そして逃げるヒマもなく。
ばふっ!
「がはあっ!」
シオンさんのダイブをモロに喰らってしまうオレであった。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その112
「さて次はどこに行くか……」
俺の頬には真っ赤なモミジ跡が出来ていた。
くそう、飛び込んできたのはシオンさんなのにっ。
だがこの手の感触は絶対に忘れんぞっ!
「……どうやらまだ足りないようですね」
普通ならここで情けなく謝るところだろう。
だがオレは遠野とは違うっ!
「いやしかしシオンさんにも怖いもんがあったんだな」
などと笑ってみせた。
「予想よりも流れが急だっただけです。次は不覚は取りません」
それを聞いて顔をしかめるシオンさん。
「ほう。じゃあもっかいやるか?」
「有彦にセクハラを受けそうなので遠慮します」
「逃げるか」
「そのような安い挑発に乗るわたしではありません」
バチバチバチバチ。
「ま、まあまあ二人ともー」
弓塚が間に割って入ってくる。
「楽しく遊ぼうよ。ね?」
「……確かにな」
美人といがみ合ったってメリットなんか何もありゃしない。
「オレが悪かった」
このへんで引いておくべきだろう。
「……いえ、わたしも少し言い過ぎました。わたしの落下地点に有彦がいたのは不測の事態でしたし」
「あっはっはっはっは」
弓塚ともみくちゃになってたせいであそこにいたというのは伏せておいたほうがよさそうだった。
「で、どうする?」
「一子さんたちはどこに行ったのかな」
「多分流されるプールだと思うけど」
「流される?」
「やだ乾くん。流れるプールでしょ?」
「いや、言葉的には合ってるだろう」
人間がひたすら流されていくプール。
「それはそうだけど、なんか怖いよぅ」
「はっはっは」
とまあ冗談はさておき。
「俺らも流れてればそのうち遭遇するだろ」
「逆に歩いていったほうが早いのでは?」
「それは正論だけど面白くないからな」
「ふむ」
腕組みをするシオンさん。
「一周様子を見てみましょうか」
「決まりだな」
そんなわけでオレはさっそくある場所へ向かうのであった。
「どこへ行くんです?」
「いいもの借りに」
流れるプールといったらやっぱりアレだろう。
「じゃーん」
「ゴムボート?」
「そうだ。これに乗って流れるのは気持ちいいんだぞー?」
ありがちな表現だが、夢ごごちとさえ感じられる。
「これに二人で乗ってくれ。オレは後ろから押していく」
「いいの?」
「何か裏がありそうですが」
「そんな怪しまないでもいいだろ。ひっくり返したりしないってのに」
オレはただ純粋に楽しんでもらおうとだな。
「……そうですか?」
いかん。まるで信用されてないぞ。
「じゃあわたしが最初に乗るってことでどうかな?」
「さつきが……ですか。いいでしょう」
「サンキュー弓塚」
弓塚はやっぱいいヤツだなあ。
「……よっと」
流れに入れる部分にボートを浮かべ押さえる。
「じゃあ乗るねー」
ひょいとその上に乗る弓塚。
「押すぞー」
「うんー」
後ろからそれを押して流れに乗っていく。
「……」
シオンさんも横に並んでついてきた。
「あはは、ふわふわしてる感じ」
波に揺られてきゃっきゃとはしゃいでいる弓塚。
「だろう」
ゴムボートなんて子供っぽい……と思いきや、これが案外ハマるのだ。
「えいえいっ!」
「こら止めろっ!」
上から俺たちにしぶきを浴びせてくる弓塚。
「やりましたね、さつきっ!」
対抗してシオンさんが水をかきあげる。
「きゃあきゃあっ」
「うんうん」
健康的で実にいい。
やっぱり水着は動いてナンボのものだからな。
じっとしてる姿なんざグラビアだって見れる。
ばしゃあ!
「ごほぁっ!」
「あははは、油断大敵だよー」
「……コノヤロウ」
こういう場合、上にいるほうが精神的に有利なのだ。
「うっおー! パッワーゲイザー!」
オレは反撃とばかりに拳を思いっきり水面に打ちつけた。
ざばあっ!
「きゃああっ」
「わぷっ……!」
そのしぶきは弓塚もろともシオンさんまで巻き込んで。
「わわっ?」
水上にいた見知らぬ女の子にまで直撃。
「有彦っ!」
「わ、悪い」
まずはシオンさんと弓塚に謝り、慌てて水面にあがる。
「大丈夫っスか!」
さすがに顔まではかからなかっただろうが、かなり驚かせてしまったはずだ。
「……びっくりしたぁ〜」
「あ、あれ?」
はてこの子はどこかで見たような。
「あ」
向こうのほうが先に気付いたようだ。
「先日はありがとうございましたー」
ぺこり。
「ど、どういたしまして?」
何故オレはお礼を言われてるのだろう。
「誰ですか」
何だか知らないけどシオンさんの冷静な声が痛い。
「知り合い?」
弓塚はオレの顔と、それから無意識になんだろうがその子の胸を見ていた。
なるほどこりゃすごい。
こうばい〜ん!って感じで……
「あ」
思い出した。
「あの時の?」
「はい〜」
「えーと」
そう、ななこと水着を買った時に会った……
「羽居っ」
「あ。蒼香ちゃんー」
「ったく! さっきから何度も言ってるだろ。ホイホイ男についてくなって……お?」
「ど、どうも」
「アンタは……」
この子も見覚えがある。
巨乳の……羽居というらしい女の子が水着を選んでいた時に話しかけてきた子だ。
こっちの子は蒼香というのが名前だろう。
「今日は彼女さんを置いて浮気かい?」
「いきなりそれかい」
思わず苦笑してしまう。
「有彦の知り合いなのですか」
もう一度シオンさんが尋ねてくる。
「いや、面識があるっていうか……たまたま一緒になった程度?」
「偶然ですねー」
ほわんとした顔で笑う羽居ちゃん。
「ま、縁ってヤツだろうな」
蒼香ちゃんはやれやれという顔をしていた。
「じゃあせっかくだから仲良くなろう。名前と住所と電話番号を」
「えっと、名前はー」
「はいはい言わないでいい言わないでいい」
口を塞がれてしまった。
「羽居ときたらさっきからずっとこんな調子でね。正直こんなトコ来たのに後悔してる」
「えー? でも楽しいよ〜?」
「……はぁ」
なんつーかこう、見ているだけで気苦労が伝わってくるかのようだった。
「ふむ」
それを見て何か思うようなところがあったのだろうか。
「どうです? 二人でいると危険ならば、わたしたちと一緒に行動するというのは」
シオンさんがそんな事を言い出した。
「ええっ? いいんですかー?」
もちろんこれは羽居ちゃんだ。
「おまえさんは少し黙ってろ。いいのかい? せっかくのデートを邪魔しちゃって」
「そのような行為はまったく行われてないですから」
「……はっはっはっは」
割とデートっぽいことしてたと思うんだけどなあ。
「んじゃ、好意に甘えるとしましょうか」
「宜しくお願いしまーす」
まあ美人が二人増えたというのは喜ばしい限りだ。
素晴らしき流れるプール!
オレは今とても充実している!
「ん……」
空を見上げると、しぶきなのかか何なのか、きらりと星のようなものが見えた。
「なんとこーかくけんおーぎー!」
どこからかそんな叫び声が聞こえる。
「し……死兆星?」
いや、そんなまさかな。
はははははははは。