「やっほー?」
「?」

その女性が手招きをしている。

「え……」

周囲にはオレ以外誰もいない。

「暇かしら?」

これってもしかして。

「ぎゃ、逆ナンパだとっ……!」
 

この乾有彦がモテモテになる日が来たというのか!
 
 

『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その117





「何かご用ですか美しいお姉さん」

きらりと歯を光らせて笑うオレ。

「あはっ。面白いわねーキミ」
「乾有彦といいます」
「へえ?」
「お姉さんはなんというお名前で?」
「んふふー。内緒」

にやりという擬音がしっくりくるような笑み。

「名前ってのはね、そう簡単に明かすものじゃないのよ」
「そうっスか?」
「ええ」
「ではなんと呼べばいいでしょう?」
「んー。あるコには先生って呼ばれてたけど」

先生なのか。

先生とのいけない関係。

なんか燃えるじゃないか。

「ではオレも先生ということで」
「あっはっはー。何も教えてないけど?」
「それはまあこれから教えてもらえばいいんスよ」
「ふーむ」

アゴに手を当てて考える仕草。

「困ったら友人の事を思い出すといいわよ。きっと助けてくれるわ」
「いやー、そんな殊勝な友人がいりゃいいんスけどねえ」

ななこにしろ弓塚にしろ遠野にしたって。

「オレが色々助けてやってるほうが多いです」
「あらそうなの? じゃあ恩返しされるかもねー」
「はっはっは」

アイツらに限ってそれはないな。

「さってっと」

ひょいとベンチから立ち上がる自称先生のお姉さん。

「泳ぎましょうか?」
「お供します」

二人並んで歩く。

さっきの羽居ちゃんと一緒にいた時とはまた違った層のギャラリーが沸いてる気がする。

いやあ、なんだか申し訳ないなあ。

「ところで貴方のお友だちってどんな人なの?」

なんて事を考えているとお姉さんが話しかけてきた。

「よく言えば個性的です」
「悪く言うと?」
「変ですね」

まあオレが言えたもんでもないけど。

「またそんな事言っちゃってー」
「おおうっ?」

背中を指でつーっとやられてしまった。

「ホント面白いわね、キミ」
「いやあそれほどでも」

さすがは百戦錬磨のナイスガイなオレ。

お姉さんのハートをがっちりゲットだ。

「あ。いぬ……!」
「ん?」

視線を向けると、オレに声をかけようとしたらしいのだが、隣にいる人に気付いて硬直している弓塚がいた。

「知り合い?」
「ああいう髪型の知り合いはいません」

なんせ今日は髪を下ろしてるからな。

「そう。残念ねー」
「ははは」

などと笑いながら弓塚の横を通り過ぎる。

ぺたん。

「……ん?」

振り返ると弓塚は尻餅をついていた。

またこけたんだろうか。

ドジだなあ、あいつ。
 
 
 
 

「さって」
「勝負でもします?」

そんなわけでオレたちは50メートルプールに来ていた。

「勝負って何か賭けるの?」
「かき氷とかどうです?」
「んー。それはそれで面白そうだけど。どうしよっかなー」
「何ならフランクフルトでもいいですが」
「キミの?」
「うはっ」
「冗談冗談」

うーん、年上の余裕が感じられる。

「ま、いいわ。負けたら何かあげる」
「いいんですか?」
「だって勝つからねー」
「負けないっスよー?」

とりあえず屈伸をするオレ。

「オッケー。えーとじゃあー。そこのキミー?」

あからさまに脇役顔に声をかけるお姉さん。

「合図してくれる?」

というわけで。

「よーい、どんっ!」

ばしゃあっ!

我ながらナイス飛び込み。

これならいけるだろうと呼吸ついでに横を見ると姿がない。

まさか潜水で距離を稼ぐつもりか!

くそ、しくじった!

水をかき回し、足をばたつかせ、必死で前へと進む。

さすがに自信たっぷりだったのは伊達じゃないか。

「……!」

どんどん離されている気がする。

とにかく前に進まないと。

「くっ……」

壁が遠い。

25メートルの感覚に慣れきっているので、倍になっただけというのに妙に遠く感じる。

いや待てよ?

それはおそらく向こうも同じはずだ。

すると……スパートのタイミングを誤ったのではないだろうか。

手の先端あたりに向こうの足が見える。

それがだんだんと後ろへ下がってきていた。

これなら……いける!

そのまま平行した状態で進むオレ。

遠目に壁が近づいてきた。

ここでスパートだ!

大きく息を吸いこみ、溜めていた足を一気に解き放つ。

ばしゃあっ!

跳ね上がる水しぶき。

僅かづつではあるが、スピードをあげて……

ぱしっ。

「よっしゃあ!」

顔をあげる。

向こうは……今手をついたところだった。

「あ、あらら」
「いやー、勝っちゃいましたよー」

ここが25メートルのプールだったら完全に負けていただろう。

「やーらーれーたー」

やたらと演技臭いセリフを言うお姉さん。

「や、勝つ気満々だったけどなー。悔しいわこれはー」
「はっはっはっは」

とにかく勝利は勝利だ。

「では約束通りご褒美を下さい!」
「そうね。じゃあ……素敵な夢なんてどう?」
「いいっスね!」

もしかしてエロエロですかーっ?

「それじゃあ……あ」
「あ?」
「……ゴメン、ちょっと急用」
「え?」

そう言ってひょいとプールからあがってしまうお姉さん。

「取り合えず約束ってことで」

ちょんとおでこを触られる。

「じゃ、まったねー!」
「え? ちょ……」

お姉さんはすたこらさっさと走り去ってしまった。

「……なんだったんだろう」

結局何がしたかったのかさっぱりわからない。

「はぁ」

とにかくオレもプールからあがる。

「有彦!」
「ん?」

そこへシオンさんが血相を変えて走ってきた。

「何をしていたんですか貴方は!」
「え、あー……」

どうやら弓塚にでも話を聞いたようだ。

「いや、つい出来心で」
「出来心でホイホイついて行くのですか! 子供ではないのですよ!」
「わ、悪かったって」

なんでオレはこんなに怒られてれるんだろう。

「ははぁ。もしかして嫉妬してるとか?」
「ありません」
「そこだけ素なのかよ!」
「……まあ、安心しました。何も無かったようなので」
「そうだな……」

ありそうだったのに、何もなかった。

「残念だ」
「そこは安堵するべきですよ、有彦」

何だかよくわからないがシオンさんは本当に心配してくれていたようだった。

「それから、一子とななこにもこの件に関しては耳に入っていますので」
「……はっはっはっはっは」

オラなんだかワクワクしてきたぞ。

「取り合えず二人でアバンチュールなひと時を過ごさないか?」
「いえ、皆と合流しましょう。それが一番安全です」
「さいですか……」

オレにとっては危険そうなんだがなあ。

「弁護してくれよ?」
「それに関してはなんとも言えませんね」

なんともいえない気分でシオンさんの後をついていく。
 

約束とか言ってたけど、あのお姉さんとはまた会えるんだろうか……なんて事を考えていたのは秘密の話である。
 



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