「いいか弓塚」
「え?」
「一人では単なる火に過ぎない。だが、二人合わせれば大きな炎になるという事なんだな……!」
「意味がわかりませんよ有彦?」
「ああ。わからなくていいんだ」
 

とにかくオレは今の光景を忘れないように、しっかりと心のアルバムに刻むのであった。
 
 


『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その111







「さて」

いつまでも二人を見ていたいがそれじゃ話が進まない。

「準備体操をしよう」

せっかくプールに来たんだから楽しまないとな。

「意外とまめですね、有彦。貴方は何も考えずに水に飛び込むタイプだと思っていましたが」
「それはオレをアホだと思っていたと解釈していいのかな?」
「いえ、単細胞だと認識していただけです」
「同じだっつーに」

思わず苦笑いしてしまう。

「体操しないで足つっちゃったりしたら、もっとかっこ悪いもんね」
「そうそう」

体操はしなくてはいけないものなのだ。

まあ、オレが何故こんなに体操にこだわるのかというと。

「いっちに、さんし……」

足を大きく開いて体を揺らし。

「ん……」

体をしっかりと伸ばすその姿をごく自然に見ることが出来るからだ。

上体を逸らした時の胸のラインなんぞ、この時くらいしか見れないんじゃないだろうか。

「……ゴハアッ!」

アホな事を考えながら体を動かしていたら関節がごきりといった。

「だ、大丈夫乾くん?」
「……ああ、平気だ」

こんなところで死んでたまるものか。

オレの夏はまだこれからだ!

「さて体操も終わったことだし」

そろそろ水と戯れるとしましょうか。

「オレたちもウォータースライダーやろうぜ!」
「ええっ?」

オレの提案に困惑の声をあげる弓塚。

「なんだよ。怖いのか?」
「こ、怖くはないけど」
「ならばよいではないですか」

シオンさんはオレの味方だった。

「はい。多数決でも決定。さあ行くぞ」
「あうー」

弓塚の手を引っ張り階段を昇っていく。

「……結構あるな」

地上から見ていた感じよりも高い場所から降りるようだった。

「ねえ、やめようよー」
「今更ですよ、さつき」
「ううー」

前門のオレ、後門のシオンさんに挟まれえっちらおっちら登っていく弓塚。

「ひゅー」

てっぺんは実にいい眺めだった。

「20メートルはあるんじゃないか?」
「そ、そういう事言わないでぅ」
「直接飛び降りるわけではないのですから」

そう、ここから地上までの間、曲がりくねったスライダーを降りていくのだ。

単純だがこれが実に爽快。

「先手はオレが行こう。弓塚は二番目、シオンさんが三番目だ」
「ええっ? 一人で降りるのっ?」
「なんならオレと一緒に降りるか?」

などと手をわきわきさせてみる。

「乾くんがいじめるー」
「アレだったらシオンさんと来りゃいい」
「……だって?」

頼るようにシオンさんを見つめる弓塚。

「情けないですね。この程度の高度がどうだというのです」
「そんなぁー」
「ほら、後がつかえてるんだから。ちゃんと降りて来いよ!」

先行してオレがまず滑り降りる。

ひょおーっと。
 
 
 
 
 

ざっぱああんっ!

「うははははははは!」

一番下に待ち受けているプールに飛び込んだオレは思わず笑い声をあげてしまった。

いや予想以上に面白かった。

まさか途中であんなうねりがあるとは。

波あり谷あり、いい出来だったと思う。

「しかし問題は……」

弓塚がどうなったかだ。

中々降りてきやしねえ。

あの様々なトラップに弓塚が耐えられるのか?

「きゃああああああああああ……」
「……お?」

来た?

「……あああああああ……」
「って!」

なんだよあのスピード!

ヤバイこのままじゃ直げ……

「ああああっ!」
「ぎゃーっ!」

どごっ!

回避は間に合わず、オレは弓塚と真正面から激突してしまった。

「うごごごご……」

プールの中へ沈んでいく。

やばい。早くあがらなくて……

「わあっ!」

オレの顔の目の前に三角の布があった。

これは弓塚の水着……つか下半身じゃねえか!

「〜〜! 〜〜!」
「ごっ……がっ!」

弓塚が足をじたばたさせるせいで、太ももが頬にあたあたあた!

このまま永遠に時が止まってしまえばいいのに!

「……」

って落ち着けオレ! 死ぬぞ!

まずは弓塚を落ち着かせることだ。

いやそんな余裕もない。

もうここは力技で!

がしっ!

弓塚の太ももを掴む。

柔らかくむちむちし……ってそんな解説してる場合じゃない。

「……お……りゃああっ!」

そのまま水上めがけて勢いよくかち上げた。

「……ゃあああああっ!」

ざばーん!

やや離れたところにひっくり返る弓塚。

「……あー」

死ぬかと思った。

いや、シチュエーション自体は素晴らしかったのだが。

その代償が命というのはいくらなんでも重すぎる。

「だ、大丈夫か?」

弓塚を放置してもなんなので手を掴んで引っ張り上げる。

「うわぁん、怖かったー!」
「こ、こら」

弓塚は涙目のままオレに抱きついてきた。

こいつ恐怖のあまり錯乱してやがる!

「ええい落ち着け、落ち着いてくださいいやマジでホント!」

そんなに体を、胸をすりつけてくるなあああ!

「イダ、イダダダダ!」

水着というのは伸縮性がないものである。

だからサイズが変わったりすると痛いのだ。

何がかは聞くな。

「まあ待て! 冷静に話し合おう」
「うううぅ……」

潤んだ瞳のまま上目遣いでオレを見つめてくる。

だからそういう視線はやめろと!

「しししし、シオンさんはどうしたのかなあっ?」

とりあえず弓塚を引っ剥がすオレ。

「……あ」

その言葉で弓塚に理性が戻ったらしい。

「ご、ごめんなさいっ!」

顔を真っ赤にしてオレから離れる。

「お……おう」

いやむしろオレとしては非常に喜ばしいかつ危険な状態だったわけですが。

まさかのっけからこんな大イベントが待ち構えているとは。

素晴らしきウォーターワールド!

「……えと、大丈夫?」

遠慮しがちに尋ねてくる弓塚。

「いや全然平気」

頭は大問題かもしれないが。

それはもうどうしようもないだろう。

「……でシオンさんは……」
「わたしの後から来るって言ってたけど」
「ふむ」

しかしこれまた来る気配が……

「〜〜〜〜〜〜っ!」
「あ?」

上から聞こえてくる悲鳴のような声。

なんだかすごくイヤなような嬉しいような予感がするんですがボク。

「ああああああっ!」

上からとんでもないスピードで滑り落ちてくるシオンさんの姿。

「またかよ!」

そして逃げるヒマもなく。

ばふっ!

「がはあっ!」
 

シオンさんのダイブをモロに喰らってしまうのであった。



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