「なんとこーかくけんおーぎー!」
どこからかそんな叫び声が聞こえる。
「し……死兆星?」
いや、そんなまさかな。
はははははははは。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その113
「どうしたの乾くん」
「ん?」
弓塚が俺に尋ねてきた。
ちなみに現在ゴムボートの上は弓塚とシオンさんの二名が乗っている。
「さっきから変な顔してるけど」
「こんな状況に戸惑ってるんじゃないかい?」
蒼香ちゃんと羽居ちゃんはボートの横を泳いでいた。
確かにこの状況は素晴らしい。
素晴らしすぎるくらいだ。
だがそれだけに何か起きるような気がする。
「いや、プールに来るとやりたくなることがあるんだよな」
取り合えず適当に誤魔化すとしよう。
「気になりますね」
「大したこっちゃねえんだけど……」
ゴムボートから離れ距離を取る。
そして。
「切れろ切れろ切れろぉー!」
掛け声と共に水をかけまくる。
やはり水といえばこの必殺技だ。
「きゃあっ!」
飛ばした水しぶきの直撃を食らう弓塚。
「とどめだ! 南斗紅鶴拳奥義……」
さらにフィニッシュの一撃を放とうとした瞬間。
ばんっ!
「ぬっ!」
ゴムボートの上のシオンさんが飛んだ。
「おおっ……」
ひらりと空中を回転するシオンさん。
思わずその太ももに目を奪われてしまった。
「南斗水鳥拳奥義! 飛翔白麗!」
ばっしゃああんっ!
激しいしぶきが起きる。
「ば……バカな!」
そして両肩に打ちつけられたシオンさんの腕。
ゆっくりとそれを掴む。
「衰えましたね……有彦」
シオンさんが冷静にそんな言葉を呟いた。
「だがオレは……こんな死に方はせん!」
その両手を移動させ、オレの胸元へ。
ばしゃあっ!
再び水しぶきが起きる。
「有彦……!」
「シオン……オレよりも美しく、強い女よ……」
がくりと肩を下ろすオレ。
ちなみにこの小劇場、流されながらやってるので割とマヌケである。
だがそれも終わる。
このセリフで。
「せめて……その胸の中で!」
すかっ。
「ぶっ!」
オレは顔面を思い切り水面にぶつけてしまった。
「し、シオンさん! ここまでやってそりゃないでしょう!」
本来なら思いっきり胸に顔をうずめるシーンなのに。
男同士だけど。
「付き合ってあげただけ感謝してください有彦」
ちなみにシオンさんがこのネタを分かるのは、ちょっと前にオレの部屋でそのマンガを読んでいたせいである。
「くっそう」
せっかく自然に胸に飛び込めると思ったのだが……無念。
「もう乾くんってば……」
「……懲りないねおまえさんも」
「お兄さんって面白いですねー」
「はっはっはっはっは」
取り合えずウケは取れたようだ。
ならばよし!
「さて、そろそろ真面目に一子たちを探したほうがいいのでは」
「……そーだな」
合流しないと後でめんどくさそうだし。
「ちょっといってくらあ」
こういう場合ななこを先に呼んだほうが早いだろう。
一緒に行動して無かったらアウトだけど。
「了解しました。わたしたちはこのまま流れています」
「そうしてくれ」
蒼香ちゃんや羽居ちゃんがいる前ではさすがに呼べないからなあ。
「いってらっしゃいー」
ぶんぶん手を振ってくれる羽居ちゃん。
「ははは……」
なんとしてもこのプールの間に仲良くなりたいものだ。
「……さてと」
人気のないところ……なんてあんまり無いのでシャワー室に入ってしまう。
「ななこやーい」
呼んでしばらく待つ。
あいつのことだから壁を抜けてでも現われるだろう。
「やっと呼んでくれましたねー……」
「お」
現われたななこはへろへろの顔をしていた。
「姉貴か」
「もうほとんど全部のプールを制覇しちゃいましたよ」
「……そらすげえ」
このウォーターランドには結構な数のプールがあったはずなのだが。
「で、姉貴は今どこに?」
「はい。東の休憩所で休んでたとこです。有彦さんに呼ばれた事は伝えてありますんで」
「そうか。じゃあシオンさんたち呼んで合流すっかな」
「わたし、今度は有彦さんと一緒に行動しますからねっ」
そう言ってぐっとしがみついてくるななこ。
「うぐっ!」
それはとてもまずい。
「どうかしましたか?」
いや、だがいずればれることだ。
先に言っといたほうが後でもめることもないだろう。
「いや、こないだ水着買いに行っただろ?」
「はい」
「あの時に会った子たちと偶然遭遇してな」
「……偶然、ですか?」
いぶかしげな顔をするななこ。
「んなもん狙い済まして会えるわけねえだろ」
「まあそれもそうですねぇ」
「だろ?」
「では行きましょうかー」
「え? あ、おう」
なんだかいやに素直である。
姉貴に引っ張り回されて疲れているせいだろうか。
「おーい」
「あ。乾くーん」
ゴムボートの上は構成が変わって弓塚さんだけになっていた。
シオンさんと羽居ちゃんたちはプールを流れている。
「ななこちゃん見つかったんだね」
「おう」
「いやーもう大変でしたよー」
弓塚の隣にひょいと座りこむななこ。
「お知り合いですかー?」
そんなななこに声をかける羽居ちゃん。
「はじめまして、ななこと言います」
にっこり。
「……はじめまして?」
ああ、そういやこいつ直接会ってはないんだっけ。
「宜しくお願いしますー」
ぺこりと頭を下げる羽居ちゃん。
おおうっ、胸が強調されてなんともっ……
「あたしは月姫蒼香。ま、宜しく」
「はい。ご丁寧にどうもー」
「……ん?」
ななこのヤツ、さっきから変な感じだ。
ネコを被っているんだろうか。
いつもだったらこう「有彦さん! 誰ですかこの人たちはっ!」ってなる気がするんだが。
それから「そんなに胸ばっかり見ないで下さい! このおっぱい魔神!」となる。
「いやそこまではいかんな」
とにかくこう揉め事に……
「どうしました? 有彦」
「ああ、いやなんでもない」
まあ静かならそれに越したことはないだろう。
「姉貴は東の休憩所だそうだ」
「ではこのまま流れて行けば到達できそうですね」
「おう」
そのままみんなでだべりつつ流れていく。
きゃっきゃうふふと様々な話題で盛り上がる美女たち。
「それからそれからー」
「うんうん」
「……」
見ているだけで癒されるようだ。
「だろ? それで……」
そしてその中心にいるのがオレ!
なんて素晴らしい。
まるで夢のようだ。
「はっ!」
もしかして夢オチだったりしないよな?
「おいななこ!」
コレはなんとしてでも確かめておかなくてはいけない。
「はい?」
「オレを殴ってみろ」
「はいっ。わっかりましたー!」
「い、いや、そんな笑顔で……ゴハァッ!」
水しぶきと共に吹き飛ぶオレ。
だがこの痛みはホンモノだ。
これは夢じゃない。
現実なのだ!
「さあこれからたのし……」
プールから這い上がった途端、意識が揺らぐ。
ああ、あのバカヤロウ。
本気でやりやがったな。
「……い」
オレもバカだった。
ななこになんか頼まなきゃよかったのだ。
がくり。
オレはそのまま意識を失ってしまうであった。