オレにとっては危険そうなんだがなあ。
「弁護してくれよ?」
「それに関してはなんとも言えませんね」
なんともいえない気分でシオンさんの後をついていく。
約束とか言ってたけど、あのお姉さんとはまた会えるんだろうか……なんて事を考えていたのは秘密の話である。
『ななこ・すーぱーがーるカンパニー』
その118
「どちらさまですか?」
「見た事ない顔だね」
オレを向かえてくれたのはとても酷い言葉だった。
「ひ、酷い。オレのガラスハートは粉々に砕け散ったぞ!」
「あ、あはははは」
弓塚はなんともいえない顔をしていた。
「誤解しないように言っておくが、向こうから声をかけてきたんだからな」
「有彦さんはそれでホイホイついてっちゃうんですね」
「そりゃまあついてくだろうさ」
美人の誘いを断るバカがどこにいるんだよ。
「……」
「……」
「……」
「いや、スイマセン、調子乗ってました」
男というものは実に弱い生き物である。
だからあまりいじめるな。
「そういやななこ」
「はい?」
すっかりいつもの調子に戻っているが。
「マスターがいるって話はどうなった?」
「それが、どこかに行っちゃったみたいなんですよ」
「へえ」
もしかしてさっきオレと一緒にいた人がマスターとやらだったりして。
いや、まあそんな事ないよな。
「ひとまずは有彦の無事を喜びましょう」
「戦場から戻って来たような言いぶりだな」
逆に戦場に戻って来たって気がするんだが。
「気を付けたほうがいいぜ、おまえさん」
「ん」
気付けば蒼香ちゃんがジト目でオレの事を見ていた。
「気をつけるって何を?」
「女関係とか」
「それは重々承知してる」
つもりなんだが行動が伴ってない。
「まああたしよりあっちの姉さんのほうが詳しそうだが……」
視線を向けたのはシオンさん。
弓塚と何やらひそひそ話し合っている。
怪しい。
が、首を突っ込まないほうがいいんだろうなあ。
「好奇心は猫を殺すってか」
「そういう事」
「ねえねえ何の話〜?」
羽居ちゃんが胸を突っ込んできた。
もとい、首を突っ込んできた。
「いやまあつまらない話だよ」
「え〜? 混ぜて混ぜて〜?」
「はははは……」
「はいはい。アンタはあたしと波のあるプールに行こうな」
「波があるの〜? わーい」
「……じゃ、そういう事で」
「あたしもついてくわ」
「おー」
羽居ちゃんを囲うように蒼香ちゃんと姉貴が歩いている。
あれならまず安全だろう。
「有彦」
歩いていく様子を眺めているとシオンさんが声をかけてきた。
「うん?」
「わたしとさつきは少し別行動をさせて頂きます」
「なんだ、どっか行きたいところでもあるのか?」
「えっ? あ、あ、えと、う、うん、そう、だよね? シオン?」
「あん?」
「その通りです。しかもこれはわたしとさつき二人でなくてはいけません」
「そ、そうなのっ!」
「……」
なんつーか、弓塚があからさまに挙動不審である。
「まあ、行ってこい」
「……ありがとうございます」
「なぁに。恋愛の形は自由だからな」
ニヤリと笑うオレ。
「そ、そういうつもりじゃないよぅっ!」
「知ってる」
「乾く〜ん……」
「行きますよ、さつき」
「あ、待ってよ〜!」
あいつらも色々大変そうだなぁ。
「……で」
オレとななこだけが取り残されたわけだが。
「どうするよ?」
「どうすると言われましても」
「ふーむ」
どうやらこいつだけは暇らしい。
「じゃあオレらもなんか泳ぎに行くか」
なるだけ被りそうもないところで。
「あ、はい。えと」
「なんだ?」
「いいんですか? わたしなんかで?」
「オマエがイヤなら一人で寂しく泳いでくるが」
「そ、そんな事ないですよー」
「じゃあ決定」
ななこの腕を掴む。
「あ」
「どこ行くかなぁ」
「わ、わたし滝のあるプールに行きたいですっ」
「おう、そうか」
んじゃまあご機嫌取りってわけでもないが、ななこに付き合ってやるとしますかね。
「いやっほーう! 滝さいこーう!」
「あだだだだだだだだだ!」
滝のあるプール。
その実態は、一定時間ごとに上から流れる滝に頭を打たれ、その前後を往復するというなんともよくわからないモノである。
「はははははははは!」
「あは、あははははっ」
だがそのよくわからないものが妙に楽しいのだ。
「必殺正拳突き!」
パンチで滝を貫通させたり。
「ななこキーック!」
「どわあっ!」
ななこの文字通り馬力あるキックで真っ二つにしたり。
「やりすぎだバカヤロウ」
「ごめんなさーい」
しかしこの跳ねるしぶきはいい。
光輝くそれはまるで夢の世界のようだ。
とか乙女チックな事を考えるオレはどうかしてる。
「てりゃー!」
ぼうっとしているとばしゃばしゃと水をあびせかけられた。
「やりやがったなテメエ!」
「きゃー!」
水をかけながら追い掛け回す。
「逃げるなこら!」
「イヤですよー!」
周囲からしてみればはた迷惑そのものだなオレら。
「あははははは!」
「うふふふふふ!」
だが周りもそんなヤツらばっかりなので気にしない。
ばしゃあっ!
「うおっ!」
あらぬ方向から水が飛んできた。
「油断大敵ですよ有彦」
「わたしたちも混ぜてよー」
振り返るとシオンさんと弓塚の姿が。
「用事は済んだのか?」
「はい。無問題でした」
「もう大丈夫だと思うよー」
もうってことはさっきまで何かヤバい状況だったって話なのだが。
なんせななこのマスターが出向いていたらしいくらいだし。
「さつき」
「あ、う、うん。それで何して遊んでたの?」
まあこの場合気付かないフリをしてやるのが優しさだろう。
遠野のバカだったらそもそも気付きもしないだろうが。
「よーし、じゃんけんしよう。負けたら水着を脱いで……」
次の瞬間、打ち合わせでもしたかのような三方向同時の水攻撃がオレを襲うのであった。
「ぎゃああー!」
おおげさに吹っ飛ぶオレ。
「だ、大丈夫ですか有彦さんっ?」
ふ、油断したな。ななこ!
ここは戦場だ!
「食らえ有彦ダイナマイト!」
スカートめくりの要領で水をかき上げる!
ばしゃあっ!
「きゃああっ!」
この攻撃、なんせ下方向からなので実はダメージが低いのだが効果は無駄に広い。
「……バカな、このわたしに当てるとは」
「ふ」
あたるはずがないとタカをくくっていたシオンさんの顔面にヒット。
「カモーン!」
「っ! 上等です有彦っ! わたしに勝負を挑んだ事を後悔なさい!」
「わたしだってやられてばっかりじゃないですよー!」
「え、わ、えと、わたしも混ぜてよー!」
というわけでいい年こいた連中4人の壮絶な水かけっこが始まるのであった。
ギャラリーのだらしなく、かつ嫉妬に満ちた視線が集まった事は言うまでもない。