「とにかく行きましょう。夜の間に仕事を終わらせなくてはいけませんから」
「あー、うん」

結局仕事の内容はまだ聞いてないんだが。

まあいい、行けばわかるだろうきっと。

「大丈夫ですかねあの弓塚って人。かなり頼りなさげなんですけど」
「……」

オレはとりあえずこいつに五十歩百歩と言うことわざを贈呈しなくてはいけないようであった。
 
 



『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その11







「じゅういち、じゅうに、じゅうさん、じゅうし……じゅう……ごっ」
「15だな? よし……」
「あ、ま、まだですっ。底にもうひとつありましたっ」
「……だあコノヤロウ。もう書いちまったじゃないかよっ」
「だって難しいですよこれ……」
「乾くん、わたしもう疲れた……」
「泣き事言ってんじゃねえ弓塚!」
「だ、だって」

オレが怒鳴ると弓塚は困惑した顔でオレに尋ねてきた。

「吸血鬼と棚卸しって……丸っきり関係なくない?」
「それはむしろオレが聞きたいくらいだ」

そう、今回の仕事は路地裏にある倉庫内の商品の棚卸し作業だった。

棚卸しというのは、要するにそこにある商品の数が合っているかどうか確認する作業なのだが。

吸血鬼のパワーとかそういうのはまるで必要ない。

重要なのは集中力と正確さ。それと根気である。

「有彦が気を失っている間に私の特技を披露しろと言われまして。ざっと円周率を1000桁ほど詠唱したんですよ」
「……つまりシオンさんの正確さと記憶力を見込まれたってことか?」
「そういう事です。極端に言えばこの仕事は私一人でも十分可能です」
「確かになぁ」

シオンさんは分割思考だかなんだかという奴を使って六個くらいのアイテムを同時に検品していたりした。

単純計算でもそのスピードはオレたちの六倍なわけである。

「貴方たちは仕事の妨げになっていると言ってもいいでしょう。一々声をあげて検品しないで下さい」
「あうぅ」

ななこは涙目になっていた。

「……言い辛い事をずばっと言うなぁ」

確かに弓塚とななこは足を引っ張りまくりなわけなんだけど。

「シオンっていつもそうなの。わたしはだいぶ慣れたけど結構キツいよ?」
「そうなのか……」

だがそういうキツい性格のねーちゃんが不意に見せるテレ顔やらなんやらは犯罪的に可愛いのである。

そこに命を賭ける男は多い。

「遠回しに言うのは時間の無駄ですから」
「まあな」

つまり普段とのギャップがたまらないというやつだ。

遠野の妹の秋葉ちゃんとかでも同じ事が言えるだろう。

最近はそういうねーちゃんの事をツンデレとか言うらしいが。

「そう言う訳で貴方たちは明後日の方向で休んでいて下さい」
「え? いいのか?」

いくらスピードが遅いったってやらないよりはマシだと思うんだけど。

「構いません。この程度の仕事、苦にもなりませんし」
「ありがとうシオン」

にこりと笑う弓塚。

「口はキツいけど優しいんだよ」
「……ほうほう」

シオンさんの評価がまたちょっとアップした感じだ。

「有彦さんがまた何か良からぬ事を考えてます……」

ななこはやたらと不満げな顔をしていた。

「仕事しないで収入が入るんだから文句言うなアホ」

軽く頭を小突いてやる。

「うー」
「取りあえず移動するぞ」
「はーい」
「あ、ま、待ってくださいよ〜」

シオンさんの邪魔をしないようにオレたちは少し離れることにした。
 
 
 
 

「でも仕事しないとヒマだよね。何しよっか」

適当な広い場所に座ったところで弓塚が尋ねてきた。

「そうだなぁ。弓塚が吸血鬼になったいきさつを話すってのはどうだ?」
「話してもいいけど暗くて悲しい話になっちゃうよ? あんまり思い出したくないし」
「悪い」

これは冗談でも言うべきじゃなかったようだ。

「……ううん。気にしてないよ」

そう言ってにっこりと笑う弓塚。

「そうか」

弓塚の奴も強くなったんだなあ。

「その意思の疎通具合がなんとも……やはり深い仲だったんじゃ……」
「うるせえなあ」

なんだかよくわからないけど、ななこが嫉妬の塊と化している。

やっぱり吸血鬼相手で苛立ってたりするんだろうか。

「別に弓塚とは恋人とかそういうのじゃなかったつーの。むしろ恋路を応援してたって言っただろう?」
「や、やだっ。恋路だなんて……ただのわたしの片思いだったんだからっ」

顔を真っ赤にして腕を振り回す弓塚。

「はっはっは」

人間時代だったら、この腕を軽く受け止めて遠野の方向に弓塚を移動させるのがお決まりだったのだが。

ぱし。

「うおっ!」

軽く手を受けただけのつもりが吹っ飛ばされそうになった。

「あ、ご、ごめん」
「……なるほど」

ようやく弓塚が吸血鬼になっちまったんだなあという実感が涌いた気がした。

「ま、まあアレだ。せっかくだからその弓塚の失敗談でも話してやるか」

などと暗くなってもしょうもないので、場を明るくさせようとそんな事を言ってみた。

「いいいいい、乾くんっ!」
「あー。それは興味ありますねー。それ次第では敵か味方かがはっきりしますので」
「まだ言うかオマエは」

再び頭を小突く。

「あうぅ」
「い、乾くん。そんな話したってつまらないよ全然っ」

弓塚は相変わらず顔を真っ赤にしている。

「いや、弓塚の反応を見ているだけでも面白いんだがな」
「ちょっとぉっ!」
「まあいいじゃねえか減るもんじゃねえんだし。思い出話っつーのもいいもんだぞ?」
「駄目駄目! 駄目だってばあっ!」
「やかましいですよ貴方たちっ!」
「うおっ」
「わ、わ?」

遠くのほうからシオンさんの怒鳴り声が響いてきた。

「……少し静かにして下さい」
「す、すいません」
「ご、ごめんなさーい」
「もうしませーん……」

とりあえずみんなで謝っておく。

「……ほ、ほら怒られちゃったよ。止めようよ乾くん」
「弓塚が静かにしてればいいだけの事だろう」
「もう……」

大きくため息をつく弓塚。

「わかったよ。乾くんタマにガンコだもんね。言い出したら絶対やるんだもん」
「そんなオレのお陰で、一緒に学食で飯を食えたし、班が一緒になれたことを忘れて貰っちゃ困るな」
「……それを言われるとちょっと弱いかも」
「つーわけで弓塚の赤裸々な過去を暴露だっ」
「そう言う言い方止めてってばあっ」
「はっはっは」

あんまりからかいすぎると、またシオンさんに怒鳴られてしまうのでこの辺にしておこう。
 

「んじゃまあ……ええといつの話だったかな。まあどうでもいいか。まず最初に弓塚の一言から始まったんだが……」
 

続く



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