつけないよう苦労してるんだぞ!

なんでかって、聞くな。

「やっ……き、キツイよお!」
「駄目です、もう少し我慢を……!」

この声、オレにしか聞こえないような小さい声なのだが。

それがまた妙な怪しさを増長していてやばい。

「あ……やっ……んんっ! シオンっ……」
「さ、さつき……」
「……」
 

満員電車の中の温度と密度はますます増しているかのようだった。
 

ウォーターワールドはまだなのか。
 
 

このまま永久に着かなきゃいいのに。
 
 

……あれ?



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